即興三題噺(4つ目)
≪ルール≫ 三題噺スイッチ改訂版のサイト(https://mayoi.tokyo/switch/switch2.html)をクリックして出たランダムのお題3つを使って即興で物語を作る。長さ制限なし。
≪お 題≫ 果物・黒・風呂屋
~~~~~~~~~~~~~~~~話~~~~~~~~~~~~~~~~~
柚子の花言葉は「健康美」、「恋のため息」、、、、、「汚れなき人」――
僕は風呂屋がとても好きで色んな場所へ行く。
今回は、前々からずっと行きたかった昔ながらの風呂屋に初めて挑戦する。
この前仕事を頑張ったご褒美だ。
しかも今日は冬至なのでゆず湯が楽しめちゃうのだ!
ウキウキしながらの暖簾をくぐった。
店内へ入ると早々に、番台のお兄ちゃんがそれは大きい、いや大きすぎる声で僕を出迎えた。
「いらっしゃい! ゆっくりしていってね~。 お代は500円ね~。」
老舗にはおおよそふさわしくないであろう若いお兄ちゃんはバイトなのであろうか。なんかちょっとチャラい感じだ。
それはさておき、この風呂屋は明治時代からの老舗で、内装は渋みがありまさに僕好みだ。右手には洗面台が並び左手に籠が置いてある。その奥に大浴場ととてもシンプルな造りだ。角に小さいブラウン管のテレビがあるのも昔ながらの雰囲気を醸し出していてとてもいい感じだ。放送の内容が、少女誘拐事件のニュースでなければもっとよかったのだが。ほんとに危ない世の中になったもんだなあと下半身を丸出しにしながら思った。
湯気が立ち込める浴場に入るとまた右手にシャワー台、左手にいくつかのお風呂が並んでいるようなこれまたシンプルな造りになっていた。
真ん中にある一番大きなお風呂がゆず湯になっていた。真っ先に飛び込みたいが、まずはシャワーで体を清めるのが僕の流儀である。シャワー台はほとんど空いていたので、とりあえず刺青のおじさんから離れたところに座ることにした。…ビビっているわけでは決してない。
この風呂屋は老舗だけあって刺青やタトゥーを入れているお客さんの入店は禁止されていない。そんな風景もぼくはとても好きだ。遠目から見る分には。
そんなこんなで体を流し終え、ついにお風呂へ向かう。
ゆず湯にはさっきの刺青のおじさんが先に入っていた。
…おお!電気風呂もあるじゃないか!ゆず湯の前にまずは電気風呂を楽しもう。…ビビっているわけでは決してない。
最近の風呂屋には電気風呂はない。これも老舗ならではだ。ゆっくりと足から湯船につかる。最初は足にピリピリとした電気を感じ、腰まで入ると神経がピクピクするのを感じた。電気の流れのおかげで日ごろの疲れが取れていくのを感じたが、さすがに長居はできない。
一応、、一応だがゆず湯には刺青のおじさんがまだいる。どれだけ入るんだ。
仕方なく、一応、、一応だが少し離れた場所で浸かることにしよう。
…ビビってるわけ以下略。
僕と、例のおじさんの外にも4人ほどがゆず湯を楽しんでいた。
実は浴場に入った時から柚子の香りがしており、内心わくわくが止まらなかった。実際に入ると、想像以上の香りが僕の心を癒してくれる。体も心からポカポカするのを感じる。寒い冬の季節に温かいお湯につかるのが人生の一番の幸福だろう。手でお湯を掬って香りを楽しみ、顔にかけて全身で柚子を堪能しよう。
ゆっくりとゆず湯を堪能し終えるころには僕の外にはあと一人だけが残っており、例のおじさんはもう浴場から上がっていた。僕もさすがにのぼせてきたから浴場から出ようとゆず湯から上がった時、外のほうから怒鳴り声が聞こえてきた。
「どうなってんだこの風呂屋は!どうしてくれんだ!?ああ!?」
「そそそそんなこといわれてもぉ~。俺も何がなんだか・・・。」
「実際に真っ黒になってんじゃねえか!とれんのかこれ!?」
「わからないですよぉ・・・。初めて見るし・・・。」
何事かと急いで浴場を上がると、例の刺青おじさんが番台のお兄ちゃんに詰め寄っているところだった。可哀そうに。
どうやら何かが黒くなったらしいが、時計とか何かだろうか。とりあえず体を拭いて着替えることにした。
