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『「介護時間」の光景』(134)「工事」「短髪」。12.1.

 いつも読んでくださっている方は、ありがとうございます。おかげで、こうして書き続けることができています。


(※いつも、この「介護時間の光景」シリーズを読んでくださっている方は、よろしければ、「2001年12月1日」から読んでいただければ、これまでとの重複を避けられるかと思います)。

 初めて読んでくださっている方は、見つけていただき、ありがとうございます。
 私は、臨床心理士/公認心理師越智誠(おちまこと)と申します。


「介護時間」の光景

 この『「介護時間」の光景』シリーズは、介護をしていた時間に、私自身が、家族介護者として、どんなことを考えたのか?どんなものを見ていたのか?どんな気持ちでいたのか?を、お伝えしていこうと思っています。

 それは、とても個人的なことに過ぎませんが、それでも家族介護者の気持ちの理解の一助になるのではないか、とも思っています。


 今回も、昔の話で申し訳ないのですが、前半は「2001年12月1日」のことです。終盤に、今日「2022年12月1日」のことを書いています。



(※この『「介護時間」の光景』では、特に前半部分は、その時のメモをほぼそのまま載せています希望も出口も見えない状況で書かれたものなので、実際に介護をされている方が読まれた場合には、気持ちが滅入ってしまう可能性もありますので、ご注意くだされば、幸いです)。


2001年の頃

 ずいぶん前の話ですみませんが、1999年に母親に介護が必要になり、私自身も心臓の病気になったので、2000年に、母には入院してもらい、そこに毎日のように片道2時間をかけて、通っていました。妻の母親にも、介護が必要になってきました。

 仕事もやめ、帰ってきてからは、妻と一緒に、義母(妻の母親)の介護をする毎日でした。

 入院してもらってからも、母親の症状は悪くなって、よくなって、また悪化して、少し回復して、の状態が続いていました。

 だから、また、いつ症状が悪くなり会話もできなくなるのではないか、という恐れがあり、母親の変化に敏感になっていたように思います。

 それに、この療養型の病院に来る前の違う病院で、いろいろとひどい目にあったこともあって、医療関係者全般を、まだ信じられませんでした。大げさにいえば外へ出れば、周りの全部が敵に見えていました。

 ただ介護をして、土の中で息をひそめるような日々でした。それが2001年の頃でした。

 気持ちは、かなりすさんでいたと思います。
 それでも、毎日のようにメモをとっていました。

2001年12月1日

『いろいろと考えて、毎日、ただ流れているのが嫌になる。
 ただ、介護をしている。雑用のようなことばかりで、嫌になる。

 病院に向かう電車が遅れる。

 乗り換えたら、次の電車も遅れて、一本なくなり、いつもよりも、少し遅くなる。

 午後4時25分のバスに乗って、年賀状の文面を考えて、時間だけは経っていて、嫌になる。

 午後5時15分頃、もう暗くなった。やっと病院に着く。

 今日、家に届いたクッションを持って行ったら、母は一応気に入ってくれた。
 よかった。

 この前持って行った冬用のスリッパに変えている。
 カレンダーも変えていた。

 月が変わると、気分も変わるみたいだ。

 ただ、「今日は?」と聞くと、「23日」と答えが返ってきたりはするけれど。

 夕食は、20分くらいで食べた、

 その後、すぐにトイレへ。午後6時半頃にまたトイレへ。

 テレビ番組は、皇族に子どもが生まれたニュースばかりで、そのためか、母も知っていた。

 午後7時にトイレへ行く。

 部屋に戻ってくるのを待っていたので、午後7時までの時刻から、少し遅れて、病院を出る。

 いつもより短い時間だから、けっこうあっという間だった。

 満月でおぼろ月。かすんで、ぼんやりとにじんでいる。

 昨日の夜。なんだか急に悲しくなって、涙が出たけれど、自分でもどうしてだか分からなかった』。


工事

 線路際。知らないうちに、ホントに大きな空き地が出来ているように思えた。前は何があったか思い出せないが、茶色い土が掘り返されている。テレビのコマーシャルで、ここに確かマンションが建つのを知った。

 ショベルカーや、クレーンや、名前を知らない工事のための大きな機械が、電車の窓から見えるだけで10台以上ある。かなり広い空き地。赤、青、オレンジ、けっこういろんな色の機械が動き続けている。

 試合前、それぞれが思い思いに本番へ向けてウォーミングアップをしているサッカー選手の感じに何となく似ていた。


短髪

 駅。午後7時45分。東海道線上りの電車がくる。
 何人かが降りて、自分も含めて何人かが乗り込む。

 高校生の女子が座っている。ものすごくぐったりしている。疲れ果てているのかもしれない。短い髪の2人。大きめのカバンに学校名が入っている。確か、ソフトボールの名門。名前とたぶん背番号。20番台と30番台の数字も入っている。

