「イクメン」という言葉がもたらす弊害について
「イクメン」という言葉に、人々はどんな印象を持っているだろうか。
育児に積極的に参加し、子煩悩な父親?
共働き・男女平等に邁進する、新しいタイプの男性?
バリバリ働き、家庭も大事にする、スーパーパパ?
厚生労働省の公式HPには、「イクメンとは、子育てを楽しみ、自分自身も成長する男性のこと。」と定義されている。
確かに、出始めの頃の「イクメン」という言葉には、若い世代の新しい生き方を尊重する、肯定的な雰囲気があった。
しかしながら、2018年6月現在、子育てメディアの編集部に所属し、なおかつ育児当事者である私には、もうすでに「イクメン」という言葉のポジティブさやキャッチーさは失われ、育児当事者の男女どちらにとっても、嘲笑と孤独を生む、「弊害」そのものになってしまったように感じられる。
そもそも、「イクメン」という言葉はどこからきたのだろうか。
きっかけになったのは、今から8年前、2010年6月に当時の長妻昭労働大臣が唱えた「イクメンプロジェクト」だ。
前年の育児・介護休業法施行に追い風をと、当時すでに一般的であった「イケメン」をもじって、軽やかに男性の育児参入、それに伴う女性の産後離職率減少を呼びかけた運動であった。
つまるところ、「超高齢化社会に備えて、女性も生涯働いてほしい。だが若年層の社会保障費を拡大する予算はないので、家庭の努力で仕事・家事・育児を回してね。男が育児すれば解決でしょ」という若年家族へのしわ寄せを、努めて明るく表現しただけなのだが、世間はこの「イクメン」という新しい概念を、面白がって盛り上げた。
ワイドショーではスーツ姿に抱っこ紐をつけ、通勤前に保育園送迎する父親の姿が特集されたり、父親が作る幼稚園のお弁当がレシピ本化され、SNSに子どもの写真をアップする既婚男性が一般的になった。
街中に確実に増えた子連れ男性の姿は、「イクメン」ともてはやされ、育児当事者以外にも、1つの時代の流れとして急速に認知されていった。
これは私見に他ならないが、おそらくこの時点では「イクメンプロジェクト」は一定の成功を見せていたのではないか、と思う。
それまで暗黙の了解で「母親の領域」であった育児に、男性が参入することは「最先端でかっこいい」という価値観が広がったことにより、育児を「自分ごと」として考え、当事者意識が芽生えた男性は、少なくなかったはずだ。
女性としても、夫に育児を依頼しやすくなったり、姑や親世代に「昔とはちがう」と思わせる際のキーワードになり、恩恵はあったのではないだろうか。
ただ問題となるのは、この「イクメン」が市民権を得れば得るほど、苦しさを感じる人も現れてしまった、ということだ。
一つは、「イクメン」を自称する男性に不快感を感じる女性。
「イクメンもどき」などと揶揄する言葉もできるほど、「自分ではイクメン気取りだが、妻から見ると十分に育児参加できていない夫」に対する女性の不満は大変大きなものに感じる。
それもそのはずで、女性はやって当たり前とされている育児を、男性は少しかじっただけでも「偉い」「素敵」「優しい」と必要以上に賞賛されてしまう、という社会環境が大きく関係している。
これはムーブメントに火がつき、短期間に「イクメン」が浸透したことの副作用とも言える。
「イクメン」の度合い的な定義や、家庭での役割よりも、言葉が先行して普及した結果、「男性×育児」はなんでもかんでも「イクメン認定」されてしまった。
無論全員ではないが、育児は長らく続いていく「線」であるのに対し、これを「点」で理解し、自分が「いい父親」であることを表現するための、ファッションの1つとして「イクメン」ぶりたがる男性も一定数存在した。
よって二つ目は、イクメンの社会的な扱いに違和感を感じる女性である。
ここまでは、数年前からSNSなどでたびたび拡散された意見であり、もはや現在では「男性も育児をするのは当たり前なのに、自他ともにイクメンという言葉をあえて使うのはおかしい!」という考え方は、育児当事者にはほとんど共有認識であろう。
さらに、これは少し軸はズレるが、「非イクメン」の夫を持つ女性もまた、イクメンという言葉の普及により、自身の境遇を嘆くきっかけが増し、これもまた一つの苦しさに違いない。
そして、今回私がお伝えしたいのは、「イクメン弊害」を受けているのは、女性ばかりではない、という問題だ。
きっかけになったのはこちらの記事。
”イクメン”と言われてモヤモヤ…パパが感じる「育児の壁」とは?
https://conobie.jp/article/11974
ご夫婦で漫画家ユニットを運営する、うめさんの書籍『イクメンと呼ばないで ニブンノイクジ』の一部をご紹介させていただいた記事。
記事の内容は、娘の育児を妻と分担して行っているパパが、保護者会や外出先で、男性の育児参加の壁を感じる、という体験談マンガであり、編集段階でも、多くの発見があった。
そして記事が公開されると、1週間で7万PVに達し、特にTwitterでは「イクメン」と呼ばれることに抵抗のある男性からの同意が多く集まった。
例えば、イクメンならば妻なしで子どもとおでかけすべし!という風潮はあっても、オムツ交換台の設置がない男性トイレが多い現実。
保育士さんでさえも「母親と同等の親」として父親のことを扱ってくれない。
公園などで、他のママに煙たがられてしまう。
「ママカフェ」という名称の店には、子連れなのにパパは入りにくい。
などの体験だ。
育児に向き合い、生活の中心と考えているパパたちもまた、「イクメン」というカジュアルな言葉のせいで、実態を見ずに育児への姿勢が否定されてしまう、という弊害を受けている。
いくらイクメンブームがあったとしても、育児はまだまだ「女性社会」であり、本気で育児に関わる男性を「イクメンですね」と軽んじて、蚊帳の外においやっているのではないか。
この記事の制作、公開を通して、私が強烈に感じたことは、ライフスタイルの変化を促すことで、子育て世代を豊かにしようとしたはずの「イクメン」という言葉は、もはや育児当事者を男女ともに苦しめる、危険なレッテルになってしまった、という現実だった。
もちろん、「イクメン」の概念がもたらした、男性の育児休業取得率の増加や、子育てがすでに終了している世代への意識改革というプラスの効果は計り知れず、現在進行形でこの言葉を重宝している方も多くいることと思う。
しかしながら、最もイクメンたる、「育児参加率の高い男性」にとっては、どうやらあまり歓迎されない言葉に変化してしまった、という本末転倒な構図は、広く認知されてほしいものである。
育児や家事の分担は、本来その家庭ごとの都合と納得感の元、ケースバイケースで選択されるべき事柄だが、子育て世代を取り巻く、さまざまな環境要因が「オンリーワンの自由な選択」をそのまま受け入れてはくれないのかもしれない。
(文章:瀧波和賀)
Twitterもやってます^^
https://twitter.com/waka_takinami
参考サイト
https://conobie.jp/
http://ikumen-project.mhlw.go.jp/
https://kotobank.jp/word/%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%A1%E3%83%B3-188869