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自分の壁をぶち破れ!

中学の卒業式。担任の先生が、最後の言葉を私たち卒業生に贈ってくれた。「これから先、いろんな壁があるけど、自分で限界を作らないで欲しい。」そう言って、当時おそらく40代だったと思うが、その先生は教室で卒業式のその日に、なんと”バク宙”をしたのだった。「自分で限界を作らず、目標を高く持てばなんでもできる」という、担任の先生なりのそんなメッセージだったのだろう。

当時15歳の自分でも、バク宙なんてとてもできなかったし、今でももちろんできない。まして、その先生は理科の先生であって、体育の先生ではない。そんな先生が、限界を作らないという見本を示すために、40代から始めたバク宙という、無謀にも思えるチャレンジに果敢に挑んだ勇気というのは、少なくとも私の心を鷲掴みにした。

あまりにも衝撃的だったので、あれから何十年も経っているが、今でも覚えている。その当時は、「限界を作らない」という言葉の意味もよく分かっていなかった。ただ単に、毎日がむしゃらに野球の練習をしていた。

高校に入ってからも、「限界を作らない」と自分に言い聞かせ、練習が終わった後も、「あともう少し、あともう少し」と100あったら、110、120と、強い気持ちを持って練習に取り組んだ。身体の大きくない私が、厳しい私立の練習にもついていくことができたのは、この先生の卒業式での、「贈る言葉」のおかげだと言える。

ただそれが、いつの間にか自分でも知らない間に、壁を作るように、もしくは、自分で限界を決めるようになっていた。前置きが長くなってしまったが、今回は「自分で限界を作る」ということについて、お話ししていく。

みなさんは、「エレファント・シンドローム」という言葉を知っているだろうか。これは象を調教するときの話にちなんでいるが、象が子どもの頃、逃げないように足に鎖をつけて、反対の鎖の先は木の杭に括りつけ地面に打つ。すると、小象は逃げようとすると杭にひっかかるため、やがて鎖の範囲内でしか行動しなくなる。象が大人になり、地面の杭を抜ける力がついても逃げなくなってしまう、というものだ。

別の例でいうと、「ノミのジャンプ」というのも有名だ。ノミはジャンプ力がある。なので、ノミをコップに入れても、コップから飛び出してしまう。そこで、そのコップにガラスのフタをする。すると、ノミはジャンプをする度、フタにぶつかるので、これ以上飛べないんだ、と自分で判断するのだろう。その後、フタを取り除いても、コップから、飛び出なくなる。

さらに、これは魚(確か「カマス」だったと記憶している)でも同じだ。魚を水槽に入れて、真ん中に透明なガラスを敷く。すると、魚は反対側に行こうとすると、ガラスにぶつかり、やがて反対側に行こうとしなくなる。その後、真ん中のガラスを外しても、半分側だけで泳ぐようになる。これを打破するには、つまり、魚が水槽全面使って泳ぐにはどうしたらいいのか。

その答えはこうだ。実は、ここでもう一匹魚を水槽に入れるのだ。すると新しい魚は、ガラスのことは知らないので、水槽全面を使って悠々自適に泳ぐ。すると、それを見た元々の半分だけ泳いでいた魚は、「あれ、いけるんじゃないか」ということで、覚醒して全面で泳げるようになるのだ。

ここから分かるのは、「無知というのは最強の武器」にもなり得るということだ。息子は野球に関しては、全くの素人(無知)なので、ある意味今までの野球の常識に囚われず、新しい基準を作ってくれることを期待したい。最後に、息子に向けてこんな言葉を贈りたい。

長い間、陸上選手たちは、1マイルを4分で走るという壁を超えられずにいた。ところが、1954年5月6日、イギリスのロジャー・ギルバート・バニスター選手が、3分59秒04で走り、世界記録を樹立した。すると、その後は、他の選手が次々に、バニスター選手の記録を塗り替えた。私たちはとかく社会的な慣習になっていることを、そのまま事実として受け入れがちだ。必ず目標は高く持とう!自ら定めた限界に囚われず、低い目標に甘んじてはならない。

「私の能力開発の師匠がくれた言葉」


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