音楽ハラスメント

1945年の敗戦。そのどん底から這い上がった日本は1968年に世界2位の経済大国になった。わずか23年の経済復興という奇跡。
この勢いなら世界を支配する国になる、とさえ言われた。

しかし、その裏に働き易さを無視した過酷な労働環境があったのも事実だ。

社会のためには個人は犠牲になる。個人は組織のために存在する。社会が強くなることで個人の幸せがもたらされる。それが日本の価値観だった。

結果として経済成長を果たしたのだ。その価値観は正義でもあった。文句を言う人は誰もいなかったのだ。

しかし、バブル崩壊後30年に渡り、経済はすっかり冷え込んでしまう。経済成長というメリットがなくなれば過酷な労働環境というデメリットだけがクローズアップされることになる。環境に不満を覚えていた労働者も堂々と意見を言えるようになった。

そうした中で生まれた機運がハラスメントの撲滅だ。セクシャルハラスメントに始まり、パワーハラスメント、マタニティーハラスメントなどと様々な問題があぶりだされた。

職場でのストレス源。様々ある中で今回は音楽にスポットを当ててみたい。

よく行くスーパーでいつも流されている曲がある。

♪さかな、さかな、さかな~、というフレーズは一度聴いたら忘れられない。

全漁連中央シーフードセンターのキャンペーンソングとして制作された曲。百貨店などに約1万本が配布されたが、あまりの評判の良さにCD化が決定。大ヒットとなり、紅白でも披露された。

31種類の魚の名前が盛り込まれ、食育の意味でも素晴らしい曲だ。
鮮魚店コーナーでこれを聴いたら確かにさかなが食べたくもなるし財布の紐も緩む。

店舗のオリジナル楽曲を作りプロモーションに成功している例もある。

「ヨドバシカメラの歌」は、1975年作曲はヨドバシカメラの創業者である木本清が担当した。海外でも知られる、会社の代名詞ともいえる曲で海外でも浸透している。

この成功をフックに大手量販店は次々にテーマ曲を作り企業の顔とした。

「ビックカメラの唄」1982年
「コジマ音頭」1987年「ケーズデンキ節」1990年
「ミラクルショッピング」(ドン・キホーテ)1994年
「エディオン音頭」2009年

他店に負けるわけにわけにはいかない。店内だけでなく店外にもスピーカーが設置され道行く人々を誘う。

しかし、現場で働く人のことを考えてみたい。
どんないい曲であっても1日8時間ずっと聴いたらどうなるだろう。

聞こえてくる音楽から逃げることはできない。それは時に拷問とはならないだろうか。

アメリカでは音楽を刑罰に使った事例がある。オクラホマの刑務所に服役していたジョン・バスコという人物。同じ曲をループで長時間聞かされる拷問を受けた。その後彼は死亡して発見されたという。

この時使われた曲が童謡「サメの家族」

YouTubeにアップされたアニメ動画が再生1億回を超える大人気童謡。
実にかわいく楽しい曲だ。
それでも繰り返し聞かせれば命を奪いかねないほどの拷問にもなりうる。

人間の感覚はそうできているということだろう。しかしそれが職場に現れているとするなら怖いことだ。

労働全衛生法第22条には「事業者は騒音による健康被害を防止するため必要な対策を講じなければならない」とある。

音楽が騒音に当たるかどうかは聴いている人の感覚に委ねられるものだ。

音楽の繰り返しがどういう感覚を引き起こすか。例えば今年高視聴率に沸いたWBCの放映。TBSはジャーニーの「セパレートウェイズ」をテーマ曲に使っている。

勇壮な曲調は確かに気持ちを高ぶらせてくれた。選手たちをさらにかっこよく見せてくれた。しかし、どんなシーンでも必ず被せてくるやり方には参った。CMへのブリッジにも数秒の「ウオー!」という部分だけを切り取っていたが、さすがに作曲者にも失礼だろう。

同じく放映権を持つテレビ朝日はテーマ曲にこだわりがなかったが、ずっと見やすかったと思う。

さらにもう一例。
TBSの「サンデーモーニング」
三枝成彰氏作曲のテーマを使っているが、コメントの裏に延々とループで流している。果たしてそれは必要なのか。聞きたいのはコメントの内容だ。曲を被せるのは制作サイドの自己満足以外の何物でもない。



経営会議の席、デスク上では音楽をプロモーションに使う効果が謳われ綿密な計画が立てられているのだろう。
しかし、そこに現場で働く労働者の視点があるのだろうか。

働き手の意欲という何より重要な資産が、ないがしろにされてはいないだろうか。

その視点が盛り込まれたツールがある。
群馬電気が販売するメモリー式の音声POP「呼び込み君」。ぽぽぽぽーというメロディーでお馴染みだろう。各販売コーナーに置かれ、商品の特性に合わせた音声が流される。人感センサーがついており、客が来た時だにその場所だけに流されるという仕組み。

労働者保護とマーケティングを両立させた見事なツールだと言えるだろう。
こうした試みが今後は登場してくることだろう。それが社会の望みのはずだから。

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