ユメグラ60分ワンドロ企画 お嬢様編 『果之地』

xx月xx日
時の流れというのは残酷だ
どんな物にも平等に牙を剥く
平等に終わりへと運んでいく

私の家系ではとある盟主の元へ代々仕えてきた
幾年もの年月を仕えてきた盟主も、時代に流され、廃れ、寂れ
変わりゆく時代に抗えず、崩落への一途を辿っていった

盟主様より最後の言伝を承り、私はお嬢様と共に
二度と開くことのない御屋敷の門を閉じ
外の世界に馴染みのない世間知らずな幼い女の子を
託された未来へ小さな宝物を乗せて、夜を駆けていく

静かな夜の街並みを小粋な単気筒の音をトコトコと奏で駆けていく
この世界には私達しかいないかのようにも感じる静寂の中で
ただ、エンジン音だけが響いていた

お嬢様は問う「なんだか不思議な乗り物だね。爺やの車とぜんぜん違う」
心做しか楽しそうにも感じた言葉に静かに返す
落ちないように捕まっていてくださいね と
返した言葉は静寂と排気音に飲まれ届いていたのかは知れず
だけど確かに背中の温もりを強く感じた

「ねえ、どこにいくの?」
打って変わって不安そうなお嬢様の声色は揺れる振動か、心境か
少し震えて聞こえた
「どこでもない、どこか」とそっと心のなかで返事をした

私にもわからない、何処へ向かっているのか
ただ道が続いている、道があるから進んでいる
この先に国や町があるのかもわからない

何処か、数日でもいい、泊まれる場所があれば
とぐっとグリップを握りしめながらただ進んだ

空の色が淡く藍と深碧と茜色のグラデーションを彩る頃
小さな町が見えた

近づくにつれ、その街が城下町だということに気づいた
どれほど発展しているのだろうか
電気はあるのだろうか、泊まれる施設はあるのだろうか
不安を胸に、背に感じる温もりは、道に揺られ
バックレストに身体を預けながら器用に寝ていた
明主様からお休みを頂いた際に大きな鞄が落ちないように
すっぽりと嵌るサイズのアームレストをつけていたおかげで
小さな温もりを落としてしまう心配はなさそうだった

トコトコと子気味の良い排気音を止め
門番であろう方に話を伺った

どうやらこの時間でも町に入ることは出来るようだ
門番に話によると、電気はあるようだがガスという言葉はわからないようだった
旅人のための簡易宿泊施設はあるとのこと

ならばと、この町にしばらく滞在することに決めた
この町の食事がお嬢様の口に合うとよいのだがと
思い老けていると、門番の計らいにより
知り合いの簡易宿泊施設の者と話を通してくれるとのことで
この時間からの施設の利用を出来るように口を聞いてくれるらしい

それではお言葉に甘えて、私は町へ入る手続きを行った

門番と共に宿泊施設へ向かった。
他愛ない日常会話が聞こえたと思ったら手招きされた
どうやら部屋の用意が出来ているとのことだった
私は門番へお礼を伝え、お世話になりますと施設の者へ伝えた

お嬢様を背中に乗せ部屋へ入る
ベッドだ、御屋敷ほどのフカフカ度ではないがベッドだ

盟主様から言伝を預かった時にはもうベッドで寝れることはないだろうと
思ったが、案外寝れるようだ

背中の温もりを下ろし、布団をかぶせ、愛らしい寝顔を眺めながら
私も床へ付いた、この先どうなるのだろうか、不安を胸に
双眸を静かに瞼で隠した

翌朝、朝と言うには遅すぎるが、昼過ぎであろう時間に目が冷めた
部屋の保冷庫には卵に燻製された肉が、机の上には入室した時にはなかったパンがあった
気前がいいなと思い、昼食を作ることにした
後に聞いた事だが、食材も門番が口を聞いてくれていたらしい

おはよう と背後から聞こえた
どうやらお嬢様が目を覚ましたようだ
おはようございます とだけ返した
フライパンの中では卵と肉が良い感じに火が通っていた
パンと共に皿に移し、出来上がった2人前弱の食事を机の上に持っていこうとすると
「料理出来るんだ、すごいね」とキラキラとした眼差しで言われた
簡単なものなのだが少々鼻が高くなってしまった
これぐらいでしたら、朝飯前です と返した もう朝飯どころか昼であるが

食事を終えた後、お嬢様にこれからどうしたいのかを聞いてみた
「外に出たことがないからトコトコと一緒に色々見に行きたい」
トコトコか、自動二輪車も知らないような閉じ込められていた世界で過ごしていた
お嬢様にとっては何もかもが目新しいものなのだろうと感じた

盟主様からは娘を頼むとしか言伝を頂いていなかった
どう頼むのか、一緒に住めというのか、それとも娘のお願いを聞いてやればいいのか
庶民としての暮らしを教えればいいのか、何もかもわからない
ただ『頼む』という言葉だけ

日金を稼いでその日暮らしの生活も悪くないな、と思い
ただ「それでは色々見て行きましょうか、何処か安住できる果てを探して」
と返した
その町では5日滞在した
滞在中に安易な仕事で少量の賃金を稼ぎ、必要な物資を購入し、万が一の為のモノも

お嬢様を抱きかかえタンデムシートに乗せ
例の門番の場所へ
大変お世話になったとお礼を告げ、私達は町を出た

門番が言うには来た方向から少し西へそれると淡く黄色い花が咲く綺麗な平原と湖があるそうだ
その湖を越えた先には少し大きい国があるらしい
まずはそこを目指そうと思った
お嬢様は告げる「ねえこれから何処へ行くの?」
優しい眼差しで問われ、同じく優しく返すのであった
わかりません、ですが『この先の、きっと何処かが目的地です』と

私はかっこいい名前を付けていたのだが、お嬢様からトコトコと可愛らしい名前を貰った
相棒は、私と幼いお嬢様を乗せて、まだ見ぬ世界を見せるために、続く道を走り出した

いつかたどり着くであろう果ての目的地を目指して


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