黒糖
ナイフで純白の粉末が詰まったパックをほんの少し突き刺す。先端に残る白い粉末を舐めると、豊かな風味が口内を満たして、微かな酩酊感が血管を駆け巡り脳へと至る。
弛んだ頬を吊り上げたブローカーが中空をスワイプし、画面を呼び出す。送金した。画面に透けて見える金額は6000万クレジット。黄ばんだ歯を剥き出しに笑う男達が、箱詰めされた粉末を二度叩く。
「取引成立だ。ブツ20箱、巧く捌けばアガリは億までいくぜ」
「ありがとよ、ラザルスキ」
おれは音声ログにやり取りを記録し、拳銃を取り出した。物陰に潜んでいた突入班がライフルの照準をラザルスキ一派の急所へと定める。ラザルスキ達は瞬時に銃を構えるが、四方の闇から脳や心臓に向かって伸びるレーザー・ポインタを見るや、銃を床に放り、手をあげた。
おれの左腕にホログラフィー腕章が浮かび上がる。
「滋養監理局だ。調味料違法販売の罪で拘束する」
◆◆◆◆◆◆◆◆
調整執行官らが、箱詰めされた「砂糖」を切り開き検分する。ラザルスキらは拘束され地べたへ座らされている。
「砂糖マフィアが。密造が明らかになれば禁固300年は固いぞ」
おれの吐き捨てた言葉をラザルスキは鼻を鳴らす。そよかぜの様に軽く、嘲笑のニュアンスが含まれている。
「スペンサー!」
同僚が手招きのジェスチャー。無言で渡された分析機の数値をみて、思わず「ばかな」と呟いた。
化学式C6H12O6
モル質量180.16
「スペンサー、こいつは"果糖"だ」
たかが砂糖マフィアが純度の高い砂糖──しかも果糖を?
刹那、響く発砲音。振り替えるとラザルスキらは頭を撃ち抜かれて絶命していた。
調整執行官らは?応戦体勢に移る前に拘束されている。かろうじて銃を構えたが、鼻先にすでにライフルが突きつけられていた。
最新鋭の装備に、洗練された動作。襲撃者の腕に光るホログラフィー腕章をみて再度驚愕した。
「生命、農林水産院──」
おれたちのボスだ。
【つづく】
アナタのサポート行為により、和刃は健全な生活を送れます。