0506
快活な音頭にのせられて、つい飲み過ぎてしまったのがそもそもの間違いだった。まだ寝ていたい気持ちを嘲笑うかのように、朝は意気揚々とやってくる。こんな事ならすぐに帰るべきだった。檸檬堂9パーはあかん。
ゴールデンウイーク最終日というのに目覚めはすこぶる悪い。頭はぐわんぐわん波打って視点が定まらない。ライブ、夜勤、英検、昨日は大学のサークル友達との飲み会、悔いなく遊んでやろうと予定を詰め込んだ結果、残ったのは吐き気と頭痛だけだった。アーメン。
そして今日はこれまた別のサークル友達とのドライブ。
時刻は午前九時、集合は大学に十一時だからここで二度寝するわけには行かない。なんとなくつけたテレビの奥では数年前にフリーアナになってからすっかり見なくなったはずの男が熱心にニュースの解説をしている。
議題は『オリンピック別居』
はて、なんだこのフレーズは?
疑問符が上がってもそこから脳は一切働こうとしない。まあ祝日だからしょうがないか。
彼の話を要約するとこうだ。
まずこの4年に一度の記念すべき大運動会を前にして現在日本の景気は一時的な特需状態に入っているらしい。オリンピック不景気説もどこ吹く風、いまや日本全体が来たる日に向けて熱気を帯び始めている。
インバウンドの大幅な増加やオリンピック競技開催都市周辺の地価の高騰、最近では小池百合子都知事プロデュースのバンダナがネット通販でバカみたいに売れているらしい。もうなんでもありだ。
これらの要因が重なって春先あたりから日本各地でプチバブルが起きている。そうなると何が起きるか。
インフレが加速すれば、物価の上昇に合わせて、人々の給料は上がる(らしい)。
インフラ事業が拡大すれば、土地開発が進み、人の住む場所が増える(らしい)。
これにより、元々仲の冷え切っていた夫婦は思い切って別々の環境で生活する道を選び、新たな住まいを買い求める。それによってまた経済が回って、また別の夫婦が....(以下省略)どうやらそういったサイクル、らしい。そんなことが有り得るのか。彼は久々に地上波に出られたことがよほど嬉しかったのか、滑らかに喋り続けている。
しかし、日記というのになぜこんなに朝の話を事細かに書いているのか。理由は簡単、その後、特筆すべきことが何も起きなかったからだ。
みんなと合流したところまでは良かった。しかし、そこからは渋滞につぐ渋滞。どこに行っても人と車の群れで酔いそうになる(すでに半分酔っていたが)今日は秩父まで行く予定だったが、首都高は赤くぼやけたブレーキライトが延々と先に続く。昨日夢の国では今年最多の来客数を記録した。
車内は最初こそドライブモード全開で盛り上がっていたものの、進まぬ歩みと無慈悲に過ぎていく時間に疲労と焦燥感が見え始めてからは、かなり微妙な時間になってしまった。
僕は重い空気から逃れるように、スマホに目を落とす。すぐに溜まりに溜まったLINEの通知があることを思い出して辟易した。スマホで管理しているGoogleカレンダーのびっしりと埋められた予定の数々が今は頭痛を酷くしている。
彼女とはお互いが忙しいことを理由に2週間前に別れたばかりだ。相当に凹むと思ったが、次から次へと押し寄せる飲み会や遊びの予定を消化しているうちにあまり気にならなくなった。
家にいる時間もほとんどない程に僕は忙しい。それが誇らしかった。今の自分は充実している。今日は少し頭痛が酷いだけだ。随分会っていない友人に返信しようと指を動かそうとするが、どうにもやる気が起きず漫画アプリに画面をスライドした。
「またね」と彼らに別れを告げて電車に乗る。(結局秩父についたのは午後3時前で、蕎麦とかき氷だけ食べて帰った)
平日ほどではないが、連休最終日の東急田園都市線はお互いに目でポジションを牽制し合うくらいには混んでいた。締め切られた窓の向こうからけたたましい雷鳴が聞こえてくる。
今日のために作られたグループLINEは朝のやりとりからまだ動いてはいない。しぶとく残るアルコールと眠気の中でその時、ふとこんなことを思った。
「あれ、これどこに向かってるんだっけ?」
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