香川照之に復活劇はあるか


香川照之と言えば、間違いなく現代日本を代表する名優。その人が性加害騒動を起こし
抱えていたレギュラー番組やCMを全て降板、というのだから穏やかではありません。

被害を受けた女性が訴えた相手は、香川を止めなかったクラブのママであり香川本人ではありません。にも拘わらずマスコミの攻撃は尋常ではなく、絶頂にいる名優の息の根を止める程の勢いです。

コンプライアンスを至上とする「今」という時代を感じます。セクハラ、パワハラ、上から目線、ブラック企業、LGBTQ。時代の価値観を表すキーワードが次々に生まれ、それに反する者は厳しい社会的制裁に晒されます。

香川の場合も例えば30年前ならどうだったでしょうか。一晩で100万円を使った。50人分を支払った。勝新太郎の話は武勇伝として今も残ります。

香川にも大物俳優にしか許されない遊びだという認識があったのだと思います。自分には許される。なぜなら大物だから。凄まじいほどの自己肯定感があの行為に走らせたのではないでしょうか。

しかし、時代が違っていました。店という箱は同じでもホステス達は30年前とは全く別の人達です。大物俳優の矜持などとは誰一人認めてくれません。

マスコミもコンプライアンスをバックボーンにすれば、どんなに攻撃的な記事を書いても正義の側にいられます。その記事は売れ、相手が没落すれば、それを書いてまた売れる。

自業自得なのか、運がないのか。そういう時代なのだとしか言いようがありません。
コンプライアンス重視の社会は、安心と窮屈さの両面を生み出しました。表現や行動は制限されますが引き換えに傷つくのを我慢しなくて済むようになりました。

肉を切らせて骨を絶つ。本作用を得るために副作用を受け入れているということでしょう。
コンプライアンス重視は人々の幸せを願った時代の選択です。

大物俳優はおべんちゃらに取り囲まれます。誰もがひれ伏し、言いなりになります。その環境が見る目を曇らしたのでしょう。時代を見誤った人間の敗北劇。その主役となった香川の姿は見るのがつらいのですが復活劇という劇もあります。

その舞台に上がるのは一生をかけた大事業になるでしょう。
ぜひとも見てみたいものです。


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