人文学の研究資金循環エコシステム:アメリカの The Andrew W. Mellon Foundationを例にとって
近代国家では、政府が学術に莫大な投資をする、というモデルが取られていたものの、政府の財政的な拡張が限界を迎えつつあるため、学術コミュニティは自らの社会における価値を訴え、外部資金を獲得する必要に迫られている。そのとき、自然科学の分野では比較的そのことは実現しやすいが、社会科学・人文学の領域、特に人文学が、自らのそのミッションを訴えることで外部資金を獲得できる方法を検討することは重要である。
アンドリュー・W・メロン財団(The Andrew W. Mellon Foundation)は、1969年に設立されたアメリカ合衆国の財団である。この財団は、アンドリュー・メロンの子孫が設立したアバロン財団とオールド・ドミニオン財団が合併して誕生した。主な活動領域は、高等教育、人文学、美術館や美術保存、舞台芸術、保全生態学と環境など多岐にわたる。財団の資産規模は2023年末時点で約79億ドルに達しており、年間の助成金総額は約3億ドルに上る。
アンドリュー・ウィリアム・メロン(Andrew William Mellon, 1855年3月24日生まれ、1937年8月27日没)は、アメリカ合衆国の銀行家、実業家、慈善家であり、美術品収集家としても知られる。彼は、父トーマス・メロンが設立した銀行を引き継ぎ、アルミニウム、石油、鉄鋼など多岐にわたる産業への投資を通じて巨万の富を築いた。また、1921年から1932年までアメリカ合衆国財務長官を務め、減税政策や公共支出削減などの経済政策を実施した。
メロン財団が人文学を保護・支援する背景には、アンドリュー・メロン自身の深い文化・芸術への関心がある。彼は美術品の収集家としても知られ、その遺産はワシントンD.C.のナショナル・ギャラリー・オブ・アートの設立に寄与した。人文学は社会の価値観や歴史、文化を深く理解し、民主社会の基盤を強化する役割を果たすと信じていたため、財団は人文学の保護と促進を使命として掲げている。
現在、数多くのテーマが設定されているが、 公共知識の拡大(Expanding Public Knowledge)は、文化的および学術的な記録をより完全かつアクセスしやすくすることを目的としている。
例えば、、MARKINGS: Inscribing Community and Immigrant Stories in Westlakeというプロジェクトは、ロサンゼルスのウェストレイク地区における先住民移民コミュニティの生活を記録し、高めるためのコミュニティアーカイブと公共芸術のインスタレーションの開発を支援するものである。2023年3月9日に、Heart of Los Angeles Youth, Inc.に対し、45ヶ月のプロジェクトに対して、$1.71M(約2.57億円)の助成金が提供された。
また、ASF@5 Convening for Community-based Archivesは、コミュニティベースのアーカイブに関する「Architecting Sustainable Futures(ASF)」のフォローアップ会議、通称「ASF@5」を2023年に開催するための支援を行うものである。この会議は、コミュニティベースのアーカイブの持続可能な資金調達モデルを探求することを目的としている。2022年にShift Design, Inc.に対し、$0.85M(約1.28億円)の助成金が提供された。これにより、情報への公平なアクセスを促進し、社会全体の知識基盤を強化することを目指している。
さらに、Text and Data Mining: Demonstrating Fair Useは、デジタルミレニアム著作権法の下で、テキストおよびデータマイニングがフェアユースとして認められることを実証するデモンストレーションプロジェクトを支援するものである。2022年12月9日に、スタンフォード大学に対し、$0.1M(約0.15億円)の助成金が提供された。プロジェクト期間は18ヶ月である。
また、 収監を超えて(Beyond Incarceration)というテーマでは、米国の刑事司法制度によって影響を受けた個人やコミュニティの声を中心に据え、芸術と人文学を通じて刑事司法改革を促進することを目的としている。具体的な取り組みとして、収監者への高等教育プログラムの提供や、刑務所内外での芸術活動の支援などが挙げられる。これにより、収監者の社会復帰を支援し、刑事司法制度の人道的な改革を目指している。
例えば、University of New Haven/Yale Prison Education Initiative Degree-Granting Partnership – Phase IIは、コネチカット州の収監者を対象に、ニューヘイブン大学とイェール大学のPrison Education Initiativeが共同で学位取得プログラムを提供する取り組みである。2024年6月6日に、ニューヘイブン大学に対し、プロジェクト期間は36ヶ月で、$1.2M(約18億円)の助成金が提供されている。
また、Visualizing Abolitionは、刑務所廃止運動に関する教育を目的とした、芸術を基盤とする共同イニシアチブである。2024年6月6日に、カリフォルニア大学サンタクルーズ校に対し、$6M(約90億円)の助成金が提供され、プロジェクト期間は60ヶ月である
Futuro Studios Storytelling Projectsは、「La Brega」、「Suave」、「All-Stars: The Fania Story」などのポッドキャスト制作を支援するものです。2024年5月22日に、The Futuro Media Groupに対し、$1M(約15億円)の助成金が提供され、プロジェクト期間は24ヶ月である。
このように、自然科学が進めるようなイノベーションとは異なるかもしれないが、人間存在や社会にとって重要な研究・芸術・実践に資金を助成している。現在、財団の理事長(President)を務めるのはエリザベス・アレクサンダー(Elizabeth Alexander)である。彼女は詩人であり、学者としても著名で、オバマ大統領の就任式で詩を朗読した経験も持つ。彼女のリーダーシップの下、財団は社会正義を重視した助成活動を展開している。
人文学において研究助成金を提供することは、社会にとって極めて重要である。人文学は、私たちの価値観や文化的アイデンティティを理解し、過去の教訓を未来の行動に活かすための知的基盤を提供する学問である。しかしながら、その成果はしばしば即時的な経済的利益として現れることが少ないため、外部資金の獲得が困難な場合がある。それにもかかわらず、人文学の研究やプロジェクトを支援することで、社会的包摂、歴史の再評価、公正な社会の実現に貢献できる。アンドリュー・W・メロン財団の取り組みは、このような人文学の潜在的価値を広く社会に訴え、知識と文化の発展を促進する模範的な例である。