ろくでもない、すばらしき世界 〜アメリカライブツアー1日目〜
2024年11月7日。
前日に搭乗予定だった飛行機にESTAの不具合で乗れず、都内で一夜を過ごしたわけですが、振り替えた便は朝10時55分発。
前日に対応をしてくれたスタッフさんからは「8時前には羽田に行ってくださいね」と言われたものの、たぶんそれは遅い。しかも、通勤時間帯に大荷物で電車に乗ることになるので、余裕を持って6時前には電車で移動。
7時過ぎに羽田空港に着いて、再度搭乗手続きにチャレンジ。カウンターのスタッフさんもなんとなく事情はわかっているようで、比較的スムーズに手続きが進む。それでも小1時間かかったけど。
その後、食事や荷物検査などを余裕を持って済ませて、定刻通りに出発。約14時間くらいの移動なので眠れる時に寝てしまおうと思い、睡眠導入剤を飲んでぼんやりする。
眠りが浅いつもりでいたけど、目が覚めた時には10時間近く経っていた。隣には外国人の子供とその母親が座っていて、子供がギョッとしてこっちを見た後、母親に何かを言っている。語気だけで想像するに「おかん!このジャパニーズ生きてるで!」「シーッ!そんなん言うたらあかん!」みたいな感じだった。なんかすいません。
目の前のディスプレイを見ると小さなメモが貼ってある。どうやら機内食の提供にも気づかないくらい眠っているのを心配されていたらしく、「お腹が空いたり喉が渇いたら呼んでください」と書いてあった。「なぜ日本語?」と思ったけど、乗っているのはJALだから日本人のCAさんが書いてくれたんだろう。
ちょうどメモの本人とおぼしきCAさんが通りかかって声をかけてくれたので、コーヒーを一杯いただく。バックヤードも「あいつやばいんじゃないか!?」とざわついていたらしく「ご無事でよかったです〜!」と言われる。大統領選挙直後だもんね。国際問題にならなくてよかった。
ついにアメリカ上陸!2回目の11月7日を過ごす
着陸したのはダラス・フォートワース空港。時刻は2024年11月7日の午前7時25分。時差の関係で2回目の11月7日を過ごすことになる。実は日本の7日は仏滅だったので、仏滅おかわりはちょっとな…みたいなことを思いながら入国審査へ。
渡航前にネットで入国審査のエピソードや旅の情報を漁っていたので、訊かれそうなことを思い出しながら列に並ぶ。ウワサ通り、審査官は「ちょっとでもチョけたヤツはオレがしばいたるぞ」感がムンムン。
あえてコワモテを採用しているのかな、この仕事をするうちにコワモテになっていくのかな、怖い雰囲気の出し方とかを先輩に教えてもらうのかな(どんな研修だ)、こんな怖い感じの人でも仕事が終わったら彼女とイチャイチャするのかな…なんてくだらないことを考えているうちに順番が回ってくる。
20〜30秒くらいで終わって拍子抜けするも無事通過。「別室送り」なんて聞くけど本当にあるのかね?
