『セピア色の桜 』 #青ブラ文学部
桜の季節に祖父が亡くなった。
遺品の整理をしている時、古いアルバムの傍で・・・宝物のように千代紙を
あしらった厚紙に挟んであった古い写真が一枚、出てきた。
私が子供の頃に撮った・・・祖父と犬が一緒の写真だった。
古いモノクロ写真で、陽に当たる機会が多かったのか少し色褪せて
セピア色になっていた。
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北海道の祖父の仕事は木彫り職人だった。
かつては人気だった熊の木彫りを得意としていたが、土産品としての需要も減り、小さな土産品の木彫りもしていたようだった。
私が子供の頃には山間部にあるこの家にもよく遊びに来て、大きな木を削る祖父の姿を見ていた。ただの塊のような木から祖父の手のノミと金槌で魔法のように次第に熊の形に姿を変えていく様子が、不思議で飽きなかったことを覚えている。
祖父の仕事場には保護した雑種の犬がいて、作業の手を休めるごとの祖父の目線の先にはいつもいた。その犬は子供だった私が遊びに行く度に大喜びで尾を振って出迎えてくれた。
絶えず確かめるように祖父の傍にいたその犬は、17歳まで生きた。
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祖父の作業場の横にある庭には、昔のままの桜の木があり、祖父を弔うように満開の花を咲かせている。同じ桜の木を背景に中学生の頃写真部にいた私が撮った懐かしい写真だった。
写真の裏に、祖父の自慢だった万年筆で『桜』と書かれてあった。
もちろん満開だった桜の意味もあったろうが、祖父の気持ちは犬にあったと思う。犬(雌)の名前も『桜(さくら)』だったからだ。
不意に、その頃に交わした祖父との会話を思い出した。祖父に犬の名前を『桜』にした理由を聞いたことがあったのだ。少し考えるような素振りの後に、祖父は少し恥ずかしそうに理由を話してくれた・・・
「もうず~っと昔。オレが若かった頃の話だ。
町に一軒だけあった古本屋にその娘がいたんだ。
一目見ただけでこの辺にはいない都会のお嬢さんに見えた・・・!?
その娘は手に取った本を不思議そうな顔で見ていた。
オレはというと、やっぱりボケ~ッとしたまま不思議そうにその娘を
見ていたけどな! アハハ・・・!
その娘が立ち去った後に、大急ぎでその本を探したんだ。あったよ。
何を見ていたんだろうとあれこれ見てたら・・・あった。
裏表紙の下のほうに小さく《桜》って手書きの字があった。
あの娘がきっとどこかで手放した本だったんだって思った。
理由なんかはわからんけどな。でも、そんなことより大切なことを
知った。あの娘の名前が『桜』だってことだ!!」
「お爺ちゃん、その人が好きになったの? 人目惚れってやつ?」
「アハハ! そうだったかもな? でもそれっきり会えなかったが
・・・たまたま町に来ていただけだったんだろうな。」
「ふ~ん。そんな思いを長いこと温めたままだったんだ?
・・・で、それが桜に『桜』って名前を付けた理由・・・?」
「たまたまだよ、たまたま! 不意に思いついただけだ!!」
・・・そんな会話だったと思う。その時の祖父のどこか紅潮していた顔を思い出すと少しだけ・・・先に他界した祖母に申し訳ない気がした。
庭を見ると、永い時を共に過ごした主を無くした桜の木が満開の花を咲かせている・・・時折、風に揺られて散る花びらが 桜の涙のようにも見える。
不意に、桜の木の下にいる祖父と犬の桜の姿が見えた・・・?
散歩の後で、犬の毛をブラシで梳く祖父の顔は幸せそうだ。
もちろん桜の顔も幸せそうに・・・まるで笑ってる。
その ふたりの姿はセピア色に包まれている。
不意にこみ上げるものがあって、私の視界が揺れて
・・・涙が零れた。
視界が晴れると、風景が反転していた。
セピアだったふたりを包む景色に色が射して
周りの風景がセピアになっていた。
今、そこに生きているようなふたりの周りを
セピア色の桜の花びらが舞っていた・・・・・・
【了】
(1585字)
*このお話はフィクションです。実在の存在をモデルにはしていません。
*このテーマで二作目を投稿させていただきます。😊