逃げていた。だけど幸せだった。#クリスマス金曜トワイライト リライト版
歩く早さより少しだけ遅く車輪から、カラカラとした金属の音が聞こえる。
…きっとそれ、他人のそら似よ〜
いつも同じ電柱の近くで立ち話しているおばさん達。すれ違うときはいつも挨拶する。
「おはようございます」
「あら、おはよう潤ちゃん今日もアルバイト?気をつけてね〜」
近頃車線が増えた大きな登り坂を自転車で走る。登った先の交差点はいつも赤信号だ。待って渡るよりも少しでも進みたいからいつもこの信号は待たない。少し行くと最近できたファミリーレストランが目印。その向こうが次の信号で、そこまでいつも自転車を走らせる。
道路を挟んだ向こう、ファミリーレストランの入り口に彼女の姿を見た気がした。
(まさか、こんなところにいるわけない)
あの日から彼女に会っていない。
婆ちゃんちから親に連れ帰られ、家の前を通るとすでに引っ越していて、誰もいなかった。破られた窓も新しくなっていた。
次の日の朝方、海へ自転車を漕いだ。もしかしたらまた彼女は逃げ出してあの時と同じように漁師小屋の中に隠れているかもしれない。最初に寄った海までの道はかろうじて分かってた。
だから、こいだ。必死に。なんとか辿り着いたけれど、誰もいなかった。そんな親とどこいくんだよ。。
⌘
頭の中はあの日の光景を思い出していた。
ふと、彼女がこちらを向くような気がした。ブレーキを握る手がゆるまる。
見たことないブレザー姿だった。いや、似てるだけかも(他人のそら似よ〜)と話していたおばさん達の軽い笑い声が頭によぎる
立ち尽くしていると、彼女がこちらを見ていた、気づいたけど、動けなかった。すると、手を小さく上げてこっちに振った。
驚き、辺りを見渡す。僕以外に誰もいない
…こんなことあるのか?さっきまで荒れていた呼吸をすっかり忘れていた。
無事だったんだ。
瞬間、心の棘が少しだけ輪郭をハッキリさせた
たまたま車が途切れたから信号を待たずに
自転車を担いで、反対側の道路へ走った。
行ってどうするんだなんて思わなかった。ただ身体が動いていた。あの日からずっと彼女を探してた。
・・・・・
ガチャーン!
窓が割れた音がマンションの廊下に鳴り響いた。自転車で公園に行こうとしていた僕の目の前に、裸足のキミが飛び出てきた。ガタガタと震えているように見えた。
視界の隅に凄まじい形相の女性が入ってくる。微かに光る何かが手にあるのが見えた気がした。黒くドロっとした恐ろしいものが見えた。
「乗って!」
必死に自転車を漕いだ。後ろは振り返らなかった手に血だらけの包丁が見えた気がしたから。
「ごめんね。いつもは優しいんだけど。」
少し笑って言うのが聞こえた。ぼくは何も言えなかった。親の暴力に耐えているのは同じだったから。必死にこぎつづけた。どのくらい時間が経ったかわからない。星が見えて寒くなった。公園のゴミ箱にあった新聞紙を身体に巻きつけてコンクリート管の中で眠った。ガタガタ震えていたのは寒さだけじゃなかったと思う。
「逃げよう。一緒に。」
・・・・
自転車を一生懸命こいでいる僕の背中にあなたが顔を押しつけるのがわかった。鼻をすする音がした。
「なんで、やさしくしてくれるの。。あたしなんて。。かわいくないのに」
なにも言えなかった。だから聞こえないふりをした。
・・・
砂浜に木の棒で大きな家を書いた。大きな台所とお風呂があった。どんな幸せな家族が住んでいるのだろう。どうすればこんな家が持てるのかわからなかった。
「お腹減ったなぁ。」
台所の横にカレーライスを書くと、お皿を手にとったふりをして運んでくれた。「ムシャ、ムシャ」と一緒に声を出して食べたのを忘れない。カレーがこぼれて汚れないように、膝の上にハンカチをひいてくれた。ぼくはリカちゃん人形にでもなった気がした。恥ずかしかった。
横に並んだ2人の影が砂浜に伸びてゆく。二の腕あたりが当たったときドキドキした。
