自宅で薬理学実習? ーシミュレーターを活用したオンライン実習法ー
はじめに
新型コロナウィルス感染症拡大の影響を受けて開講時期延期や閉鎖に追い込まれている大学が多い。しかし、医療系学部はもともと時間的に余裕のないカリキュラム構成になっていることもあり、学生の登校を制限しつつ講義と実習を進める方策を練る必要に迫られている。筆者はかれこれ15年医学部・薬学部・看護専門学校での薬理学実習に携わっており、英国薬理学会(British Pharmacological Society)を中心に開発された実習シミュレーターを活用してきた。今回紹介するシミュレーターStrathclyde Pharmacology Simulationsは、学生が各自ダウンロードして自宅のPC/Macで実行することが出来るため遠隔実習に応用することが出来る。本稿はこのシミュレーターを紹介し、緊急時の薬理学教育の一助となることを願って記す。
Strathclyde Pharmacology Simulationsは英国ストラスクライド大学のデンプスター教授を中心にアップデートが進められ、6つのシミュレーター群として利用可能である。多くの薬理学実習の典型的な項目を網羅しており、これらを活用することで薬理学教員がこれまで行ってきた実習内容をそのままPC/Macにて再現することが可能である。
Strathclyde Pharmacology Simulations
権利関係はこちら、学術目的なら無料利用可。
各シミュレーターの内容
以下の6つのシミュレーターは非常に操作法が簡単で、あれこれ弄っていけば直感的に利用できる。またHelpには実験モデルの説明や、操作法について詳細に説明が書かれている。以下に概略と筆者の私見を記す。
1. Virtual Cat:あまり日本では見かけない麻酔ネコのシミュレーター。循環器系(血圧・心拍数)と骨格筋収縮(瞬膜・後脚速筋(解剖学的にどこの筋肉なのかは不明。長指伸筋?))の同時測定が出来る。
2. Virtual Rat: ラット観血式血圧心拍数測定のシミュレーター。動脈圧、左心房圧、中心静脈圧、心収縮力、心拍数と測定項目が多く(表示する項目数は減らすことができる)、薬物も充実しており、pithed実験も出来る。循環薬理学を学習するのに最適。測定項目が多く未知検体解析にも対応。(写真はジゴキシン中毒を発生させているところ)
3. Virtual Twitch: ラット横隔膜の神経-筋標本(Phrenic nerve-hemidiaphragm preparation)の筋収縮測定モデル。筋弛緩薬の作用機序解析に利用できる。運動神経刺激と筋直刺激を切り替えることが可能。未知検体実験機能は無い。
4. Virtual NMJ: ラット横隔膜の神経-筋標本活動電位測定シミュレーション。微小電極法を再現している。Virtual Twitchと併用すると高い教育効果が得られる。(写真はスキサメトニウムによる膜電位変化)
5. Virtual OrganBath モルモット回腸、ニワトリ二腹筋(骨格筋)、ウサギ動脈リング、ウサギ空腸の4つの摘出組織標本のオーガンバス実験を再現。また、薬液濃度の計算問題を出題することもできる。動脈リングの時にNOドナーやアセチルコリンが選べ無いのが非常に残念。未知検体解析に最適。
6. Virtual Nerve :イカの巨大軸索の活動電位測定。電位依存性カリウムチャネル、ナトリウムチャネル遮断薬の効果を観ることができる。また、刺激頻度や刺激強度および溶液条件を変えて生理学実験をすることも可能。
動作環境
アプリは.exeとして配布されているので基本的にWindows環境で利用するのが望ましいが、学生の中には相当数のMacユーザーがいる。今回のシミュレーターはMac OSでもWindowプログラムローダーである「Wine」で動作させればどのアプリも問題なく動作する(ただし、筆者の確認したMacOSはHigh Sierra。それ以降のMac OSでは各自確認していただきたい)。Mac OSにおけるWine利用法については以下のサイトが詳しい。
Wine 4 を利用してmacOSでWindowsアプリを動かそう
2020年4月4日現在、Wine5.0が安定版(stable)になっているが、インストール法に違いはない。インストールされたアプリは、ユーザーフォルダ内の.wine>drive-C>program filesまたはprogram files(x86)の中に格納されている.exeファイルをクリックすると起動する(.wineフォルダーはユーザーフォルダにて、キーボードショートカット[command] + [shift] +[ . ]で表示される)。各フォルダ内の.exeファイルのエイリアスを作成してデスクトップに置いておくと使いやすい。インストール後にデスクトップに.lnk .desktopファイルが作成されるが、これらは削除して構わない。
おそらくこのアプリはLinux版Wineでも動作すると思われるが、試していない。薬学生でLinux PCをメインにしている人が多いとは思えないが、最近流行りのChromebookでLinuxを動かす方がいるので油断ならない。
おわりに
薬理学実習でシミュレーターを使用する際にもっとも気をつけねばならない点は、実際の動物実験を体験している教員と、未経験の学生との間で意識が大きく異なる点である。そのギャップを埋めるためにオンライン講義や事前学習などをしっかり行う必要がある。
免責事項
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