Doors 第16章 〜 door
階段を上っていたら,僕たちはきっと帰っては来れなかっただろう.
旧造り酒屋を利用したスペースで,とある芸術家が絵を展示していた.そのスペースには階段があり2階へと上がれたが,もしそうしていたなら未来は大きく変わっていた.
薄暗くて細い通路を真っ直ぐ進むと曲がり角に差し掛かった.そこで第一のデジャヴが起きた.この場所知っている.そう感じたので,興味が薄れてきた友人三人とは裏腹に僕は先に進みたくなった.みんなを誘導するように率先して進んでいった.
しばらく進むと突如広い空間が現れた.そこで芸術家の方が絵を展示していた.面倒なことになったと友人達の渦が飛んできた.僕は少し申し訳なくなった.
すぐに帰るのも失礼かと思い,興味のない絵を見てまわることにした.みんなも同じように何も考えていなかったと思う.わざわざ遠出して来たのに,時間潰しをしていた.そんな僕たちの気持ちとは裏腹にその芸術家が作品の解説を丁寧にして下さった.何か反応して絡もうかと思ったけど,三人の渦がそれを阻止したので僕は指示に従った.
時間潰しにも飽きてきた頃,ふと階段の存在が気になった.その階段は,このスペースの入り口横に堂々と存在していた.これ程までに存在感を放っているのに,今まで気が付かなかったのが不思議だ.
立ち入り禁止ではなさそうだけれど,何となく上がりにくいと思ったので下から覗いてみた.すると,1階と同様に絵が壁に飾ってあった.早くここから出たかったので,僕は見なかったことにした.
更にしばらくすると,今度は友人Tがその階段に近寄った.『頼むから上がらないでくれ笑』と渦を飛ばした.Tも僕と同じように下から覗き上げて,そのままそこから立ち去った.ほっとしてTの元へ近寄る.そして僕は「見た?」と聞いたら「見なかったことにしよう」と答えた.空気の読める友人だ.けれど,少し複雑な気持ちになった.というのも,上のスペースが若干気にはなっていたからだ.
いよいよ帰ろうかという時,第二のデジャヴが起きた.正確にはデジャヴではないかもしれない.僕自身こういった経験は初めてのような気がする.
その体験は,ある朝目覚めた時の記憶と一致していた.そう,目覚めてからの記憶なので鮮明に覚えているし,何より"時間の流れ"があった.
それは,まさにこのスペースを立ち去ろうというとき,もしも誰かが『2階』というキーワードを出したのならば2階へと上がらざるを得なくなり,そうなると二度と帰っては来れなくなる,だから気をつけろ,という記憶だった.この記憶に触れた時,心臓が異常なほど心臓が異常にバクバクしたのを覚えているが,今はそれ以上に暴れている.
僕は結末が分かっていたので一人冷や冷やしていた.絶対に誰も『2階』って言うなよ,そう祈った.
そして,最後のデジャヴはその直後だった.別の友人Kが大きい声で「ありがとうございました」と言うシーンで,その後何故か芸術家の舌打ちの渦が飛んできた.これが第三のデジャブである.普段小声のKにしては珍しく大きな声だったのが印象的でよく覚えている.そしてこのデジャブは,無事を意味するものだった.
何故あの芸術家は2階のことを一切口に出さなかったのか.もちろん様々な理由が考えられるが,デジャヴを信じるならば,2階には別世界へと通じるdoorがあったのだろう.一度だけしか開かない扉が.