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UN05 国連機関の採用プロセス:筆記試験

国連機関の職員の採用選考の第二段階は筆記試験だ。筆記試験は主に候補者が職務の遂行に必要な知識や英語力を有しているかを確認し、候補者を面接に呼ぶ3~4人に絞り込むために行われる。ちなみに、筆記試験を実施せず、書類選考と面接で採用者を選ぶこともある。
 
筆記試験の形式や問題は採用担当マネジャーが提案する。このため、筆記試験は公募される職務毎に異なり、公務員採用試験のように職種を問わず全員が同じ試験を受けるものではない。僕が所属する国連機関では、プロフェッショナル・スタッフやナショナル・オフィサーの採用選考の筆記試験だと、論述試験が一般的だ。試験時間は90分から2時間で、2~3の論題について候補者が自分の考えを論述する。筆記試験はオンラインで実施されることが多い。つまり、候補者に指定された日時にメールで問題が届き、時間内に回答をメールで提出する形式だ。
 
筆記試験によっては、回答の文字数の範囲(例:xxx単語以上yyy単語以内)を指定されることもあれば、特段指定がないこともある。目安としては、90分の試験で2題あった場合、回答の文量はA4で2枚半から3枚くらいだろうか。短時間で相当な量の文章を書かなくてはいけない。
 
僕も含めて多くの人がそうだと思うが、短時間でまとまった文章を英語で書くのは容易ではない。日本語で書くとしても、論題によってはうまく書けないことがある。僕は帰国子女でもなく、英語圏で育ったわけでもないので、筆記試験を受けたときは相当準備して臨んだ。試験の論題は担当業務に関連するものなので、ある程度問題を想定して準備をすることが出来る。国連機関が出しているその分野のレポートや政策提言を読むと、要点を押さえることができると思う。
 
ちなみに、筆記試験の問題を作成する側から言えば、試験問題の作成には制約があるし、難しい。論題は、職務に必要とされる知識を広く問うものでなければならないし(瑣末な知識を問うものではない)、出版物やウェブページに答えが載っているような論題ではいけない。候補者の知識を前提として、考えを問うような問題を作りつつ、同時に、採点が出来るものでなければならない。A4の紙1枚程度で論述できるようなお題を、受験者が出題者の意図を正確に理解できるように問題を書かなくてはいけない。だから、問題作成にはかなり神経を使っている。
 
僕が所属する国連機関では、2人以上の専門職のスタッフが試験の採点にあたる。公平性を期すため、筆記試験の回答は、志願者の名前を伏せて採点される。このため、受験者が自分の名前はもちろんのこと、個人を特定できる情報(所属先等)を答案に含めると、失格とされる。複数の採点者が与えた得点の平均がその候補者の得点となる。採点者によって点数が大きく異なる場合は、協議をすることになっているが、そのようなケースはこれまでなかった。採点すると気づくけれど、よい答案とそうでないものは一目瞭然で、複数の職員が別々に採点しても、採点結果は似通うことが多い。
 
プロジェクト・アシスタントやサポートスタッフ採用の筆記試験だと、架空の国際会議への招待状を起案する、所長のメモをもとに政府高官への手紙の草案を作成する、イベントの予算案を提案するなど、より実務的な問題が出ることもある。架空の招待状や手紙とはいえ、国連機関が発出する文書との前提なので、ある程度、外交文書の言い回しを知っていると良いかも知れない。イベントの予算案だと、重要な費用項目を網羅しなければならない。ちなみに、各費用項目の単価は常識的な範囲内であればよい。
 
さて、筆記試験の採点をした経験から、この文章を読んでくれているあなたが国連機関の筆記試験を受けるときに役立つかも知れないことをいくつか書きたい。
 
まずは、筆記試験の答案に取り掛かる前に、問題をよく読み、回答に求められる要件をよく確認することだ。当たり前だ、といって一笑に付されてしまうかも知れないけれど、侮ることなかれ。「~の問題について、女性が直面する問題に留意しつつ、必要とされる政策的対応について」述べる論題に対して、回答に女性への言及がなければ当然減点される。最近実施した筆記試験で、「政策形成・施行プロセスにおいて、国連機関が果たすべき役割」について問う問題で、受験者の4割ほどが、政策プロセスに言及せず、国連の役割だけを論述していた。政策形成の前提となる事実を把握するためのリサーチ、他国の政策事例の収集と比較検討、世論への働きかけ、費用対効果や環境負荷の検証、政策を試すためのパイロット事業の立ち上げ、政策担当者を対象にした研修、政策ペーパーの起案支援、法案へのコメント、政策採択後に実施する行政担当者への研修や政策効果のモニタリング等、政策プロセスの各段階で国連機関が果たす役割は多々あるのだが、多くの受験者が回答の要件を満たす答案を作成しなかった。
 
次に、複眼的な視野を持って、多角的に論題にアプローチすることだ。筆記試験で取り上げられるような社会問題、例えば貧困、デジタル格差、若年失業などは、多くの要因が複雑に絡み合っていることが常で、ひとつの対策で解決が図れるほど単純ではない。「~の問題について、どのような解決策が考えられるか」との論題では、解決策を1つ提示し、それを詳細に論述するだけでは高得点につながらないだろう。むしろ、その問題を複合的に分析し、少なくとも3つ要因を挙げ、それぞれに対して解決策を示す方が評価は高いだろう。
 
最後に、前述の点とも関連するが、裨益者の多様性、特に社会的弱者の支援ニーズに留意するとよい答案が出来るかもしれない。国連は「leave no one behind」を目標に掲げ、経済・社会の発展から取り残されがちな社会的弱者に活動の重点を置いていることは、論述の際に十分に留意すべきだ。数年前に採点した若年失業と若者の就労支援に関する論題で、高得点を取った受験者が、若年者を分類し、若年女性と障害を抱える若者への政策的サポートを論述していたことを記憶している。当然、若い人といっても一様ではないのだから、一括りにして議論することには限界がある。

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