 昨日も、同じ二人がいて、ほぼ同じ席に座っていた。
 一人が途中の駅で降りた。

 降りるまで、一言もしゃべっていない、と思う。

 とっても疲れているのだろうけど、私が乗った駅で降りた同じ部の女子は一応笑っていたけど、楽しい事ってあるんだろうか?と思うほど、ぐったりした気配を発していた。

                        (2001年12月1日)


 それからも、その生活は続き、いつ終わるか分からない気持ちで過ごした。
 2007年に母が病院で亡くなり「通い介護」も終わった。
 義母の在宅介護は続いていたが、臨床心理学の勉強を始め、2010年に大学院に入学し、2014年には臨床心理士の資格を取得し、その年に、介護者相談も始めることができた。

 2018年12月には、義母が103歳で亡くなり、19年間、妻と一緒に取り組んできた介護生活も突然終わった。2019年には公認心理師の資格もとった。昼夜逆転のリズムが少し修正できた頃、コロナ禍になった。


2022年12月1日

 月が変わったら、急に気温が低くなった。
 空気が冬の気配になる。

柿の実

 家にいる時間が長い日は、庭の柿のことばかりを書いている気もするけれど、この一週間で、葉っぱがほとんど散った。

 今年は、柿の実をかなりとって、干し柿にもして、満足感もあったのだけど、葉っぱがなくなり、残った柿の実を見ると、いつもよりも固まって、まだたくさん実っていた。

 その場所は、庭からも、2階の窓からも、高枝切りバサミを使っても、ちょうど取れないから、仕方がないとは思いながらも、こんなにたくさん実っているから、もう少し採れたのではないか、と出来ないと分かりつつも、空を見上げると、嫌でも目に入るから、そんなことを思ってしまう。

 曇りだけど、雨は降らないようだから、少したまっている洗濯を始める。

ワクチン

 火曜日にオミクロン株対応ワクチンを接種した。

 もう5回目になるけれど、今回は、これまでとは違って、その接種の間隔が5ヶ月ではなく、3ヶ月に短縮されている。
 そのことで不安も大きめで、接種して次の日は、なんとなくだるく、もしかしたら発熱するかも、といった感覚だったけれど、3日目の今日は、その体の重さはなくなっていた。

 左腕の痛みも、昨日に比べて、かなり軽くなった。
 まだ油断もできないけれど、少し安心している。

感染者数

 今回のオミクロン対応ワクチンを接種している割合は、まだ2割にも届いていない。

 その理由は、現在の政府への信頼感が高くないこともあるだろうし、実際に、自分や家族や周囲の人が感染して、回復する人を見ていると、もう感染しても大丈夫ではないか、という感覚の人が増えているようにも思える。

 それでも、感染者数は世界最多で、死亡者数も世界で2番目に多いという状況になってしまっている。

 感染予防をそれほど気にしない人が増え、その上、全国旅行支援という政策が続けられて、移動する人が増えるほど、さらに感染者は増大し、それに伴い、死亡者数も増えていくのではないだろうか。
 
 かなり怖い。

格差

 感染症専門の医師が、ここで語っているように、「感染した人がいつでもどこでも安心して医療を受けられる社会」になったら、自分も体が強いわけでもないし、ぜんそくを持った家族がいたとしても、ワクチン接種を続けながらも、私自身も、もっと安心して外出をし、ほぼ以前通りの生活に戻れると思う。

 だけど、現時点で「医療逼迫」という話題が出始めている現状では、おそらく感染した場合に、「いつでもどこでも安心して医療を受けられる」ようになっているようには思えない。

 そうであれば、自衛をする他なく、これからも変わらずに、経済的にはかなり困ってきているにも関わらず、できる限り、外出自粛などを続け、感染そのものを避けなければ、大げさではなく、命に関わる状況であることも変わっていない。

 それでも、こうした姿勢は、もっと若かったり、健康な人たちから見れば、必要以上に脅えている愚かな姿にも見えるだろうし、そうした、すでに意識としては「コロナ明け」になり、さまざまな活動が、通常モードになっている人は、もちろん経済的にも回復しているだろうから、私のような外出自粛を続ける人間とは、いろいろな部分での「格差」は広がりそうだ。

 コロナ禍がもっと深刻に捉えられている時も、「格差」が問題になってもいたのだけど、これからも、そうした分かりにくい「格差」が大きくなりそうなことを考えると、気持ちは重くなる。





(他にも、介護のことを、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。




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越智誠  臨床心理士/公認心理師  『家族介護者支援note』
 この記事を読んでくださり、ありがとうございました。もし、お役に立ったり、面白いと感じたりしたとき、よろしかったら、無理のない範囲でサポートをしていただければ、と思っています。この『家族介護者支援note』を書き続けるための力になります。  よろしくお願いいたします。

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