見出し画像

理知を継ぐ者(25) 私たちとは誰か①

 こんばんは、カズノです。

【私たちとは誰か】

 けっこう前の話題に戻りますが、大学Aと企業Bに対する受講生Dの抗議では、「私たちはもう我慢しない」という文言が使われました。
 この言葉の意味が分からない──特に「もう」が分からないと、おれはその時に話しました(連載の5~7回目)。この「もう」は抗議の主旨を曖昧にしているという内容でしたけれど、ところで、そんな風に主旨が曖昧な抗議をする「私たち」とは誰なんでしょうか? 「もう我慢しない」と言っているのは「どういう」「誰たち」なのでしょう?
 これもまたよく分かりません。

 *

 まずこの確認をしましょう。
 例えば報道等から、受講生Dの抗議活動を知った受け手は、うっかり2.9万人の「私たち」がいるらしいと思い込んでしまうかも知れません。でもそれは間違いです。
 2.9万とは最終的に集まった署名数で、署名用の記事が発表された時点での「私たち」とは大学Aで講義を受けていた受講生Dたちのことです。つまりこの署名運動の発起人ですが、印象からすれば数人というところです。いても十数人レベルですね。
 にもかかわらず、この「私たち(はもう我慢しない)」とは、まるで「2.9万人の私たち」がいるかのような印象を与えてしまっています。だからそれは間違いですと確認して、さらにです。

【「私たち」はどうやって『私たち』になったのか】

 そもそも発起人の「私たち①」はどういう人たちだと考えられるでしょうか。
 まず、「みんなで一緒に抗議したけど、きちんと対応してもらえない。もういい加減我慢できない」と思った人たちだったと考えられます。これはありえます。ありえますが、実際そうかどうかは分かりません。書いてないからです。
 それから前にも話したように、違う考え方もできます。

 受講生D1、D2、D3…それぞれがそれぞれに、「これまでずっと我慢してきた/させられてきた」人たちだったという考え方です。それで意気投合したのかも知れませんが、じゃあその「我慢」とはそれぞれどういう内容で、どのような接点から意気投合できたのでしょうか?
 おそらくは似通っていたのだろうその「我慢」は、でもそれぞれに固有の体験だったはずです。仮に同じものに我慢したことがあったにせよ、それも個的な体験になるはずです。人が「個人」だとはそういう意味だからです(少なくとも民主的な「個人」概念の下ではそう考えられています)。
 ではなぜそれら固有の「我慢」体験を彼ら/彼女らは共有することができたのでしょうか。そしてそのように固有の我慢体験を持ちながら、なぜ今回、大学Aと企業Bだけに限定した抗議をしようと合意できたのでしょう?
 分かりませんよね。書いてないからです。
 この「私たち」とはどういう風に集った、どういう「人間の集まり」なのかはまったく分かりません。

【『私たち』の実体と『私』の自意識】

 そのように曖昧なのが、発起人「私たち①」です。じゃあその後に集った2.9万弱の「私たち②」とは誰なんでしょう?

 これまでの話から、まず「主旨がよく分からない抗議活動に賛同できる人」だと考えられます(今回と連載の7回目参照)。
 それから、「講師Cの問題発言のどこが問題なのかをよく理解しないまま、『それは問題だ』と思えるような人」だとも考えられます(連載11回目~あたり)。
 なので「主旨とか理解とかをよく考えないで署名するような人たち」という大雑把な捉え方もできてしまいますが、整理しましょう。おそらくその2.9万弱の私たち②とは、

・「主旨とかそんなのどうでもいい、有名大学Aと大企業Bを攻撃するんだ! やっちゃえやっちゃえ!」で署名するような人か、
・主旨や経緯、発言の理解などを飛び越えて、なぜか「分かる!」になってしまう人

 のどっちかでしょう。

 前者は前者で弱ったものですが(時に彼らは相手を、社会生活/社会活動が出来ないところまで追い込みます。非難された相手が倒産/離職/自殺することももう珍しくありませんが)、後者もかなり危険です。
 客観的な説得性を欠いた言葉に「分かる!」となってしまうのは、その感覚が「内輪」のものになっているということです。だからそのような「内輪の言葉」しか発信できていないと気づかない発起人も、十分に危険です。
 周囲にとっても本人にとっても。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?