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Doors 第25章 〜 未来の過去

 2021年1月21日夜.僕は帰ってきた.未来の僕と現実の僕が一つに重なった.ただ,どこか少しだけ違和感が残っている."荷物"は最小限だったが充分だ.その夢だけで.
 時間旅行の記憶は線路の継ぎ目くらいの一瞬のことだった.ないに等しいと言えるくらい.しかし,身体に直接刻み込まれた記憶が,その旅の壮絶さを物語っていた.二度と経験したくないと思う過酷な旅の.

 時間旅行の際,僕は一人で愛のない世界にいた.右手には夢.決して離さない,何が起きても.そう意気込んで愛のない世界に飛び込んだものの,実際は何も起こらなかった.色んな試練が待ち受けていて,それを一つ一つクリアしていく,そんなことを想像していたのに.何も起こらなかったからこそ逆に辛かった.
 目の前を"無機質"が右から左へ,左から右へと流れていく,ただそれだけの世界だった.試練といえばそれをずっと眺め続けることだった.
 生命は当然いないし,食事もなければ排泄もない.寝ることもなければ疲れ喜び苦しみ悲しみ,その他ありとあらゆる物が欠如している異様な世界だった.その無機質を延々と眺める,それを何年も何年も.とにかく夢を離さないようにだけ集中した.そうして時間の存在を忘れた頃に漸く過去へと戻ってこれた.

 前述の通り,僕はいわゆる失恋をした.まだ終わった訳ではないけれど,とても良い結果とは言えないだろう.自分なりのベストは尽くしたつもりだが,あとは精々待つことしかできない.予想していた過去と違っていて途方に暮れた僕は,いつの間にか未来への扉へと向かっていた.あの鉄の扉へと.
 心なしか,前に見た時よりも幾分白く感じた.ドアノブに手をかけ,回そうとしたその時「チャンスは一度だけど伝えた.扉を開けるということはそういうことだ」と声がした.それと同時に,手に雷が落ちたような強烈な衝撃が走った.僕は間一髪ノブから手を離した.スマホから流れる音楽が日常を告げていた.
 苦しくて息を吸うように何度も扉の向こう,栄光の未来へと戻りたくなった.けど,いつも寸手のところで止まった.夢を叶えたい,今この夢を.僕はその扉に鍵をかけた.もう逃げない.

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