飛行機を乗り換えて、いよいよ旅の拠点「サンアントニオ」へ
実はこのダラスは経由地。この後、別の便に乗り換えて「サンアントニオ」という街に移動するので、いったん荷物を取りに行き、再度荷物を預け直す流れになっている。
ベルトコンベアに乗ってベースのハードケースが流れてきたのだけど、3つあるロックのうち、1個開いていて閉まらなくなっていた。TSAロックの兼ね合いもあるので鍵をかけるわけにもいかず、仕方なくそのまま同じところで再度荷物を預け直す。
スタッフが気さくなおば様だったので、単語の羅列で「ロック」「開いてる」「閉まんない」「できれば閉めて」と言ったら「OK」と返ってきたので伝わったみたいだ。ただ、これがこの旅の期間中の問題として、ずっとついて回ることになる。
ここでも荷物検査や金属探知機の門みたいなのをくぐって、飛行機に再度搭乗。10時17分に出て、11時46分にサンアントニオ空港に到着。荷物をピックアップするとハードケースのロックは直っていた。
少し待っているとツアーマネージャーの一人であるロブさんが車で迎えに来たので、挨拶もそこそこに車に荷物を積んで移動。30分くらいでこの旅の拠点となる家に到着する。
どうやらロブさんは色んなアーティストのコーディネートをしているようで、この家はアーティストのゲストハウス的な感じで持っている家のようだ。
2階建てで1階は3LDKくらいな感じ。一つの居室がデカいし天井も高い。2階は上がらなかったけど、きっとそれなりの空間なんだろう。アメリカの家はやっぱり大きいんだな。
しかも普通にアンプが置いてあって、ここでリハをしても大丈夫だと言う。両脇の家は住んでないし、道を挟んで向かいの家は普通に人の出入りがあったけど、「この家が音楽系の建物だってご近所さんはみんな知ってるから全然大丈夫なんだぜ!ハッハッハッ!」とロブさん。ちょっと休憩したり荷物を整理したりして、15時頃に少しリハをすることになった。
仏滅おかわりの祟りか…
早速ベースを出してセッティングする。真空管なんだけど、ツマミを見ると前に使った人のセッティングのまま。ボリュームも絞らずにケーブルを抜いたり電源を切っているみたいだ。
「アメリカ特有のおおらかさなのかもしれないけど大丈夫か?」と思いつつ一通りセッティングすると、アンプからは聞いたこともないような異音がする。ケーブルを変えてみたり、原因を切り分けてみるもまったく音が鳴らない。
ベース、2年前に買ったばかりですよ?日本を出る前にリハもしたけど全然大丈夫でしたよ?
…やられたか?
ダラスでハードケースのロックがおかしかったのが気になってたのよ。やっぱり仏滅おかわりなんてするもんじゃないな。
するとロブさんが「近所にオレのマブダチがやってる楽器屋があって、リペアもできるヤツだから見せに行こう」と言う。メンバーを置いてロブさんの車に乗り込んで急いで楽器屋へ。
実は日本のミュージシャン仲間がロブさんのコーディネートでアメリカツアーをしたことがあり、楽器屋に向かう道中、仲間の名前を出すと「覚えてるよ!あいつらクールだよな!」みたいな感じで話がはずむ。共通項があると距離が縮まるのは、日本もアメリカも一緒みたいだ。
このろくでもない世界に現れたBOSS
楽器屋に着くと職人オーラ満載の初老のジェントルマンが現れる(日本の缶コーヒーのCMに出ていたハリウッド俳優に似ていたのでここでは「BOSS」と呼びます)。
ロブさんがいかにもアメリカっぽい挨拶(Hey!Guys!みたいなやつ)を交わして状況を説明すると、BOSSがちょっと見せてみろと言う。
見てもらっている間、ロブさんが「ここでベースを借りることになるかもしれないから、弾きやすそうなのを選べ」と言うので、弾きやすそうなベースを一つ選んで試奏させてもらいながら待つ。
待っている間もさっき聞いた異音やノイズが店内に鳴り響く。実はベースじゃなくてアンプのせいなんじゃないかと密かに思っていたけど、同じ症状がこの店でも出ているので、やっぱりベースに問題があるんだと落胆する。
15分くらいするとBOSSに呼ばれたので、店の奥の工房へ。そして自分のベースの基盤を開けて見せてくれた。
「ここが少し割れてズレてるからノイズが出るみたいだ。でも、このズレをこうやってちょっと戻せば…ノイズは消える。応急処置はしておくから、日本に帰ったらすぐ修理に出せ。ライブであまり激しいアクションはするなよ。あと、今試奏しているベースもスペアで持っていけ」
一時は荷物の扱いに「ろくでもない」と思ったけど、BOSSの優しさと頼もしさに「すばらしき世界」を見る。ありがとうBOSS。
急いで家に戻ってベースをつなぎ直す。ところがノイズは消えたものの、まだ音が出ない。
なんなん?やっぱアンプも?ちゃんとボリュームをオフにしてから抜かなきゃダメでしょ!?最後に使った子、誰!?仏滅おかわりマジしんどいって!
でも、なんのこっちゃない、ヘッドアンプとスピーカーをつなげるケーブルを変えたら音が出た…。
え、今日やるの?
