ゴン太と保育園と…
ゴン太は残り3ヶ月程で保育園を卒園します。
今通っている保育園には、5年4ヶ月間通いました。
その中では、私自身が心を痛めてしまい、人間不信に陥る事件がいくつも、本当にいくつもいくつもありました。
これは、私の心の浄化のために書くことにします。
事件簿 ①
〜保育士からの暴言〜
ゴン太は、親である私にとって、とても、とってもハードモードな子でした。
一筋縄ではいかない。この前うまく行ったことでも次にそれと同じことをしてももうそれは受け入れてもらえない。口が達者であぁいえばこういう。我がとても強くて“これ”と決めたらそれが叶えられないと泣く…泣く…泣く………
そんなハードな日々は私にはとても苦しくてたまりませんでした。
この、我を突き通すのは家だけの姿。
他所ではいい子になるんです。
だから、保育園の先生には、私が本当に聞いて欲しい思いや分かって欲しいことをなかなか理解してもらえませんでした。
2歳児クラスの秋。
0歳児クラスから3年目の持ち上がりの保育士がいたので、少し慣れもでてきて、少し本来のゴン太らしい姿が出てきていました。
とは言っても、家が100%ならば、園ではせいぜい10%程度。
まだまだ遠慮しているんだなぁと言うのがよく見えていました。
その日は運動会前のクラス懇談会がありました。
懇談会自体は、特に何と言うこともなく終わりました。
そして、帰るため玄関に向かい歩き始めた時、3年目の持ち上がりの担任に呼び止められました。
そして、「最近のゴン太くん、めっちゃ大変なんですけど…」と。
えっっ……
と思いました。
その続きで「ゴン太くんてほんまムカつく子ですね」と言われてしまいました。
瞬間、何を言われているのか、彼女は一体何が訴えたかったのか、保護者である私に何が伝えたかったのか、全く何にもわかりませんでした。
帰宅中、なんであんなことを言われてしまったんだろう。
私の子育ては全て間違えていたんだなぁ
明日からどうしていけばいいの?
保育園、辞めた方がいいのかなぁ?
そんな思いがどんどん出てきて、溢れ出してきて、涙も止まらなくなってきて、その日から、気持ちがどんどん塞ぎ込み、周りの人が、目が怖くなっていきました。
いっそ仕事を辞めて、保育園も辞めようか?市役所に事情を説明して転園させてもらおうか?いろいろなことが頭の中をひしめき合うように出ては消えて、ぐるぐる回って…ということがしばらく、数年もの期間続いていました…
過去形ですが、今でもその場面が不意に現れてはグルグルとどうすれば良かったのかと自問自答する日は続いています。
そして、時々耐え切れないほどに苦しくなってしまいます。
「ゴン太くんてムカつきますね」と言った保育者への信頼は一気に無くなりました。
担任が3名いたので、当事者ではない保育者にこんなことがありましたの報告と、今後についてのことを話したい旨を伝えました。
すると
「ほんまにそんなこと言われたんですか?」と、まず、疑われました。
録音なんてしているはずがなく、証拠なんてありません。
本当だと伝えましたが、「いやぁ、そんなことあり得ないでしょ。そんなこと言うはずがないですよ。勘違いとかないんですか?」とのこと。
信じてもらえない虚しさと、身内を庇う狡さとで、腑煮えくりかえっていました。
私もここで無かったことには出来ないと、もう一人の担任がその暴言のときに近くにいいたので、まずはそこで確認して欲しい旨を伝えました。
翌日、「お母さんが仰ってたことは事実だったようですね」
謝罪はなく、ただ淡々とそう告げられました。
ここから保育園とはうまくいかなくなりました。
その後も一切の謝罪はなく、今日までただただ時間だけが過ぎています。
ある時、主任保育士から、「彼女は頑張ってるんですよ。そんなことで怒り続けてないで許すことも生きてく上では必要なことですよ。もっと優しくなったらどうなんですか?」と言われました。
またある時には「なかなかしつこいですね、そんなんやからゴン太くんもお家で暴れるんちゃうんですか?」とも言われました。
残酷なくらい、傷つけた傷口位をぐいぐい抉ってくる行為に心底苛立ち、拒絶する気持ちが強くなっていきました。
転園を本気で考えて、市役所に申し込みに行こうと考えました。
でも
勝手に進めてしまうことにはどうにも私の気持ちが憚れてしまい、ゴン太に確認したところ、保育園が変わってしまうことは絶対に嫌だと言われ、転園の選択肢は断たれました。
全く歩み寄れないまま時間を過ごしました。
解決は、いまさら出来ないだろうと思っています。
今は、早く卒園したい、それのみです。
長くなってしまいました。
解決できない事件①の話でした。
読んでいただきどうもありがとうございました。
和笑(^^)