【自作品紹介】悪食の吸血鬼
お疲れ様です、風嵐むげんです。
本日は、以前から書いていた小説の紹介をさせていただきます。後半は一話分をこちらで公開しますので、そちらだけでもぜひ読んで頂けたら嬉しいです。
悪食の吸血鬼 - カクヨム
https://kakuyomu.jp/works/16816700427499315107
あらすじは、老化のせいで『自分を恨む』人間の血しか口に出来なくなった吸血鬼が、自分好みの血を飲むために今をときめく話題の美しい歌姫を狙うものの、逆に歌姫に振り回されてしまい……というお話です。
こちらの作品はカクヨムで開催されていた『Storylist あなたの小説が音楽になる~ 【VocaNovel ボカコレ×カクヨム】』という企画の応募作品となります。そこまで詳しくはないのですが、ボカロがとても好きなので勢いで応募しました。
約二万字の異世界ファンタジーとなります。カクヨムに登録していない方でも読むことは可能ですので、興味を持っていただけた方はぜひぜひ読んで頂ければと思います。よろしくお願いします!
以下、本編の第一話になります。
※※※
某国首都。夜でも眠らぬ街には、今日も星の数ほどの人間が行き交っている。
劇場では大勢の観客たちが歌姫の美しい歌声に聞き惚れる一方、公園ではガラの悪い連中が騒いでいる。メインストリートでは酔っぱらいと警察の乱闘騒ぎが起こり、高級ホテルのラウンジでは若い男女が夜景を眺めている。
そんな混沌とした街の一角。きらびやかな光が多ければ多いほど、影は深く濃くなっていくもの。
ここは俗に言う闇カジノ。欲と金が積み重なり、ぐるぐる回るアンダーグラウンド。いつもであれば、オーナーの女が埋もれるほどのコインを前に高笑いしている筈なのだが。
今夜は違う。オーナーは屈辱に顔面を歪め、悲鳴じみた声で一人のディーラーを糾弾していた。
「あ、あなたねぇ! これは一体どういうことなの!?」
いつもならば山積みになっている筈のコインは、彼女の周りから綺麗さっぱり片付けられ。代わりに客たちの前で、均等になるよう見事に並べられていた。
……これはこれで難しいと思うのですが、相変わらず器用でいらっしゃる。
「どう、とは? ボクはこのカジノの雇われディーラーとして、普通に働いているだけですが」
手元のカードを切りながら、ディーラーは不思議そうに首を傾げた。さらりと揺れる艷やかな黒髪に、女性客の多くがほうっと溜め息を吐く。
なんならオーナーさえも、ディーラーの美貌に赤面しているくらいなのだが。そこは流石に歯を食いしばり、怒りの感情をたぎらせている。
「しらばっくれるんじゃないわよ! どうして言われたとおりにしないの!? おかげでこっちは大損じゃない!!」
「はて、言われたとおり……ああ、オーナーの利になるようイカサマをしろと言っていた、あれですか」
「なっ!?」
ディーラーの暴露に、その場の空気が大きく変わった。客たちも疑っていたのだろう。幾多の冷たい視線が、オーナーに突き刺さる。
赤から青に変わる顔面。彼女に出資していた者たちは早々に見切りをつけたらしく、そそくさと店から出て行った。
「こ、この……行き倒れの可愛い子犬かと思えば、意地汚いドブネズミだったなんて! 殺してやるわ!!」
怒りのあまりに、我を無くしたオーナーが拳銃を引き抜けば、客たちが悲鳴を上げながら我先にとカジノから逃げ出した。
逃げなかったのは一匹の迷いコウモリこと、天井にぶら下がり様子をうかがっていたワタクシ。
そしてディーラーこと、ワタクシの主だけ。
「アッハハハ! それだけ恨んで頂けて嬉しいです、オーナー。見目のいい子犬を飼いならせて、ご満足いただけました?」
「うるさい、死ね!!」
躊躇なく絞られる引き金。二人の距離は三歩分も離れていない。普通ならこのまま、心臓を弾丸で貫かれて死ぬだろう。
でも、残念ながら我が主は普通ではない。弾丸は確かに命中したものの、彼は倒れるどころか、一滴の血を流すことすらなかった。
口角をつり上げ、ピジョンブラッドの瞳が歓喜にギラつく。
「次は銀の弾丸を装填しておくことをおススメしますよ、オーナー」
「……え」
そこからは一瞬だった。オーナーの腕を掴み、自分の方に引き寄せ抱き込む主。
それだけならばドラマのようなワンシーンだが、あんな砂糖のような甘ったるさはない。
「では、味が落ちない内に、いただきます」
薄い唇から鋭い犬歯が覗き、オーナーの肩に突き立てられる。ほんの数秒の出来事であった。
床に落ちる拳銃。大量の血を吸われ、顔面だけではなく全身を真っ白になったオーナー。気を失ってぴくぴくと痙攣しているが、生きてはいるらしい。
