リミナルスペース・エクスペリメンツ
辺りを見渡す。ギリシア意匠の柱に臙脂色のカーペット、絵画、薄暗い照明、眼前の暗黒、果てには輪郭すら朧気なドア。
一歩、また一歩と近づく。耳のないゴッホが見ている気がする。エルドリッチでは無いはずだ。胸を押しつぶすような不安を息と共に吐き出すと、フィルターを通したくぐもった呼気が響き渡った。
トシュ、トシュと特殊スーツ越しの足音。喉から体内へ流れ落ちる唾の嚥下音。耳から響く心音。オレンジと白の特殊素材に包まれた腕は震えて、真鍮色のドアノブをひねる。
あっけなく鍵は外れて、ドアは開く。筋繊維の1本にまで落とし込まれた作業の果ての風景は……。
辺りを見渡す。ギリシア意匠の柱に臙脂色のカーペット、絵画、薄暗い照明、眼前の暗黒、果てには輪郭すら朧気なドア。
すぐ脇の案内板を見る。
第【2】展示場という表記。
安堵の溜息が響き渡る。そしてズンと重い足音。
跳ねる体。反射的にミケランジェロ像の陰へ。
獣の様な低い唸り声に距離感の掴めない呼吸音。「エンティティ」へぶち当たって頭を抱える。死亡数のギネス記録を打ち立てられるだろうなって現実逃避をした矢先に……。
「また来たのね」
声を目で追う。油絵。栗色の波打った紙に翠緑の瞳。
「ココから出たいの?」
出たいさ。何度も何度も同じ風景で間違い探し。気が狂いそうだ。
「外にはあなたの望むものがないとしても?」
それでもだ。
「なら、助けてあげましょう」
咆吼。枝のように細い四肢。黒髪を振りかざす声の主。真紅の瞳。黄ばんだ牙が迫る。絵画を見る。油絵……『イレーヌ』が右手を伸ばす。絵画と現実の境を打ち破るように。
追従する。右手を伸ばす。光の輪。物質生成。生じるプラズマ。形をなす武器。空間がグリッチに分割され、七色に割れる。
「忘れないで。その手の先に未来はあるの」
銃の感触。……引き金を引く。
閃光。余波で弾け飛ぶ壁、絵画、柱、そして……。
【続く】