最後の kaze no tanbun ができました。『夕暮れの草の冠』製作記6
西崎憲 with 奧定泰之・竹田純
この文は柏書房から刊行中の書きおろしアンソロジーのシリーズ kaze no tanbun の製作記です。これまでの記事はこちらになります。
製作記1
製作記2
製作記3
製作記4
製作記5
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kaze no tanbun シリーズの最終巻が完成した。『kaze no tanbun 夕暮れの草の冠』である。
A5変形上製クロス装であり、判型は絵本や美術書を思わせ、クロスと精興社書体の金の箔押しは深いノスタルジーを呼び起こす。
一冊目とも二冊目とも判型は異なり、三冊を書棚に並べても統一感はほとんどない。これほど形の違う叢書は日本では見たことはないし、海外でもいま思い浮かんでくるものはない。
以下は収録作家と作品タイトルである。
小山田浩子「コンサートホール」
木下古栗「僕の人生の物語」
円城塔「ドルトンの印象法則」
斎藤真理子「編んでる線」
蜂本みさ「ペリカン」
藤野可織「セントラルパークの思い出」
松永美穂「たうぽ」
日和聡子「白いくつ」
青木淳悟「旅行(以前)記」
早助よう子「誤解の祝祭」
大木芙沙子「親を掘る」
西崎憲「病院島の黒犬。その後」
岸本佐知子「メロンパン」
柿村将彦「髙なんとか君」
斎藤真理子「エディット・ピアフに会った日」
滝口悠生「薄荷」
飛浩隆「緋愁」
皆川博子「夕の光」
例によって短いものもあれば、比較的長いものもある。平均すれば原稿用紙八枚といったところか。柏書房の竹田純さん、ブックデザイナー奥定泰之さんと三人で、どなたに依頼するか決め、やはり三人で収録順やエピグラムの決定を行った。
内容については言うまでもないかもしれない。修辞家として優れたかた、そしてこの叢書の目的を感覚的に把握していただけるのではないかと考えた著述家に寄稿をお願いした。
本書は現代の文章の世界の際にあるものだと思う。そして際にあって、本質的である。文学的飛距離を更新する可能性をもった日本の書き手たちの、もっとも自由なスタイルの作品集である。
個人的なことを記せば、三冊が仕上がればさぞ感慨深いだろうと考えていた。しかし実際に終わったいま、感慨といった言葉で表現できる感情はほとんどない。それよりは収録作品にたいする感嘆の気持ちのほうが強い。優れた文は物質化する。そして読者をたすける。いまはそんなことを考えている。
三人で最初にミーティングしたとき、生涯でこの本を作ったと人に誇れるようなものを作ろうと話した。自分ひとりにかぎれば、その目的は果たされたと思っている。
デザインにかんしては、やはり奥定さんにほとんどを任せる形になったが、自分がずっと思っていた「ハイブラウ」を避けたいという気持ちを汲んでいただいたことはほんとうにありがたかった。
ブックデザインにおいて、高踏的なもの、あまりに審美的なものを自分は好まない。自分が漠然と望んでいたのは、「高踏」から選良意識を取り去り、「審美」から自己愛を取り去ったものだった。もちろん、言葉で言うのは簡単だがそれは実現が難しい。
しかし、ひそかな願いは見事にかなえられた。こちらがそういった気持ちについてほとんど何も言わなかったのに、わたしの希望は高いレベルで達成された。言わなくてもわかるなんて素晴らしい、こんなに気があうんだから、ぼくたちつきあいませんか、と奥定さんに言いそうになったほどの達成振りである。
そして竹田純さんの仕事は膨大だった。参加者の多いアンソロジーの場合、連絡調整だけで疲弊することもしばしばである。当然齟齬も少なからず発生する。竹田さんはこのアンソロジー関連でいったい何百通のメールを書いただろうか。
自分は書物の召使いである。書物ほど偉大なものはないと思っている。書物は時間さえ超えることができるし人種も越える。世に真に偉大なものがあるとすればそれは書物に相違ないし、世に偉大な人物がいるとすればそれは書物的な人物に違いない。わたしはそう考えている。そして今後も書物の召使い生活を愉しく過ごすつもりだ。
しかしいまは何より kaze no tanbun の完成を言祝ぎ、寄稿者を言祝ぎ、そして本を読む人々を言祝ぎたいと思う。
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二巻の『移動図書館の子供たち』では、図書館の貸し出しカード風の栞に寄稿者の短い作品を記したものを挟みこんだ。第三巻ではテキストが書かれた切手を特典にする。
一寄稿者一シート、寄稿者は十七名なので十七名の読者に進呈する予定である。切手はもちろん実際に使用可能である。
応募詳細
柏書房ホームページ
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打合わせはいつも池袋服部珈琲舎。
収録順はひじょうにアナログな手段で決められる。
奥定さんのメモにはいつも「職人」という語を連想する。書物の職人になりたいものだ。
クロス見本。小さいもののコレクションにわくわくするのはなぜだろう。
テーブルの上はまるで本の工場である。
そしてわたしたちは本を運ぶ者。
次回は連載の最終回である。
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