お子様ランチに時計はいらない
私は食べることが大好きだ。
自分で料理を作ることも好きだし、食べ歩きやお店の開拓も好きなので、週に1度は家族で外食にでかける。
これは大きな息抜きであり、週末スイッチを入れる大切な儀式だ。
2歳の娘も私に似たのか、とにかく食べることが大好き。
パン屋さんの前を通るとガラス窓に張り付くので、日本のパン屋さんのガラス張り店舗率の高さを、私に気づかせてくれる。
1歳前後から外食先でお子様ランチを注文することも増えたが、たくさんのお店のメニューをめくるたびに思う。
「お子様ランチ」という存在は、もうずいぶんと長いあいだ、頑なに「新しくなること」を拒否しているのかもしれないな、と。
お子様ランチはどんなイメージ?
「お子様ランチ」と聞いて、あなたはどんなビジュアルをイメージするだろうか。
小高く盛られたカレーライスやオムライスに小さな旗が立ててあり、
その周りをハンバーグ、エビフライ、カニクリームコロッケ、ナポリタン…単品でも主役になれるオカズたちが華やかに囲んでいる。
さらにはフライドポテト、タコさんウインナー、カラーゼリーやぷるぷるプリンといった、実力派なわき役たちが、一切の余白なく、仲良く肩を寄せ合っており、暖色中心のワクワク空間を作り出す。
そんなお子様ランチは、大人にとっても憧れではないだろうか。
にぎやかで食欲をそそり、宝物のようにキラキラした一皿を、家族と楽しくお出かけした思い出とセットで記憶している人も多いはずだ。
家の食卓には並ばない、とっても特別でよそ行きで、カッコいい食べ物。
子供の野望を具現化した、その輝きを前にすると、なんだか王子様やお姫様になったような気さえする。
しかしこのお子様ランチ。
戦後の高度経済成長によって、西洋文化がなだれ込んできてからウン十年。
「定番」の在り方が、ほとんど変わっていないように思われる。
サザエさんやちびまるこちゃんなど、若年結婚と3世帯同居がまだまだ東京でもスタンダードだった時代の作品に登場する、「デパートで食べるお子様ランチ」と、現代のファミレスに並ぶそれは、ほとんど同一である。
低アレルゲンメニューが増えたり、食器がキャラクターものになった程度のちがいはあれど、今の子供と、祖父世代がイメージするお子様ランチは、ほぼ同一のビジュアル、味なのではないだろうか。
お子様ランチの残存性
祖父世代が子どもの頃、というと、おおよそ50年~60年前くらいの昭和30年半ばから40年前半くらいだ。
この時期、携帯電話はもちろんのこと、ポータブルゲームやテレビゲームも存在していなかったので、子供たちの遊び方は現代とはまったくちがったはずだ。
まだまだ一般市民がそこまで裕福には暮らしていなかった時代で、自宅にお風呂がなく、銭湯に通うのが日課、という家庭だって少なくなかった。
「外食」自体が特別な行為であって、まして子供が喜ぶようなお店は少なかったはずだが、それでも憧れの対象として、お子様ランチは存在していた。
平成になり、ヘルシー志向が広く一般化し、添加物はなるべく避けたい、外食といえど、塩分とカロリーの多いものはちょっと…ね。
まして食育や栄養の知識も広く普及し、幼い子供に食べさせるものに気をつかう家庭がマジョリティーとなった。
にも関わらず、大人の外食だけがオーガニック化、ヘルシー化をみせ、お子様ランチは、脂質糖質てんこ盛りで、野菜はほんの彩り程度…というバランスを、かたくなに崩さない。
顧客のニーズ変化を敏感に読み取ることで生き残りを競う外食サービス業界において、なかなか逆行した現象が起きているように思う。
どうしてお子様ランチは不変なのか
コンビニだってヘルシー路線のメニューを豊富に揃える中、どうしてお子様ランチだけは変わらずに時をすごしてきたのだろうか。
その理由は、あまりにも完璧な「物語」にあるように思う。
日本が元気になってきた時代に現れたお子様ランチは、その華やかさと高揚感で、全国の子供たちを魅了する。
私の母が子供だった頃は、高価で特別な食べ物だったはずで、お子様ランチを食べたことがあるかないかは、一種のステータスですらあったのではないだろうか。
運よく自分の前に配膳させる機会のあった子供は、夢がまるまる叶ったようなインパクトを覚え、その幸福な記憶が強く頭に残り、大人になる。子供時代に出会えなかった人も、憧れが残り続ける。
そんな大人が料理人になり、商品開発担当になり、親になるわけで、自分の子供には絶対にお子様ランチを食べさせたい!と決意するはずだ。
誰の子ども時代にとっても「特別」だったからこそ、いつしか「食べたい夢」が「食べさせたい夢」になり、3代目の私たちにも脈々と受け継がれている。
すでに母となっている私も、おチビな頃は、背伸びをして飲食店のショーケースを覗き込んだ。
おまけのおもちゃも魅力的だが、トロッとした卵やまっすぐピーンなエビフライを眺めては、はぁ~素敵~~とこがれたものだ。
昭和から平成、そして次の元号になってもきっと、あの完璧な外食のスターは、変わらずそこに存在しているだろう。
そして親たちは「ちょっと野菜少ないな」と思いつつも、目をキラキラさせて、椅子から立ち上がる興奮でフォークを構える我が子をみたら、悔しいけれど胸が幸福で満たされる。
ま、今日くらいいっか。
今日は特別だよ!よく噛んで食べてね!なんて言うけれど、ハンバーグのソースやケチャップで口をだくだくにするあの笑顔は、一度だけじゃやめられない。
「すごくうれしそう…頼んでよかった…」
自分の分をたべる手を休めて見つめてしまう。
帰りにはもう、手をつないで「つぎ」の約束する。
大きな口で食らいつく、我が子の姿がまぶしくて、自分が幼かった頃よりも、お子様ランチが好きになる。
たまにはいいわね、また頼もう。
お子様ランチに、時計はいらない。
ずっとずっと、親子の夢でいて欲しい。
ビタミンや食物繊維はなくっても、一番大事な栄養が、てんこ盛りにはいっているのだ。
記:瀧波 和賀