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言い訳できる環境が、人を大胆にする

「言い訳できない環境に身を置けば、集中できて良い結果を生む。」
一見もっともらしい考えですが、実際はむしろ逆ではないでしょうか。言い訳の余地がない状況に追い込まれると、人は何もできなくなったり、あるいは窮鼠猫を噛むように極端な行動を取ったりすることがあります。

資金調達と意思決定のリアル

我々スタートアップ企業にとって、資金調達は何よりも大きな課題です。そのため、多くの個人投資家や機関投資家に会い、批判や応援の声を受けつつ、プレゼンテーションや方針を磨き続けています。実際、私たちのプレゼンの方針は昨年の同じ時期と比べても大きく変化してきました。

そんな中、一昨日お会いしたアメリカ人の機関投資家が、とても興味深いことを語ってくれました。

「あなたたちのアイデアはとても面白い。腸内細菌が脳機能を改善するということは、今では疑いようがない。ただ、その詳細なメカニズムはまだ明らかになっていない。それを解明できたら、ぜひ改めて話を聞かせてほしい。個人的にはメカニズムがわからなくても十分興味深いと思うのだけれど。ここからは一般論として聞いてほしい。メカニズムを示さずに投資して失敗すると、投資担当者は“愚か者”のレッテルを貼られ、この業界では生きていけなくなる。結局、失敗した時に『これだけの根拠があったから私は信じた』と言えるデータが求められるんだ。」

この話を聞いて、以前ある民間企業の社長が語っていた言葉を思い出しました。

「上司に決断を迫ってはいけない。きちんとデータを揃えて、『大丈夫です、うまくいきます。万が一うまくいかなくても、あなたの判断が間違っていたわけではなく、これだけの根拠があったから信じたんですよ』と言えるだけの材料を用意してから、上司の承認をもらいに行きなさい。上司もあなたと同じサラリーマンだから、たった一度の汚点がその後のキャリアに大きく響くんだよ。」

意思決定に必要なのは「信じるに足る理由」

投資家や企業のリーダーが語るこれらの言葉は、リスクを伴う意思決定の現実を端的に表しています。「うまくいく」というデータと、「うまくいくと考える十分な根拠があった」というデータは、ほとんど同じことを言っているように見えますが、心理的には大きく異なります。

前者は「結果への確信」を求めるものですが、後者は「意思決定の正当性」を担保するものです。投資家や企業の意思決定者にとって重要なのは、「未来がどうなるか」ではなく、「未来がどうなったとしても、自分の判断が正しかったと説明できること」のようです。

言い訳の余地があることで、人は大胆になれる

自分のお金を自由に投資できる人と、人のお金を預かって投資する人とでは、責任の重みもリスクの取り方も異なります。だからこそ、機関投資家が求めるのは確実性ではなく、意思決定を正当化するための「根拠」のようです。スタートアップが資金調達を成功させるためには、単に「成功する理由」を示すのではなく、「信じるに足る理由」を用意することが不可欠なのです。

そして、ここに興味深い心理の働きがあります。「信じるに足る理由」があれば、たとえ失敗しても言い訳ができるため、人はかえって大胆に行動できるのではないか。 言い訳ができない環境では萎縮してしまうのに対し、言い訳の余地があることで思い切った意思決定ができる——このパラドックスが、資金調達やビジネスにおいて意外と重要な要素なのかもしれません。

ビジネスも本質は変わらない

「なんでこんなことをしたんだ!理由を説明しろ!」

子供の頃、よく父親に叱られたものです。当然、子供の言い訳など大したものではなく、親を納得させるほどの理由があるはずもありません。時には、苦し紛れの言い訳がかえって火に油を注ぐこともありました。

思えば、ビジネスの世界も本質的にはこれと変わらないのかもしれません。 そう考えると、資金調達において求められる「根拠」も、幼い頃に親を納得させようとした言い訳も、本質的には同じものなのかもしれません。ふと、生前の父の姿が懐かしくなりました。

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