Doors 第20章 〜 フォーカルジストニア奮闘記4
その疑問を感じ取ったのか,少女が続けてアドバイスをくれた.沼に飛び込んだら,まず広くて白い雪原を想像すること.それが成功して広い雪原に一人立ったならば,今度は空を見上げること.そうすると雪がひらひらと舞ってきて,やがてどんどん大量に降り始める.その中に紛れて稀に輝いている雪が降ってくるから,それを頑張って見つけること.見つけたらその特徴やそのときの状況,或いは思ったことでも何でもいいからすぐに書き記すこと.手の平に降りた雪のように記憶諸共すぐに消えるので要注意.
とにかく最初はこの作業を繰り返すこと.徐々に光を見つける頻度が上がるから,そうすれば自ずと進むべき道が見えてくる.ただ,幻の可能性もあるので進む際は慎重に,今いる場所の目印を立てながらゆっくりと着実に進むこと.もしも遭難してしまったら,目印を頼りに初めに戻ってやり直し.
光の情報が集まってくれば,やがて一瞬だけ霧が晴れる場所が見えるから,集中力を高めてその場所を記憶し,霧の中その道へと進む.うまくいけば突然目の前に扉が現れるから迷わずその中に入ること.
普通はこんなこと言われても信じられないものだろうけど,周りの状況がそれ以上に信じられなかったが故に,僕は疑問に思うことなくアドバイスに従うことができた.
毎日毎日,同じように輝く雪を見つけてはメモを取り,霧が晴れた場所を記憶し扉を目指した.しかし,最初はなかなか思うように進まなかった.まず輝く雪が全然見つからない.降り頻る雪はどれも同じに見えて,もはや綺麗とかの次元ではない,気が狂いそうになる.
うっすらと光る雪はほんと一瞬の存在だった.気のせいかと思うくらいだった.流れ星よりも短命で見つけるのに甚だ苦労する.そのまま霧が晴れずに終わることはもちろん,輝く雪さえ見つからないのは日常茶飯事だった.
何よりも苦しめられたのは,スタート位置が前日よりも遠くなっていることだった.日々同じことをしているのにも関わらず.前日の場所にたどり着くのに1時間はかかる.いつしか偉い人が言っていた,練習開始してから1時間は復習の時間だと.その意味が嫌でも分かってしまった.
走っても走っても押し流されるようにに戻されてしまう.まるで急な斜面を上っているかのように前に進むのが辛い.しかもその角度は日に日に増しているのが感じ取れる.歳を重ねるということはこういうことかと悟った.
しかも,背後には針のついたコンクリートの壁がジリジリと迫ってきているから,文句を言う暇もなく前に進むしかないのだ.針に突き刺さった後どうなるかは考えるだけ無駄だった.上るか死ぬか.
厳しい向かい風に,普段のようには進めなくなることにも耐えなければならない.以前はできていたことができなくなるということは想像以上にストレスがかかる.不安,恐怖,苛立ち,そんな感情が順に巡ってくるのに耐えながら,1mmでもという思いで這ってでも前に進む.
前日できたことが,翌日またできなくなることも多かった.何故行ったり来たりするのだろうか.ぐっと前に進む日は当然嬉しくなる.けれど,そこで喜んだり気持ちを緩めてしまうと次の日に影響してしまう.
なので,苦肉の策だが一喜一憂することをやめた.どうせある程度のブレがあるんだから一喜も一憂もあまり意味がないことだと思った.なるべく冷静に客観的に見て自分の実力を評価し反省する.喜びたい気持ちを抑えるのは容易ではなかったが,トータルではその方が精神的に楽だった.