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(48) 梨花 ー なしのはな

前略

初めて便りをします。
一旦窯に火を入れると、昼夜の別なく眠ることも出来なければ、四六時中炎から目を離す事も出来ない、と、世間ではよく言われるが、それ程緊張し続けるわけでもないのだ。火入れから一昼夜は、それこそ気を抜くことは出来ないのだが、窯が一定の温度までになる頃には、私の身と窯の波長が妙に合ってくる。それから半日が過ぎれば、炎を見ながらではあるがコーヒーも飲めるし、煙草に火をつけられたりもする。

私は、この数年、いや正確には梨花が入学のために上京した八年前から、この瞬間に君のことを思い出し続けてきた。君も知っている通り、自宅から工房までの山側一面に梨畑が広がっている。君がヨチヨチ歩きが出来るようになった頃、お母さんに作ってもらったおにぎりを持って、梨畑の外れの雑木林まで毎日散歩に出掛けたものだった。私がスケッチをしているその横で、君は昼寝したり、草花を摘んだり、時に駄々を言ったりもした。私は、そんなひと時がたまらなく好きだった。もちろん、私がスケッチに出掛ける時は決まって、四、五日工房に籠った後であったこともあるだろうが、君が勝手気ままにあちこちと歩き回るのを見るのが、私には心地よく思われたのだった。雑木林は意外と木漏れ日で明るく、風が葉を揺らすたびにキラキラと光量を増し、君の小さな笑顔や、私のスケッチブックにさざ波を作るように輝いたものだった。君は眩しそうに眉をしかめて、キラキラする木漏れ日をつかまえようと追いかけまわしたりもした。弱気になっているわけでもないのだが、窯を焚き付けながら、幼かった頃の君を思い出すことが多くなった。

今、初めて君に話すのだが、私たちの自宅、工房の周りに偶然梨畑があるのではないし、また、梨畑に囲まれているから梨花と名付けたわけでもないのだ。君も知っての通り、私は油絵科の出身だが、陶芸の道に進もうと思ったのは、卒業制作も完成間近の頃、どうしても思った白が出せなくて、悩んでいた。気晴らしにと、浅草の寄席に出掛けた帰り、ふと立ち寄った古道具屋の片隅の、無造作に置かれた茶碗に目がいった。白磁に墨で梨の花が描かれたものであった。その白は、普通の磁器に見られる、言ってみるなら直線的に制すような白ではなく、どこか柔らかで暖かい感じのする白であった。その墨の淡さも、白も、同時に生かされて実に調和のとれたものであった。その日以来、私もその色を器にと思い続けてきた。そして、梨の花を一作品のみ娘の嫁ぐ日のために焼いてみたいとも思ったのだった。
窯を作るなら梨畑が広がる所に・・・と思い、娘が生まれたら梨花と名付けようと勝手に思ったものだった。お母さんの名前が梨江だったのは、ほんの偶然だった。梨江という名前を知らずに好きになったわけだ。私の卒業制作の百号のキャンバスにあの白を入れ、以来私は、梨の花とあの白をテーマに陶芸の道を三十年近く歩き続けてきた。

田舎暮らしは、君の教育にとって随分不便を感じさせた。また、私たちの生活は決して恵まれたものでもなかった。私の理想のため、お母さんと君には苦労をかけてしまった。そして、今も・・・お母さんが生きていたら・・・どんなにか君の結婚を喜んでくれたろうし、君に十分なこともしてやれるのだろうが、私では十分な配慮もしてやれずに、君には寂しい思いをさせていると思う。本当にすまない。貴志君は朴訥とした青年だが、とても誠実でいい人のようだから、梨花にお似合いだと思う。
「貧乏画家の私ですが、梨花さんを幸せにします」
と、私の前で頭を下げた時、私は思わず涙が出てしまって、十分な言葉も掛けられなかった。私で慣れているから、たとえ貧乏したとしても梨花は耐えていかれると思う。今、ここに君が出版した絵本、『なしのはな』がある。何度くり返し読んだことだろうか。私は、君がこの優しい文章を書くことや、ほのぼのとした柔らかな線を描く力よりも・・・、私たちと過ごした時間が、君の心の中に生き続けていることが何よりもの喜びだ。お母さんにも読んで欲しかったものだ。梨花、遅れてしまって申し訳ない。やっとのことで、気に入る夫婦茶碗を焼き上げることが出来たので、送ります。婚約おめでとう。幸せになって下さい。

私のことは、心配無用。のんびりと畑仕事と工房を、気の向くままやっていくつもりでいるから。時々季節の野菜を送るよ。

父より

追伸
貴志君からの申し出の、私の卒業制作の作品のことだが、新居に差し上げようと思っている。新居が決まり次第、送るつもりでいることをお伝えください。それでは。


スタンドの明かりで父の手紙を読み終えた梨花は、涙を拭いながら、「ありがとう、お父さん」と、呟いた。部屋の明かりもつけず梨花は、しばらく両手を合わせて、祈る仕草をした。梨花にとっての原風景は、父とよく出掛けた雑木林の木漏れ日と、広がる梨畑であった。今も心はそこに遊び、そこから生まれる音や光や風に優しさを感じていた。そして、時折父が低い声で「いいんだよ、それで・・・」と、いつも言ってくれたことに支えられてきたのだった。そんな風景を思い出してでもいるのだろうか、それとも、亡き母への報告なのだろうか。電話の着信音に我に返ったのか、立ち上がった梨花は、元気な声を返した。

「貴志さん、大丈夫、何でもないの。今、父からの手紙を読み終えたところなの。少し涙が出たわ。母を亡くして三年にしかならないのに、私も嫁ぐから・・・父は強がり言ってるけど、寂しいのよね」
「梨花、僕はずっと考えていたんだけど、君の仕事も僕の仕事も東京でなければならないってことないじゃないか。むしろ二人の作品は都会じゃない方が面白いものが描けるんじゃないかって。だから、梨花さえ良ければ、お父さんと一緒に住んでもいいんだよ。お父さんの気持ちもあるだろうけど、一度考えてみたら」

貴志にとっては、精一杯の言葉であった。
「うん、貴志さん、ありがとう。とっても嬉しいよ。私ね、『なしのはな』を描きながら父から卒業したの・・・。いや違うわ、父から卒業するためにあれを描きたかったのね。それが出来たかどうか私にもわからない。でもね、今は貴志さんと一緒に生きようと思っているのよ。父の生き方から、本当にたくさんのことを教わったわ。それを心に抱いていられるから、それで十分なの。それを貴志さんとの生活で試してみたいの」
「それじゃ、明日」
「ありがとう、おやすみなさい。貴志さん」

電話を切った梨花は、「私、幸せになるわ、お父さん」と、呟いた。


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