「ごちそうさま。ありがとう、ボクを恨んでくれて」
ぽい、と床に放って。主が汚れた唇を舐める。
「おっと、警察が来たね。逃げたお客さんの誰かが通報したのかな」
逃げましょう。ワタクシが促せば、主が頷き共にその場を後にする。彼の言うとおり、けたたましいサイレント共に警察がやって来るが、カジノに残るのは干からびかけたオーナーだけ。
人間を惑わし、生き血を啜る美しき夜の怪物。この街に吸血鬼の存在が知れ渡ることになる、きっかけの出来事であった。
……と、ここまではとてもスマートでいらっしゃいましたが。
「あー……なんか、凄く胃もたれ。久しぶりだからって、血を飲みすぎたかなぁ」
カジノから離れたところで、主が困り果てた顔でお腹を擦る。ワタクシは乗せて頂いた肩から見上げ、主の顔色をうかがう。
個人差はあるとはいえ、主は男性。細身では脆弱性なく、背も高い。先ほどの吸血量は、体格と比較すればむしろ少ないくらいなのですが。
……老いのせいで、食が細くなったのでしょうか。
「あ、キミ。今、ジジイになったせいだって思っただろ? 失礼な、ボクはまだ一五〇歳だぞ!」
ああ、余計なことを考えたせいで拗ねられてしまった。頬を膨らませて不貞腐れる様子は確かに、ワタクシがお仕えし始めた頃となんら変わらない幼さなのですが。
だとしても、もう無視できる問題ではない。吸血鬼は人間よりも遥かに長命ではあるが、決して老いないわけではない。
そして、人間や他の動物とは老い方が異なる。吸血鬼の老化は味覚から始まる。本来であれば、穢れを知らない若い人間の血が一番栄養価が高い。しかし老化が進めば進むほど、これを受け付けなくなる。
吸血鬼特有の、『悪食』と呼ばれる老化現象である。そして主も、すでに悪食が始まっている。
しかも、主の場合は『自分を恨む』人間の血でなければ受けつけないという、かなり厄介な症状なのだ。
「うえ、でも本当に気持ち悪い……人間だったら、夜中にカップ麺とケーキとフライドチキンを爆食いした感覚に近いかも……水でも買おう」
主は人気のない路地裏でしゃがみ込み、カジノから持ち出したアタッシュケースを開ける。
中には隙間なく敷き詰められた札束。そこから一枚だけを取ってコートの内ポケットに入れ、近くのコンビニで飲料水を買って、歩きながらごくごくと飲んだ。
「ぷは、水美味しい! 生き返ったー!」
……吸血鬼としてどうなのか。具合がよくなったのならいいけれど。
それにしても、その大金は必要なのでしょうか。
「それもそうだねぇ。なんとなく持って来ちゃったけど、豪遊するとしても、こんなにはいらないな」
納得したのか、主は再びアタッシュケースを開けると札束を二つ取り出して、ポケットにしまう。
それからケースを持ち上げ、通りに出てからきょろきょろと周りを見回すと、「丁度いい人間発見!」と言って駆け出してしまった。
落ちないよう、ワタクシは慌ててしがみつきます。
「募金をお願いしまーす! 難病の妻のために、お金が必要なんです!」
「やあ、こんばんは。こんな夜中でも元気だね」
主が向かったのは、よれよれのスーツ姿で募金箱を待った若い男の元だった。
麗しい見目の主に、しかも突然声をかけられたからか、男は飛び上がるほどに驚いた。
「うわ⁉ こ、こんばんは」
「募金活動大変だろう? これ、あげるよ。ケースごとどうぞ」
「え、ありがとうございます……そうだ、こちらをお礼に」
「これは……薔薇の花じゃないか」
手渡された赤い薔薇に、主が首を傾げる。男が困ったように笑う。
「ええ、妻と一緒に近くで花屋をやっているんです。でも、妻が病気になってしまい、今は休業状態なので」
「つまり、残り物ってこと?」
「そ、そう言われると言い返せない……でも! 綺麗に咲いてくれたお花なので、ぜひ貰ってください。あなたはモデルさんですか? お似合いですよ、薔薇の花」
……この男、吸血鬼にとって薔薇の花がどれだけ不吉かを知らないのか。
「ふうん……まあ、くれるなら貰っておこうか。じゃあね、奥さん元気になるといいね」
「は、はい。ありがとうございます!」
大金の代わりに貰った一輪の薔薇を手に、主は立ち去る。男がアタッシュケースの中身に腰を抜かす頃には、主は夜の街に消えていた……。
と、言うわけではなく。さっさと手近なビジネスホテルで部屋を借りるなり、
「吸血鬼が夜に出歩かず、ぐうたら惰眠を貪ること! これ以上の豪遊はないよね!」
ベッドに飛び込み、薔薇の花を放り投げ。そのまま、すやすやと穏やかな寝息を立て始めていたのであった。