見出し画像

原告適格を巡って

令和2年7月16日(木)に、神戸地裁で第4回の口頭弁論がありました。口頭弁論後の報告会(意見交換会)をコロナ禍でしばらく開催できていなかったのですが、今回は久しぶりに開催。その報告会のために用意している私の学習成果を、ここでも順次、報告していきたいと思います。

まず、争点を大きく区分すると、1)原告適格、2)実体法違反、3)手続法違反、の3つになります。

今回は、1)原告適格について。

私たち原告は、本件開発許可処分により、私たちの「まちづくり権」と「景観利益」を侵害されたと主張しています。このうち「まちづくり権」(まちづくりに参画する権利)は耳慣れない言葉かと思います。確かに、法律上明記されているものではなく、公刊されている裁判事例も多いとは言えません。

まちづくり権とは、自らが居住し又は働く地域のあり方を市民自らが決定する権利のことで、憲法13条の幸福追求権から導き出される人格権を根拠としています。この人格権の中には、生活環境に対する自己のあり方に関わるもの(環境的人格権)があり、これを具体化したものがまちづくり権なのです。

そして、特筆すべきことに、丹波篠山市においては,自治基本条例12条において、「市民は、まちづくりの主体であり、まちづくりに参画する権利を有する」と書かれているのです。
同条には「市民は、一人ひとりがまちづくりの主体であることを自覚し、自ら考え、 互いの意見を理解し尊重しながら責任ある行動により、まちづくりの推進に努めるものとする。」とも書かれています。

個々の住民が、まちづくり権とその責任を有していることが明記されている。これは、とても稀なことです。この条例の制定は平成18年(2006年)。当時、3名の学識経験者と27名の市民委員が参画して2年間議論したとのことです(私は、副市長に就任する前のことで、関わっていません)。
29条「この条例は、篠山市における自治の基本原則とまちづくりの基本事項を定める最高規範であり、市民及び市はこれを最大限尊重しなければなら ない」。なんと先進的な自治体でしょうか。

けれども、残念なことに、今となっては有名無実。今回の事案に限らず、市長の独善的な行政運営、物申さぬ職員、無関心な市民という3極構造が、すっかり定着してしまいました。
私はこれを「弛緩したファッショ」と呼んでいます。

私たちの住まう社会は、基本的には平和に見えて、実は、人口減、財政難、災害、ウィルスなど日常的には見えにくい危機に直面しています。社会に課題はたくさんあるのですが、そこに住まう住民は信念とかイデオロギーを持ちにくく、社会は、いわゆる「平和ボケ」の雰囲気に包まれることになります。

本来は、その社会の運営には多面的な知識や知恵が必要ですから、自治基本条例が謳っているような民主的なガバナンスが必要なのですが、独善的なリーダーが現れると、上に書いた三極構造が実現し、これとは程遠い全体主義に陥る。イデオロギーなき全体主義、平和下の言論統制、これが「弛緩したファッショ」です。

さて、今回の裁判で、被告(丹波篠山市)は、市民のまちづくり権を認めていません。まちづくり条例に定める開発許可手続きは「地域住民全体の一般的な公益(合意形成)」を図るものであって、個々の住民の権利を保護するものではないと主張しているのです。
だから、市民はもちろん、開発同意の手続きを必要としている近隣住民(開発地から15m範囲)や周辺住民(開発地から300m範囲)であっても「まちづくり権」を主張できないよ、裁判に訴えることはできないのだよ(原告として不適格)、と言っているのです。

1)原告適格(これを「本案前」と言います)に関する市のこの主張が認められると、2)実体法違反と3)手続法違反の審理(これらを「本案」と言います)に入る前に、私たちの訴えは門前払いされることになります。
実際には、裁判所は1)の判断を保留したまま、現在、2)と3)の審理に入っています。

一方、「景観利益」については、国立マンション訴訟、鞆の浦世界遺産訴訟等を経て、司法において一定の判断が示されてきました。
例えば、国立マンション事件民事訴訟最高裁判決は,「良好な景観に近接する地域内に居住し,その恵沢を日常的に享受している者は,良好な景観が有する客観的な価値の侵害に対して密接な利害関係を有するものというべきであり,これらの者が有する良好な景観の恵沢を享受する利益(景観利益)は,法律上保護に値するものと解するのが相当である。」と判示しているのです。

ただし、同判決では、「景観利益の保護とこれに伴う財産権等の規制は、第一次的には、民主的手続により定められた行政法規や当該地域の条例等によってなされることが予定されているものということができる。」として、つまり景観利益の内容が法令で明確化されていないとして、住民の訴えは退けられました。

この点について、丹波篠山市の場合、その「景観利益」の内容は、土地利用基本条例の立地基準や景観条例の景観形成基準で明確に規定され、具体化しているのです。市民の景観利益は、個別に保護されていると考えるのが当然でしょう。

しかし、この点についても、被告(丹波篠山市)は、個々の市民の景観利益は保護されない、よって、私たちは原告として不適格であると主張しています。

丹波篠山に自治基本条例の精神を取り戻すこと、市民参加(民主的なガバナンス)を定着させること、これも今回の訴訟の大きな目的のひとつです。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?