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In other words #リライト金曜トワイライト


小さなローカル空港は人も少なくて寂しい。荷物検査のゲートを超えると、店も閉まっていて出発ロビーはガランとしている。

その年のタイ合宿は4週間の予定。その中間の土日はオフ日。金曜日のトレーニングが終わるとシャワーを浴びて着替え、日曜日の夜中には戻るからリュックひとつ。コテージの爺さんがピックアップのトラックで空港まで送ってくれ、陽が暮れていく道は、空港へ繋がっていた。マジックアワーの空は綺麗だ。

爺さんは下手な英語で難儀したが ”Good luck!”だけはわかった。親指をたてて、深い皺の笑顔で送ってくれた。


オフトレーニング合宿。何キロも信号が無い道。タイは真っ平(まったいら)の国。信号が無ければ休憩はなし。プロ選手たちは毎日200キロ以上走る。その話を聞いて”脱皮するならコレしかねぇな”と思ってお願いした。朝8時すぎから、夕方の16時すぎまで毎日走る。

見た事の無い景色をたくさん見た。帰りには塩を吹いてジャージはまだら模様に白かった。1か月で3000キロ以上走る。雨季に入る前の乾季は練習によかった。きつくても幸せ。走る。ただそれだけ。

乗り換えのスワンプナーム国際空港は、深夜なのに人が溢れている。無駄に高くて不味いカオマンガイを食べたが、それも我慢した。

時差2時間。今ごろ彼女は寝ているかな。LINEには、まだ深い雪の先に紅い花が映っていた。

ラウンジに行くと、空港の滑走路に光るオレンジ色の先に離陸する飛行機が見える。ギュイーンとエンジン音は、どこまでも飛んで行けそうだ。明後日の日曜夜には戻ってくる。ほんの一瞬だけど永遠のような気がした。

その時を逃したら二度はないような気もした。


*〜


何もかも失うと、青白い光が見えるようになる。福岡から札幌の距離は2000キロくらい。タイ合宿で走る距離よりは短い。それに新千歳に飛ぶ方が羽田より安い。

何もない空っぽな人生。色の無い風景。冬は終わりそうでも北の大地に春は来ない。彼女に歩幅をあわせて小さく歩く。そして何度も転んだ。でも痛くなかった。

家族を失い遠く田舎の親戚とも離れた札幌の生活は、分厚く積もった雪に埋もれたクルマのよう。実際に彼女の軽自動車は、春まで雪に小さくなって埋もれていた。



彼女の横で手をあわせていた。季節外れの紅い花を挿そうとしたけど、お墓の花差しは凍っていた。マイナス7度。ダイヤモンドダストが輝いて。お線香の煙が映画のスモークのように流れている。

空はどこまでも澄んでいた。北の大地ってなんでこんなに大きいんだろう。ほかの日本とは違う、どこにもない空があった。僕は何をしているのか。

ヒートテックを買っておいてよかった。待ってもらってたタクシーに乗って市内に戻る。帰り道、僕たちは何も話さなかった。


*〜*


ガスヒーターを消す。しんしんと積もる雪。ササラ電車が走る季節。小さなベッドで遭難した登山者みたいに重なり合ってた。

「ひとりになっちゃった...」


”朝が来ない夜はない”と言うが、朝が来ても明るく無かった。

ちいさく丸まってる彼女の髪のすき間から見える寝顔が好きだ。起きるといつも抱きついてくるのは”怖い夢”をみたのだろうか。

何も言わなくてもよかった。

ただ、それだけでよかった。



〜*

ひとりの人間が生まれた日は、その日以外にない。誰がそれを祝うと言うのだろう。それともこれは、人生のイニシエーション(通過儀礼)なのだろうか。


              20××年7月7日

               


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目の前の日記を閉じる。溜め息なのか、いつもとどこか違う息をはく。メッセージが光る。既読スルーして窓の外を見つめる。

「空港に迎えにいくね…」


機内のアナウンスが流れる。季節外れの春が訪れたことを伝えるにはどうしたら良いのか。ひとりよがりの思い違いかもしれない。ただひとつ言えることは「今しかない」と思わなかったが、あなたのことが、浮かんで、離れなくなってしまったということだ。

