触れる
レイキの手当が教えてくれたこと
ばらばらだと思っていたものが、ひとつであったこと。
ひとつの中には、すべてを見ることができること。
触れる、ということを通じて教わりました。
どこまでも尊く。
どこまでも深い。
触れる、という行為。
レイキをしていなければ、その深淵に氣がつくことなくこの生を終えていたかもしれません。
ひとつになるエネルギー場
実際、レイキで手当をしていると、互いのエネルギー場がひとつになり、そのひとつの循環の中で息が巡るのを体を通じて実感します。
しかし、これは何も、レイキの場だけで特別に起こっているのではありません。
静かに手を当てていくことで、人という存在の力の特性を精妙な感覚で感じ取っているだけです。
氣がつかないだけで、ふだんの生活の中でも人と人との間に緩やかにそれは起こっているんですよね。
わたしたちは、切っても切っても切り離すことのできない仲なのですね、笑。
だから、断絶は苦しいのだと思います。
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最後までお読みいただき、ありがとうございます💛
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