1曲だけみんなで合わせて、大丈夫そうなのを確認したらもう17時。近所のデカめのスーパーに行ってイートインでピザを食べる。ほとんどなにも食べてなかったから美味しかった(機内食は全部すっぽかしたので)。
スーパーを出たらこのツアーのもう一人のツアーマネージャーであるデービットが合流。家に戻るとそのままライブに出発だと言う。え、今日やるの?
この旅ではもう流れに身を任せよう。その方がむしろ気が楽だし、これは楽しんだもの勝ちだ。
家にあるアンプも車に積んで、ロブさん、デービットさん、バンドメンバー4人の計6人で荷馬車のごとくオースティンへ出発。
1時間半ほどでオースティンにある「Sunny's Backyard」というバーに到着。ステージは外にあって、ライブイベントがある時はお客さんも外で鑑賞って感じらしい。一つ前のバンドが演奏していて、僕がサポートしているバンド「johann」は21時頃から演奏開始。
自分たちでアンプをステージに上げてセッティングして、軽くサウンドチェックをして、このツアー1本目のライブがやっと始まった。
屋外なので演奏しながら空を見上げると月がよく見える。日本より湿度がないせいか、月はとても明るくはっきり見えた。日本の人はこの月を15時間くらい前にもう見たのかななんて思ったくらい。もちろん緊張は人並みにするけど、ベースが無事に鳴ったことで適度にリラックスしていたから、月なんて見る余裕があったのかも。あんまり激しい動きをしちゃいけないとも言われているし。
その分、個人的には長旅の疲れを感じさせないくらい演奏のクオリティは保てたと思う。あくまでサポートだから、本メンバーさんたちが望む結果になるよう、一定のクオリティは状況に関わらず出さなきゃいけないんだけど。
約40分くらいのステージだったけど、あっという間に終わった。初めは怪訝そうだったお客さんもだんだんノッてきて、終わってみればバーから外に出てきたお客さんも結構いた。
終わってからはお客さんと少し喋ったり、片付けをしたり、個人的にはまったく飲めないアルコールを一杯だけ飲んだり。メキシカンビールとやらを飲んだけど、あまりキツくなくて飲み干せた。
「オレもベーシストなんだ」っていうアメリカ人から「どうやって練習してるんだ?」とか「どうやってリズムを感じているんだ?」とか質問攻めに合う。
「若い頃はクリック聞きながら色々やったよ」とか「音を鳴らす瞬間も大切だけど、鳴らした後に次の拍を鳴らすまでの間の感じ方を工夫するんだよ」って教えてあげたらFワード混じりで褒められた。結構平気で使うのね、Fワード。「その話、詳しく聞きたいから英語勉強しろ」って言われた。君が日本語を勉強する気はないのね。
実は大都会もあるテキサス
無事1本目のライブが終わった安堵感の中、23時頃にお店を出て30分ほど車を走らせると、車がちょっとした駐車場に停まった。
「少し歩くぞ」と言われて寄った先には川が流れていて、そこには橋がかかっている。川の向こう岸には綺麗なビルの夜景。「テキサス」ってカウボーイ的な牧歌的なイメージが失礼ながらあったけど、めちゃくちゃ都会だった。
後で調べたら、寄った先は「テキサス州議事堂」とかがあるオースティンの中心地近く。オースティンはテキサス州の州都だもんね。川はたぶんコロラド川かな?
そこでみんなで写真を撮って、トイレを済ませて帰路へ。途中ガソリンスタンドに併設されているコンビニに寄った。コンビニって言うけど日本のコンビニよりはるかに大きい。むしろドンキ。そこで水とハンバーガー(これもまたデカい)を買った。
大都会から離れると、外は結構のどか。時折、果てしない荒野感を感じるくらい。日付が変わった午前2時頃にサンアントニオに戻って、テラスでまったりしたりシャワーを浴びたりして、気づいたら雑魚寝。ちなみにツアー中、この家ではずっと寝袋にくるまって床で寝た。
1日目からこの調子。とにかく生きて帰ろう。最後にもう一度、BOSSありがとう。お礼もできずに帰国してゴメンね。
<続く>