Doors 第8章 〜 ハコの中
そのハコは輝きを放っていたからすぐに見つけられた.いや,別に探していた訳ではなくて,自然と目に飛び込んできた.小さめのハコで子供でも持ち運べるくらいのサイズだった.僕はそのハコの何かに惹かれた.よく見てみると側面に穴が空いていた.持ち運ぶ時に指を入れる穴だった.
僕はその穴の中から中を覗いた.そこにはずっと欲しがっていた理想の世界が広がっていた.出会うはずのない世界が,行ってはいけない世界が.身体が内側から熱くなる.心臓が耳から飛び出しそうな勢いで脈打っていて,血液が沸騰するように熱い.感情と理性との戦いに僕は敗れた.
乱打戦だったその試合の幕切れはとても静かだった.扉を開けると理想と自分だけが存在する音のない世界が広がっていた.それは美しくも儚く輝いていて,その上を黒い未来が覆っていた.禁断の世界に僕は触れてしまった.それが始まりだった.
真っ暗な穴の中の世界に,両手に勇気を握りしめて勢いよく飛び込んだ.黒い水面が水飛沫を上げた.水は優しくも冷んやりとしていた.僕はそのまま暗い暗い底の方へと沈んでゆく.海底へと続く暗いトンネルは苦しくてすぐに勇気を手放してしまった.その代わり,気づけば全身が不安に包まれていて,僕はその不安という名の気体で息をした.長いトンネルの先に光,いざ新世界へと.
新世界は美しく輝いていた.とても綺麗な世界で,天国があるならきっとこういう場所なんだろうなと思えるようなところだった.元いた世界との感覚の違いに戸惑う僕をとても優しく包んでくれた.二度目の"生"を感じた.この居心地の良い世界にいつまでも浸っていたいと心からそう思った.しかし,そういう訳にもいかず僕は元の世界,穴の外の世界へと帰る必要があった.なので,仕方なくトンネルを探し帰ろうとしていたその時,世界が牙を剥いてきた.
トンネルの入口が爆発して勢いよく大きく広がった.たちまち僕は黒い世界に飲み込まれてしまった.真っ暗な世界,冷たくも痛くも何も感じない.方向感覚や距離感すらも掴めないし,時間すらも感じられない,果てしなく何もない無の世界.僕は出口を探して必死にもがいた.
気がつくと時が正常に戻っていた,僕は箱の外にいた.ものすごくリアリティのある不思議な夢だった.外の世界から感じるあの暗黒の世界はどこか懐かしく思えた.今までは何とも思わなかったこの世界のありとあらゆるものが美しく見えた.この大空も抱きしめたいと思えるように美しい.そう思い両手を大きく広げて見上げた空には小さな穴が空いていた.
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