髪を乾かすまでにわかったことは、どうやら刺青おじさんの体が真っ黒になっているという話だった。さらに驚きなのが、女湯にいた若いギャルも真っ黒になっているということだ。真っ黒化の被害者が複数出ていることから、刺青おじさん個人のせいではないようだ。とはいえ、この二人だけが真っ黒になっているわけで、何か条件があるのかもしれない。
まあ僕には関係のない話だ。番台のお兄ちゃんには申し訳ないが、早々に立ち去るとしよう。
…ビビって以下略。
揉めている三人をすり抜けるように立ち去ろうとしたその時、それは大きい、いや大きすぎる声が轟いた。番台では大きな声でないといけないルールでもあるのだろうか。
「おいそこのおっさん!ちょっと待て!」
刺青おじさんが誰かを呼び止めようとしているようだ。可哀そうな人もいるもんだ。
「お前だよ!お前!」
不意に僕の腕が何者かに引っ張られた。嫌な予感しかしなかった。どうやらおっさんというのは僕だったらしい。僕はこう見えても31歳の若者だ。失礼な。とは思ったが心に留めておこう。
…ビ以下略
僕が何か怒られるようなことをしただろうかと思い返したが何も思いつかない。しかし、何かわかるまでは従ったほうがいいだろう。とりあえず引っ張られるままに番台までついていくと、刺青おじさんは番台のお兄ちゃんに向かって僕を突き出した。
「ほら!このおっさんも黒くなってんぞ!」
へ?
言われるまで全く気付かなかったが、左手がうっすら黒くなっている。いや、なり始めている。様子を見ていると徐々に黒い部分が広がり、濃くなっている。
「どんどん黒くなって、最後は体中が黒くなんだよ!」
刺青おじさんが教えてくれた。意外といい人なのか。
「マジで最悪。外出れないじゃん!」
ギャルがうなだれていた。
ギャルはこの冬に似つかわしくないお腹を出した派手な出で立ちをしており、体が真っ黒でなければどこに目をやればいいかわからなかっただろう。
非常に残念だなと考えていた時にふと疑問を感じた。ギャルは肩や二の腕のあたりが黒くなっていなかったのだ。
「なんで肩とかは黒くなってないんですか?」
「私は半身浴してたんだよ。半身浴したのはゆず湯だけだからだけだから絶対ゆず湯が原因なんだよ!」
「でも、ほかの人は何もなってないじゃないですか~!うちは関係ないですよぉ・・・。」
番台のお兄ちゃんもうなだれているが、当事者となった今となっては何も可哀そうではない。
「とりあえず警察に連絡しようよ!」
ギャルが提案したが刺青おじさんはなぜかバツが悪そうにしていた。
まあ警察を呼ぶまではいかないだろう。なんだって原因がわからない限り打つ手がないからだ。
「とりあえず原因を考えましょう。叫んでも何も解決しませんし。」
とりあえずみんな冷静になって考えたいと思い提案した。
「そうだ!そうしようぜ!おっさんいいこというじゃねえか。」
おっさんではない。やっぱり刺青おじさんはいい人じゃない。まあそんなことは置いといて、何か原因は何だろうかと頭を働かす。ギャルの言うことが正しければ、原因はおそらくゆず湯なんだろう。しかし、僕たち三人以外は全く黒くなっていなかったことを考えると僕らのほうにも何か原因があるのだろうか。とは言え年齢も性別も違うし何も共通点が思いつかない。残念ながら迷宮入りである。そうなってくると原因のほうはあきらめて治す方法を考えないといけない。
「石鹸で取れたりしないですかね。」
「試したけど無理だった。」
僕の問いはすぐにギャルによって否定された。何をしても取れないのだったらもうどうしようもない。真っ黒なまま生きていかなくてはならないのか。それは嫌だ、まだ結婚もしてないのに。
そんなことを考えていた時、番台のお兄ちゃんがぽつりと一言
「あの、お姉さんの脚・・・。」
「あんたこの状況でどこ見てんのよ。」
「いやそうじゃなくて・・いやそうなんですけど、下のほうは元に戻ってきてますよ。」
「え!?マジで!?」
よく見ると確かにくるぶしのあたりが元に戻っているようだ。元々が日焼けをしているからか、よく見ないと分からないくらいだ。
番台のお兄ちゃんよ、ほんとにこの状況でどこ見てるんだ。
しかしとにかく、時間がたてば元に戻っていくのかもしれないと分かり少しだけ安堵した。
刺青おじさんも左手のあたりが元に戻ってきているようなので、僕もそのうち元に戻ってくれるだろう。