「ねぇ。あとどのくらいかなぁ?」
ぼくは何も言わなかった。この前思いついた婆ちゃんの家まではあと何日かかるかわからなかったし、本屋で地図を見ても今どこにいるのか分らない時もあった。でも一緒にいれる時間を気にしてくれていたのだと感じるから何も言えなかった。
⌘
「クリスマスの1週間前が誕生日なんだ」
スティーヴン・スピルバーグと同じ誕生日ということだけが当時映画好きだったぼくの唯一の自慢だった。
「誰?それ、知らない」
と言ってなんでもないことで少しだけ笑ってくれた。
ぼくはそれがうれしかった。自転車をこぎながらいくつも通りすぎる景色を見てた、その日は朝日がとても綺麗で、ほんの少し気分が良かった。
「じゃあいつか一緒にスピルバーグの映画を見よう」と言ってショッピングモールへ向かった
・・
トイレからフードコートに戻ると警察官が見えた。あわてて柱の陰に隠れる。すこしずつ近づいてみる。
「キミどこの小学校?黙ってちゃわからないだろ」
無線からは何かが伝えられていた。しばらくするともう1人、警察官が来た。どうやったら助けられるかわからなかった。大きなショッピングセンターなら人混みに隠れて目立たないと思っていたんだ。ぼくは知らない家族の子供の横に座って遠くから眺めるしかなかった
・
自転車で走った。走って、走って、どこまでも走った。肩を掴む手はなかった。
守ってあげられなかった。
あれから何週間かして婆ちゃんの家に辿り着いた。
胸の奥にずーっと小さい棘のように刺さっている。警察官に連れて行かれたとき、彼女が振り返ってぼくを探していた姿が。
⌘
会えないなら会えないでどこかで元気でいてくれたらいい。近頃はそんなこと、ずっと考えていた。
「違うかもって思ったけど、あなたのような気がしたの」
彼女は随分元気そうだった。僕はキツネにつままれたような、そんな気分だった。
入り口から知らない女性が出てくる
「あら?お友達??」
「うん、そう。ちょっと先に入ってて。」
明るい人。僕にも「こんにちは」と声をかけてくれた。その女性の声はやさしく、透き通るようなものだった。
隣にあった駐車場まで歩いた、車止め用のブロックへ2人で腰かける。
「びっくりしたでしょ?新しいお母さんなの」
「え?じゃあ…あのお母さんは?」
「捨てられたの、私。こんな子もう育てられないって」
えっ・・・
僕は声にならなかった。
あの後施設へ保護され、数年後に今の里親に迎えられていた。うつろげにしゃべってくれた、会ったときより声が低くなる。無理に笑顔を作った彼女の顔を見ると、なんでか胸の辺りがギュってなった。
「でも今は幸せなの、毎日楽しいもの」
背も伸びていた。白い肌、長い黒髪、はっきりとした目は奥の方に力強い何かが秘められているような気がした。と、じっと見つめていたことに気付き急に顔があつくなる。
「今日はね、オープンキャンパスのためにこの町に来たの」
数年前にできた看護系の新しい学校、そこは全国から人が集まるようなところだった。僕には縁のないところだったけど道行く人にときどき道を尋ねられることもあった。方言や訛りがすごい人もあって聞き取るのに苦労したこともある。
「看護師になるの、困っている人を助けたくて」
とても嬉しかった。彼女が前を向いていたことが。
ふと、ファミリーレストランの中からお母さんの視線を感じて僕の目がそちらへ向く。それを察してなのか、彼女が口を開く
「そろそろいかなきゃ。その…また会える?」
「会えるさ!いつだって!」もっとこの場にいたかったし、なにより謝りたかった。あの時助けに行けなかったことを。けど、なんて話したらいいのかも、再会の嬉しさも頭のなかでごちゃまぜになって。こんな日にバイトなんていれなきゃ良かった。自分のことなんて話す間もなく別れの時がくる。
彼女は落ち着いていた。少し視線を落として。
「ちょっとだけ待ってね。」
