生きている。
彼女は旅立った。病気だった。
辛さに共感し、救い、支え、恐らくその相手は居たように思う。けれど、それ以上に、病魔は彼女を蝕んだ。襲い掛かった。
不意に事実を突き付けられた母は受話器の向こうで泣きじゃくっていた。みはるは泣けなかった。スーッと視界が冴えて、自分の思いがクリアになっていく感覚。
解っているのは、明日は受診日だと言うこと。
皮肉なものだ。相当、切迫した状況だというのに、みはるは自分の予定を狂わせないことだけに集中したのだ。
彼女の夫は、今頃、混乱の中、やらなければならないことの多さに辟易としながら、それでも涙を堪えて務めているだろうに。
みはるは、いざという時には、自分のことしか考えられないヤツなんだろうか…。イヤ、違う。違うと思いたい。辛すぎるのだ。真っ正面から受け止めてしまっては。だから、瞬間的に心をフリーズドライにした。何も感じない。考えない。
病院で主治医に伝えた。
「従兄のお嫁さんが、首を吊りました。第一発見者は従兄でした。」
葬儀場は酷く寒かった。彼女が荼毘に伏される瞬間に、みはるの中に"怒り"が湧いた。
ともすれば、みはるもこうして見送られる立場に居たんだ。
でも、生きている。みはるは、こうして生きている。
許せないのは、彼女じゃなくて、恐らくみはるの中に巣食う、命への執着だ。
生きている。みはるは、生きている。
主治医が言った。
「その方も、周りを悲しませようとしたかった訳ではないんでしょうね。」
暗闇の中、帰りの車で叔父が言った。
「死んだものはしょうが無い。」
命に意味など無いと、ただ生きていく毎日が有るだけだと、主治医が、昔、教えてくれた。
何気ない毎日を今日もみはるは生きている。
こうして時々、彼女の自死の意味を考えながら。