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合理性の行き着く先は地獄?ー小泉悠『ウクライナ戦争』を読んでみた

前々回につづき、今回もウクライナ戦争関連書を読みます。今回読むのは小泉悠のベストセラー『ウクライナ戦争』(ちくま新書)。これは2022年12月に刊行されているのですが、執筆は9月に終了しています。ですからそれまでの事実に基づき書かれています。

私がウクライナ戦争関連書を読みたいと思ったのは、将来にわたって、どうすれば争いを回避できるのか考えたいと思ったからでした。そのためにはロシアが戦争を起こした動機を知ることがヒントになると思いました。

動機

小泉はプーチンの大義の妥当性を検証します。大義の核心は以下のとおり。

①ウクライナ政府はネオナチ思想に毒されており、ロシア系住民を迫害・虐殺している。
②核兵器を開発しており、国際安全保障上の脅威である。
③ウクライナがNATOに加盟すればロシアの安全保障が脅かされる

216-217P

①についての検証
マイダン革命、第一次ロシア・ウクライナ戦争ではネオナチ的勢力の関与はあったらしい。また第一次ロシア・ウクライナ戦争勃発後、ウクライナはロシア語を公用語から外したとのこと。

平時なら公用語外しは大問題だと思うけど、戦争中だとそんなこともありそうです。

小泉はネオナチ的勢力のひとつで、マリウポリ攻防戦で有名になったアゾフ連隊の創設者が率いる政党が2019年の選挙で大敗したこと、ウクライナ側と親露派武装勢力との戦闘が下火になった2016年以降、死者数は大きく減少し、2021年は25人だったことなどから、①には妥当性がないと結論します。

②についての検証
ウクライナが核兵器を開発している証拠はロシアからも、その他からも提出されていないらしい。さらに

ロシアがウクライナの大量破壊兵器開発に気づいていたというなら、国連安保理の常任理事国としてこれを国連で話し合おうとしなかったのはなぜなのか。北朝鮮やイランに関しては六者協議のメンバーとして実務的な解決を目指してきたロシアが、なぜウクライナに関してだけは突然の軍事力行使に訴えたのか。これらの点は、ロシア側の公式見解においては明確に説明されていない。

221P

ということで②にも妥当性なしと判断します。

③についての検証
国境からモスクワまではたったの450kmであることを考えると、ロシアの安全保障が損なわれるというのはそのとおりだと小泉も一定の妥当性を示しますが、ウクライナのNATO加盟は差し迫っていなかったことを指摘します。ドンバスは紛争地域であり続けてきましたが、この状況でウクライナがNATOに加盟すると、NATO規約によりロシアとNATOとの直接戦争に発展する可能性が高まるとのこと。バイデン政権はロシアとの戦争回避を至上命題としている以上、妥当性なしらしいです。また、ウクライナ戦争開戦後スウェーデンとフィンランドがNATOに加盟しましたが、ロシアが本気で抵抗していなかったことも小泉は指摘しています。

まとめるとプーチンの大義①②③いずれも妥当性なしとなります。

では、スウェーデン・フィンランドとウクライナの違いは何なのかと論は進みます。

プーチンの言い分は、…「ロシア語やロシア文化に挑戦し、自分たちがロシア世界の一部だと感じている人々を迫害しているから」というものであり

225P

平たく言えば、「自分の代でルーシ民族の再統一を成し遂げるのだ」といった民族主義的野望のようなものを想定しないと、スウェーデン・フィンランドのNATO加盟をめぐるプーチンの振る舞いにはうまく説明がつかないように思われるのである。

226P

小川哲の満州を舞台にした小説『地図と拳』の一節を思い出しました。

君たちは花と団子を前にして団子の話ばかりをしているが、日本と支那の喧嘩は花の問題だ。花とはつまり、勝ち負けを超越した怒りや、国家を守ろうという矜持のことだ。このような覚悟の前では、団子のやり取りは意味をなさない。我々が怒りに任せて連盟を脱退したときのことをもう忘れたのか?いいかい、私は支那人を恐れているのではなく、人間の魂を恐れているのだよ

379P

戦争は必ずしも近代的合理性によって判断されるのではないのかもしれません。花や魂のメカニズムによって起こるのであれば、この構造を考える必要がありそうです。しかしロシア人やプーチンの精神分析をするにはどうすればいいのでしょう。

しかし小泉は、ウクライナ戦争の動機がプーチンによる民族主義的野望によるものだとすれば、2022年2月24日に開戦した理由を説明できないとも言います。つまり現時点では動機はよくわからない。

すみません。新書一冊読んだだけで、かんたんにわかろうとしていましたよ。そんなかんたんなわけないですよね。ということで、継続して考えたいと思います。

そういえば第一次ロシア・ウクライナ戦争当時、ウクライナはロシアに借りがあったようです。

ロシアから欧州へ至る石油・ガス・パイプラインの通過料収入という巨大利権の恩恵にもウクライナはあずかっていた。

65P

この事実だけに注目すると、ロシアが怒るのももっともな気がします。裏切るなら先に言えよと。そうすればお前たちに利益は与えなかったよと私でも言いたい。このような事情をできるだけ知りたいと思います。