初めて雪山で会ったときの僕は”なにも期待しない”、”なにも期待されない”。なにもかも失った”空っぽのオッさん”だった。現実は遠くて何も感じなかったからかもしれない。すべて白かった。モノクロのように色が無い景色。

リフトを降りてスノーボードの板をはめていた時、転んでぶつかってきたのが彼女。何度もあやまる彼女の白い帽子が落ちて長い髪をポニーテールにしているのが見えた。あれが最初だった。


僕は「目印」を見失わないように、滑走路の番号をじっと見た。身体がシートに押しつけられ、地上が遠くなるのがわかる。ぐっと旋回すると、夜景はどんどん離れていく。


やがて朝はやってくる。強く抱きしめようと思う。目を瞑ると”紅い花”が涙のように流れていく。もおすぐ、あなたと同じ大地に足がつく。




         【了】




_____追記_____

今回のリライトのポイント

タイトルから変えてあります。僕なりに「他の言葉でいうならば」と言う感じです。というか別ものになってますね。内容は原作から段落を入れ替えたり、後半は内容を少し加えさせて頂きました。構成を入れ替えるだけでも楽しかったんですけど、やり始めるとどんどんこうしてみようかな?っていうイメージが出てきました。

雪山の下りはバッサリカットして短くしました。お2人の出会いのシーンは思い切って最後にサラッと入れてます。

「七夕にかかれた日記」というテイストにしようと思い書き進めました。

過去や現在へ行き来する印象を与える、日付関連のものは極力消してあり、口調も少し変えてあります。

日記の最後に「日付」をあえて入れてあります。ここで少し想像が膨らむと嬉しいです。

詳しく書くと、この日記は少し古い”過去”の内容、そして”現在”の出発前に書かれている日記なんです。あの日のことを書き残し、一度気持ちを整理する。どんな未来が見えているのかは分かりません、できれば明るい未来へと向かっていってほしいな、と書きながら思いました。

なんでこの作品をリライトしたのか?

初めは「また会える」にしようかと思いましたが、他の方が書いてるのを読んで素直に良いものが多く、投稿もたくさんされてるようだったので、自分は違う作品にしようと思いました

あと北海道に去年行ったことも決め手の一つ。日本なのに日本じゃない感じ(空と空気感)という感覚を肌で感じることが池松さん同様にあったので(僕が行ったのは富良野や札幌でした)

一番の選んだ理由はこの作品を読み終わって、彼女が今どうしているのか、気になって。物語をなぞってみようと思いました。結局そこはわかりませんでしたけど。そりゃ、そうなんですけどね。

どんな所にフォーカスしてリライトしたのか?

池松さんの頭の中でどのように映像が文章になったのかは正直分かりませんでした。どうも断片的な映像でしか僕の頭の中では浮かばなかったのです。ただ池松さんが「頭の中を思い返しながら書いている状況」が目に浮かんだのでその姿を描いてみようと。

あとは「口調」は少し意識してみました”頭の中で喋っている感じ”が出してみたかった。

説明口調よりも池松さん(ブリリアントブルーとnoteの中の口調しかわからないので想像です)自身へ近くなるよう自分なりに多少アレンジしてます→多分できてない。汗

原作は”重厚で柔らかい”言葉選びがいったり来たりしながら書かれているイメージでした。

僕が書いたものを読み返してみると原作よりも”軽く”なったような気がします。

↑こちらが原作です。

おわりに

池松さんの書かれる文章はどの作品も今の僕には到底書けない。選ぶ言葉も、見ている景色も違いすぎて。できるだけ使ってみたかったんですよね。

In other words がスキです。恋には、”違った角度で見ると...”なんて野暮なコトバは似合いません。マーケティングも、プログラム思考もありません。ほかの言葉で言うしかない。そんな気持ちを大事にしたい。

男性目線の力強いコメントです。ここが池松さんの素直さが出ていて好きですし共感できました。←生意気言ってすみません。

大人になると多分男性は(女性よりも)なかなか”ストレートに言えない”ところをこうやって言ってくれたことが、またカッコいいなって。

人の作品をリライトって今回初めてやりました、とても楽しかったです。そこで一つ分かったことというか、感じたことがあります。

リライトも一種の「手紙」なんですね。作者の人へ向けられた。

そんな風に思いました。素敵な企画へ参加させて頂きありがとうございます😊


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