とはいえ、もうこの風呂屋にはいかないでおこう。
真っ黒被害者三人と番台のお兄ちゃんの4人で、念のため元に戻るまで雑談をした。話を聞くとギャルは18歳で未成年でこの中では25歳の番台のお兄ちゃんの次に若く最年少であった。しかし、バツイチとうことなので私よりは人生建研を積んでいるようだ。何より驚いたのは刺青のおじさんが僕とそこまで年齢が変わらず34歳とのことだった。おじさんと思ってごめんなさい。
雑談をしているうちに、体もほとんど戻ってきたが、どうも様子がおかしい。一部がどうしても元に戻らないのだ。
僕は口周り、刺青おじさんは右手、ギャルはお腹がそれぞれ戻っていない。湯船で顔を洗った罰だろうか。それにしては重過ぎる罰だ。残った場所にもやはりなにか原因があるのだろうか。もしかして、ガンか何かの病気の兆候があるのか。ほんとにそうならば神のお風呂である。これからも定期的に行くとしよう。いやその度に体が黒くなっては意味がないか。
そんなことばかなことを考えていると、ギャルの顔がどんどんと青ざめていくのが見えた。決してジロジロ見ていたわけではない。
「どしたの?」番台のお兄ちゃんが問いかけた。
いつの間にかタメ口になっている。うらやましい。
「私わかっちゃったかも…。」
震えた声でそう言うとともに、急に立ち上がり出入口の方へ走っていき、僕たちから距離をとった。
「どうしたんだよ急に…。」刺青おじさんが不安そうにギャルに問いかける。
「実は…」ギャルがゆっくりと口を開く。
「実は私、まだ高校生だった時に付き合ってた彼氏との間に子供ができちゃったんだけど、二人とも働いてもないし、お金も持ってなかったから、泣く泣く赤ちゃんを堕ろしたことがあるの…。」
「そういうことか。姉ちゃんの話ではっきり分かった。」
刺青おじさんがゆっくりと話し始めた。
「実は俺も昔に人を殺したことがあるんだよ。俺も高校生の頃か、そん時はヤンチャしてたから喧嘩も絶えなかった。殺すつもりはなかったんだ。ただいつものように喧嘩して、相手を殴りつけたときに相手が倒れた場所がよくなかった。でけぇ石に頭打ちつけて死んじまったんだよ。まだ未成年だったから刑期も短く済んだんだがよ。今じゃ真面目に働いてるから怖がんなくてもいいよ。」
「ってことは、黒くなる条件ってもしかして…。」
そう言いながら番台のお兄ちゃんもじりじりと出入口の方へ後ずさりしている。僕の方をじっと見つめながら。
やれやれ、雑談の時もだが、なんでみんなぺちゃくちゃと自分の話をしてしまうのか。
ゆっくりと立ち上がった時、ガラッと出入口が開く音がした。
「警察です。岩竹勝利さんですね。少女誘拐の事件の関係でご同行願います。」
まさかうちの管轄で立て続けに事件が起こるなんて思いもよらなかった。
刑事として働き始めてからは窃盗などの小さい事件しか起こらず、比較的平和な町だったのに、ここ最近は物騒な世の中になったものだ。そこへ少女誘拐の事件が起こった。少し前にも同様の事件があったがまだ解決できていない。しかし、今回の事件の犯人はミスを犯した。共通の内容の目撃証言が入ったのだ。面はもう割れている。犯人を捕まえるまであと少し。さっき部下の報告で風呂屋にいるとの報告が入った。
犯人の岩竹はあっさりと自白した。
少女は自宅に閉じ込めているみたいだ。
餓死してなければいいですねと薄ら笑いを浮かべていた。
働き始めた時代だったら力いっぱいぶん殴っていたところだ。
急いで岩竹の家宅を捜索したところ、少女はリビングで倒れていた。
彼女はギリギリのところで生きており、すぐに病院へ緊急搬送された。
意識が回復するまで少し時間がかかるだろう。
ーーーーーーーーーーーーーエピローグーーーーーーーーーーーーーーーー
奇跡的に生き残った少女は病院で意識も回復するにまで至った。
事件からまだ時間がたっていないので、様子を見ながら事情聴取が行われた。
母親と買い物に行ったときに岩竹から話しかけられ、ついて行ってしまったということだった。
監禁された後はご飯を与えられず、水だけの生活が続いたそうだ。
そして少女は驚くべきことにこのように語ったという。
「私より先にもう一人男の子がいたの。」
製作時間:240分