鞄からnoteを取り出し、切れ端に何かを書いて渡してくれた。見慣れない市外局番の番号が書かれていた。
立ち上がってファミレスの角を曲がると、お別れだ。ちょうどまがりきる寸前に前を歩く彼女が「ちょっとだけいい?」といってぼくの自転車の後ろへ回る。小さな声で背中を貸してと聞こえた
僕は何も言わず立ったままでいると
彼女が僕の背中に顔を優しく押しつける。
さっきまでより弱々しいように感じる。
無事でよかった、小さくそう聞こえた。
何秒ほどそうしていたのか分からない。息をしちゃいけないような気がした。あの頃はなんともなかったのに、今は胸のあたりが早く早く鳴ってる。小さな声でありがとうと聞こえた。向き合うと彼女の目は少しうるんでいるように見えて、彼女はまた笑顔を作った。
「じゃあ、またね」
僕は自転車をこいだ。一生懸命。あのころとは違う光が見えた。
⌘
僕の中で「何か」が生き返ったようだった。
あの日から何度も公衆電話からかけようとして、やめてを繰り返す。ここに来るたびに十円玉が高く積み上がる。
あの切れ端が気になって、お守りのようにいつも財布の中にしまっていた。
布団の上で照明の明かりに透ける彼女の字を見つめていたら再会したあの日の顔を思い出す。
枕に顔をうずめる。
あーーーーーー。。。。。
…なんて電話したらいいんだよ。
逃げていた。だけど幸せだった。
池松さんのこちらの企画に参加させて頂きました。
追記
・なぜこの作品をリライトに選んだのか?
自分も生まれて初めての恋のようなことが小学生くらいのときあって、好きだった子が引っ越してしまった思い出があり、このお話と繋げられないかと思いました。
町中で見かけたのも本当で道路を挟んで反対側でした。実際には向こうは気づかなかったし、声をかける勇気がなかったんですけど。
もしも奇跡があるのならこんな偶然が起きたら良いなと想像して書いてみたくなりました。
・どこにフォーカスしてリライトしたのか?
『罪悪感』というのでしょうか。池松さんが書かれた言葉の中に何度も引っかかりました。
救おうとしたのに、救えなかった。
そこに光を差し伸べたかった。作中の「僕」によって「彼女」は一度救われた。けどまたあの現実へと引き離されてしまった。
違う角度からリライト=relight(もう一度光を当てる)ことができないか?と考えました。
お互い生きて無事を知れて、また会えたら。新しく何かが始まるんじゃないかと思ったんです。あの時微かにあった恋心がまた芽生えるような。高校生くらいの再会であれば二人とも未来を明るく変えられるんじゃないかって。そんな期待と希望を込めました。
不器用な恋心も少し感じてほしくて、最後のシメはリライトしてます。
うまくできてるか分からないですけど💦
・感想
今回も前回同様自分にリライトなんてできるのだろうか?と不安からスタートしました、しかも前回は締め切りが過ぎてたのにも気づかずすみませんでした。マイペース(遅筆)なのです。こちらの作品もギリギリだろうなぁと思っていたら池松さんの期限延ばします報告で、時間が確保できました。本当にありがたいです。
リライトってやっぱり楽しい。0→1とは違う、乗っかる楽しさ(四宮さんも書かれてましたけど)があるから。
僕の場合、書き始めるとアレンジしちゃえってなります。池松さんのこれまで書かれたトワイライト作品は悲しい終わり方が多いなという印象でした。とくにこちらの作品は。
一つの作品の流れや、型みたいなものが指標としてあるのなら、そしてせっかくお許しが出てるならできる範囲で変化させてみたい。その想いがリライトに対してあります。
希望や未来へ繋がる終わり方が個人的には好きなんです。
どんな風に読んでもらえるのか、またちゃんと伝わるかは読む方によって違うのでなんともですけど、書く方はとても楽しく書かせて頂きました!ありがとうございます😊