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(125) STAGE

近頃「生臭く」なくなった。
孫のチビ坊のことである。ミルクを飲み、よだれを垂らして近づいてくると、確かに生臭かった。この頃はお兄ちゃんらしい匂いになった。

そんなチビ坊は昨年の九月、必死の思いでエェ~ンエェ~ンの”ステージ”に立った。と、いうのも三歳となる少し前に三歳未満児のクラスに入園したのだ。初め二日ほどママと一緒に登園してよかったのだが、三日目からはママは途中で退席して、チビ坊はひとりになる初めての経験をし、集団へのデビューをしたのだった。二、三日エェ~ンエェ~ンしたらしい。先生に抱っこしてもらい、落ち着いたということだ。

姉の孫娘と違い、ほとんどしゃべることが出来なかった。内心では両親をはじめ私たちも言葉の遅れを大いに心配した。その上、オムツも取れていないでおしりがぷっくりしたみなしごハッチのようなフォルムでぷりぷり歩いていたので、これも心配の種だった。ママの努力で入園前に見事にオムツが取れて、おしりがスマートになりみなしごハッチを卒業した。オムツなしの”ステージ”に立った。ほとんどしゃべることが出来ないまま入園の”ステージ”にも立ったチビ坊だった。

「みんなよくしゃべれるなぁ・・・。おれ、しゃべれないけど・・・まいったなぁ」と、びっくりしたに違いない。チビッ子はだからといって”不安”になることはない。「ひとつ、そろそろしゃべるか!みんなのいうことまねしてみるか」と、やってみることにしたはずだ。集団の持つ力とは凄いものだ。

オムツをとる。クラスにひとりで入る。集団の中で過ごす・・・こんな課題を抱えてチビ坊は新たな”ステージ”に立ったに違いない。驚いた。チビ坊がスッキリしたおしりで近づいて来て、お兄ちゃんらしい匂いをさせ、まあよくしゃべる。この一週間チビ坊は努力したのだろう。新しい”ステージ”で頑張った。

「あのマークゆうびんやさんだね、じいちゃん!」
と郵便局を指して言う。
「かえりにコンビニいきたいんだけど、じいちゃん」
と、幼稚園に迎えに行った帰り、グミを買うためにじいさんをコンビニに寄らせるまでの言葉を習得した。大したものだ。しゃべれる楽しさを味わっているに違いない。得意げな顔をしている。

「生まれて初めての”恐怖”であり、”興奮”です。この五年、目が覚めることが怖かった。一日が”安気”に過ごせませんでした。何をしても五分が限界で落ち着きません・・・。ついには涙さえ出なくなり、狂ってしまうのではないかと、時々げんこつで自分の頭を叩きました」
「辛かったね。毎週カウンセリングの折、君の目の動きに集中していました。本当に辛かったね。時折、君が膝を叩いたり、親指を噛んだりしましたね。それら行為の裏に、何か君の細々だったと思いますが・・・何かの”決意”を感じられましたよ。一向に言葉として”決意”は聞かれませんでしたが、今日のそれが”決意”だったんですね」
「はい。先生、僕は遅れましたが新たな”ステージ”に立つ決意をしました。念願だった大学受験をしたいのです。現役の頃はただ何となく経済学部が何なのかも知らず、そう漠然と考えていました。先生のカウンセリングを受け、徐々に先生というお人柄に触れ、ゾクゾクしました。二十一にもなりますが、遅くないですか?それでも大丈夫ですか?」
「いやぁ、それは良い言葉を聞いたね。新たな”ステージ”ですか・・・響きもいいね。人は一生、次そしてその次と自らが考える”ステージ”に挑戦してるんですね。私もこんな歳だけど、これが最後の”ステージ”じゃあないですよ。まだまだ新たな願いが生まれたら挑戦するつもりですよ。いつもアンコールは何がいいかなんて考えますからね(笑)」
「先生、反対しないでくださいよ。心理学科を受けるつもりです。先生と同じ大学の・・・」

人は様々な未経験な場面に、長い人生の道のりで出くわす。その度ごとに動揺しながらも「何とか」と思い挑戦を繰り返すものだ。時に上手くいかなくて散々な目に合う。もしかしたら、その方が多いのかもしれない。「負けた」などと思わないことだ。「また、次の機会がある」と考えて欲しい。

新たな”ステージ”はわからないことが多く、予測が出来ないものだ。いろんな要素が上手く揃って偶然「ツキ」も味方して”挑戦”が思った結果を生むものだ。その結果は「勝ち」「負け」ではない。大切なことは、今を卒業して新しい”ステージ”に向かいたいと思うか思わないかなのだ。

三歳にしてチビ坊はオムツからの卒業・三歳未満児クラスへのデビュー・言葉をしゃべる・・・おっとその前にハイハイからヨチヨチ歩き・よだれ掛けの卒業・離乳食への決別・スプーンでごはんなど、数々の”ステージ”に登り、それらにエェ~ンエェ~ンしながら”挑戦”して来たのだ。

「生臭く」なくなるとは”ステージ”をこなした結果なのだ。


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