プーチンの人となり

近代的合理性で判断されないとすれば、プーチンの人となりから説明できないでしょうか。大統領就任前のプーチンはKGBに入る動機についてインタビューにこたえているらしい。

少年時代の同人(プーチン)にスパイへの道を決心させたのは、ソ連時代のスパイ映画やスパイ小説であった。こうしたフィクションの中で「全軍をもってしても不可能なことが、たった一人の人間の活躍によって成し遂げられる」ところにプーチン少年の「心はがっちりとつかまれてしまったのだ」という。

212P( )は筆者

やばい。わかる。私も007とか、ちょっと違うけどゴルゴ13とかシャア・アズナブルに憧れましたよ。彼らは人を殺しまくっていると思うのですが、彼らには憧れ、プーチンに憧れないのはなぜなのか。前者は虚構だから?違うような気がします。自伝に基づいた映画『アメリカン・スナイパー』を観ながら、私は160人を射殺した天才狙撃手を応援していました。いっぽう敵の天才狙撃手の応援はしていません。この違いはそれぞれの人物の物語のつくりかたと情報量によるのかもしれません。敵の方はほとんど人間が描かれない。暇なときの過ごし方とか、どんな悩みを抱えているのかとか。もしかしたら、ロシアやプーチンのことを知らないだけで、平時の生活や歴史を知ればプーチンに憧れたりするのかもしれません。憧れるかどうかはともかく、一方だけを聞いて沙汰しすぎなのかも。

ということで、ロシア、プーチン側がつくった物語を知る必要があると思いました。これから資料を探してみたいと思います。

アメリカの存在

ウクライナがNATOに加盟すると、NATO規約によりロシアとNATOとの直接戦争に発展する可能性がある。トランプが大統領のときは、ロシアに対しても好きにすれば?的な対応でしたが、バイデン政権は認めないので緊張が高まります。とはいえNATOとロシアとの世界戦争はヤバすぎるので、バイデンは戦争回避を至上命題としています。

ウクライナを勝たせる方法自体はわかっているのだが、西側はそこに踏み込むことを躊躇い続けていた、…西側の対ウクライナ援助を思いとどまらせていたのは、…ウクライナへの援助を戦争行為と見なしたロシアが戦争をNATO加盟国にまで拡大させるとか、核戦争に踏み切る可能性であった。「ウクライナが勝てるだけの支援」と「第三次世界大戦の回避」という二つの相反する要求の間で、西側は板挟みになっていたのである。

167P

ウクライナ、悲惨すぎでは?ウクライナは二大国の狭間で降伏しない程度に生かされ続けている。でもだからといってこの奇妙なバランスが崩れると第三次世界大戦の輪郭がはっきりしてくる。いつだって境界は傷だらけ。

この演習(米国の国家安全保障会議が2017年に行ったという図上演習)のテーマは「ロシアが在独米軍基地に限定核使用を行った場合にどう対応すべきか」であったが、この際、あるチームは限定核使用による報復をベラルーシに行うことを選択し

189P( )は筆者

アメリカは限定的ではあるが核使用による報復シナリオをもっています。戦争に核が使用されて約80年。落合陽一が『デジタルネイチャー』で言うように、人間は自分が生きている時間(約80年)を超えたスケールの問題には対処できないのでしょうか。つまり80年以上昔の悪については繰り返してしまうのでしょうか。戦争教育、原爆ドーム、戦争映画などで後世に引き継いできた悪の記憶によって抵抗することは不可能だったのでしょうか。

新型戦争

ロシアの心理戦部隊のイーゴリ・ポポフはこれからの戦争(新型戦争)の性質を説明します。

これからの戦争は…「文明間の和解不能な闘争」であり、戦争を長引かせて破壊と混乱を広げるために主な標的は一般市民、特に女性、子供、老人などの弱者になるだろう…

206-207P

アメリカもロシアも戦争を長引かせる論理をもっています。しかもロシアの標的は軍人ではありません。実際弱者が攻撃されていて世界的に批判されていますが、ロシアはポポフ的観点では論理的に行っているので、そのような批判は有効打にはならないのではないかと思います。

核による報復シナリオ、新型戦争シナリオどちらに転んでも地獄です。合理性の行き着く先は地獄なのでしょうか。

人ごとではない

ところでこの戦争から日本は何を学べるでしょうか。

日米同盟によって米国の拡大抑止(要するに「核の傘」)を受けている日本がウクライナのように大国から直接侵略される蓋然性は低いとしても、台湾はこのような保障を持たないという点でウクライナとよく似た状況に置かれている。したがって、仮に台湾有事が発生した場合、日本の役回りはポーランドのそれに類似したものー被侵略国に対して軍事援助を提供するための兵站ハブやISR【情報・監視・偵察】支援を行うアセットの発進基地になる可能性が高い。
これは我が国が核兵器を持つ侵略国(台湾有事の場合で言えば中国)の核恫喝を受けることを意味しているから、日本がこうした立場に立つべきかどうかは国民的な議論を必要としよう。だが、現状ではそうした議論自体が行われていないわけであり、このままでは将来の軍事的危機事態に明確な国民的合意なしでずるずると巻き込まれていくことになるのではないか。

231P【 】は筆者

私たちの判断によって核による報復シナリオや新型戦争シナリオが発動する世界線があるのかもしれません。後悔しないために、真剣に議論しておきたいところです。

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