シュヴァルのように
フランスにあるシュヴァルの理想宮をご存知ですか?
フランスの、とある片田舎の郵便配達夫フェルディナン・シュヴァルは、仕事の途中で奇妙な形の石につまずいた。
シュヴァルは何故かその奇妙な石にインスピレーションを受け、それ以来、郵便配達の仕事の途中で見つけた石を自宅の庭先に積み上げ、冒頭の写真のような、シュヴァルにとっての理想宮を33年の月日をかけて一人で完成させたのだそうです。
シュヴァルさんがこの理想宮を黙々と作っていた時、周囲の人々はシュヴァルは頭がイカれたと噂していたようですが、今や立派なフランスの観光スポット、シュヴァルさんの生涯は映画化もされました。
では何故シュヴァルさんは、そんなことをしたのでしょう?
来る日も来る日もコツコツ、奇妙な石を積み重ねる日々を。
きっと、何かをしないわけにはいかなかったのだろうと思うのです。
20歳の頃見た映画で、ポーランドの映画監督クシシュトフ・キェシロフスキ監督の作品「偶然」に今も覚えている、とても好きなシーンがあります。
この映画は、異なる三つの未来を選択した主人公のそれぞれの人生を追っていくという構成になっており、そこに当時ポーランドが置かれていた政治背景も絡んできます。
曖昧な記憶ですが、一つ目の人生は反体制側になる生涯、二つ目の人生は体制側になる生涯、三つ目の人生は、政治的な運動から距離を置き周囲の期待に応えて医師となる、いわゆる安定した生涯。
ところが安定した生涯を選んだはずの三つ目の主人公は、ある日往診に訪れた患者の家の外でジャグリングに明け暮れる二人の青年を目にします。そして主人公は聞きます。
「何の為?」と。
それ以来、主人公は自分には他の生き方があったのではないか?と疑問を抱くようになります。
「何の為?」
一生懸命、お金をかけて、時間を費やしてきたことが何の役にも立たなかった、ということは、残酷だけど実は良くあることなのかもしれない。
役に立ったのか、否かという尺度もとてもあやふやな気もするし、それが正解だったのかは本人にしか分からないだろう。
本人だって、その答えは時間が経てば変わるだろう。白が黒になったり、黒が白になったり。
それでも何かをせずには生きていけない。だから何かをする。同じところをただグルグル回っているだけであろうとも、とりあえずグルグルするのだ。
そうすれば、いつかはシュヴァルの理想宮のような奇妙な代物を完成出来る日が来るのかもしれない。