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『 再筆 』 #秋ピリカ応募

■テーマ 「紙」。

*恐れ知らずにも・・・初めて応募させていただきます。😊



『 再筆 』


不意に遠い日の記憶が呼び覚まされる時がある。
あれはいつだったろう?

自分はまだ小さくて、地面に何か描いていたと思う。
高台にある神社の神木の傍で、母が樹に触れながら泣いていた・・・

なんとなく、母には大切な木なんだと思ったのを覚えている。
何の木だったのだろう・・・その時の木の匂いまで記憶に残されている。


母がいなくなって、親戚の家で育った自分はいつも絵を描いていた。
要らない存在のように邪険に扱われていた環境だったが
それでも毎日に楽しさを探しながら生きていたと思う。

絵の道に進みたがったが許されなかった。

☆☆☆


いつしか絵を描くことさえ忘れて日々が過ぎ 年月が過ぎた。

気付けば80を過ぎる齢(よわい)を迎えていた。

人生の残り時間を感じつつ、変哲のない日々を過ごしていたある日
不意に絵が描きたいと思った。

何か紙はないかと、押し入れに放置してあったいくつかの段ボール箱を
開けた。その流れで埃を被った古い木箱を見つけた。

一瞬で母の記憶が呼び覚まされた。
母が幼い自分にと残してくれた箱・・・?!

開けることもないままに放置して何10年になるのだろう?
どうして開けないままに・・・

箱の大きさはB4サイズなら楽に入る大きさがあったので、もしかしたら
自分が小さいころに描いていた絵が入っているのかと思いつつ開けた。
そこにはデザインもされていない厚紙の表紙の冊子が積み重ねられていた。
未使用のB4サイズのスケッチブックだった。

紙を探していたことを思い出し、あまりの都合のよさに思わずニヤけつつ
表紙を開いた途端、埃の匂いに交じって・・・
スケッチブックに使われていた画用紙の匂いが鼻腔を突いた。
同時に、あの日の映像が呼び覚まされた・・・

この匂いは・・・?!

母と、母が触れていた木の姿が浮かび上がった・・・!!


☆☆☆


自分が子供の頃に遊び場にしていた神社は神官を継ぐ者もなく
閉ざされたと聞いたことがあった。
切られた神木は製紙工場に回されて紙になったと聞いたことがあったが
冗談だと思っていた。 まさか本当に・・・?!

このスケッチブックに使われている紙は

あの・・・御神木だというのか?



終日を想う秋の日の 不意に誘う紙の匂いに
明日からの希望を感じた
・・・


木に手を添えながら、泣いたばかりの母が振り向いて
まだ小さい自分に笑顔を向けた。


子供の頃には・・・地面に描きかけだった絵を

この紙に描こうと思った。



【了】

(979字)



*このお話はフィクションです。


#秋ピリカ応募
#ショートショート


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