ルンド自然学校 Naturskolan i Lund, Sweden
'September, 2019
コペンハーゲンから国境の橋を渡って、対岸の国スウェーデンへ入る。パスポートコントロールはなし。何事もスムーズかつスマートな入国で、気がつくと周囲の人たちの話す言葉と顔立ちだけが少し変わる。もう何度目かわからなくなるほどスウェーデンに来ているので(8回目? 9回目?)、その辺の違いもすぐにわかるようになった。
ルンドは小さな大学の街で、大聖堂もあり歴史が古い。シティセントラルはこじんまりとしていて、公園や植物園の緑も多い。そういった場所は大学の施設だったりすることが多く、研究のためだけでなく公共の場所としても開かれている。この日はちょうど新しい学期が始まる日で、朝にはたくさんの大学生が慌ただしく街を行き交い、あちこちの建物に吸い込まれていった。
Naturskolan i Lund
ルンド自然学校は、野外のフィールドを持たないめずらしい自然学校だ。街の中心部に位置する公園の一角にオフィスがあり、行政(コミューン)の建物を借りて使われている。5人のスタッフが働いていて(内4人は常勤)、他の自然学校と同じように彼らは皆コミューンから雇われている。設立からおよそ30年が経ち、スウェーデンで初期の頃にできた自然学校のうちの一つでもある。去年横浜のISGA(国際校庭園庭連合)で知り合いになったスタッフのアンナに案内してもらった。
自然学校としてフィールドを持たないのであれば何をしているのかといえば、基本的にはルンド市内のいろいろな学校に出向き、そこで野外プログラムを提供しているのだという。しかも子どもたちのプログラムではなく、主に先生向けのコースを担当する。基本的なコースの内容は「野外で科学」や「野外で算数」などテキストにまとめられている内容で、先生自らが野外学習の活動の流れやその考え方を学び、あとは自分たちの授業の中で実践する。先生たちにはそれらを実践できる機会も(先生個人の裁量で授業内容が決められる)、活動できる環境も(市内の公園や、後述する野外デイケアセンターがある)十分に与えられている。そこでの自然学校の役割は、先生方に野外で教えることのノウハウを教え、各校の校長先生に活動の重要性を理解してもらい、行政の担当者の信頼を得ることだと言っていた。
野外プログラムだけでなく、ルンド自然学校は校庭や園庭のデザインにも力を入れている。市内の学校や幼稚園の先生と連携を図りながら、もともと平らで何もなかったグラウンドを、木を植えたり池を作ったり遊び道具を設置したりと、子どもの遊びやさまざまな活動につながるように工夫している。ここでも、自然学校が実際に校庭を設計したり建設したりするわけではなく、あくまでもその役割は予算の提供やアドミニストレーション(管理や調整)。デザインするのは先生方や子どもたち自身で、「こんな校庭にしたい」と子どもたちが描いたものが、実際にその通り反映されるという。出来上がるのは建築家やランドスケープ・アーキテクトが設計したような立派なものではなく、使われなくなったタイヤや木材などの廃材や、もしくはホームセンターで安く手に入る材料で組み立てられるものばかり。年に数回の保護者が集まる日(PTAの集まりのようなもの)には、親たちが総出で作業にあたるのだとか。アンナに連れられて訪れた小学校では、先生がこんなふうに言っていた。「うちの校庭は常にアンダーコンストラクション(建設中)。子どもたちと相談しながら、いつもどこかを直したり、新しく作ったりしているの。」さすが、DIY精神を貫くスウェーデンの人たち。なんでも必要なものは自分たちで作ってしまうのだ。
ルンド自然学校が加盟する国際校庭園庭連合(International School Ground Alliance)では、校庭のデザインによって子どもの遊びや運動を促す際に、起こりうる危険を取り払うのと同時に子どもの「リスキープレイ」を推奨している。落ちたり跳ねたりぶつかったり、いろんなエラーによって子どもたちは自分で学んで成長していくのであって、「その失敗から学ぶ権利を、大人の視点で危ないからという理由で奪ってはいけない、」と。自然学校のスタッフからそんな言葉を聞いて、ある意味とてもスウェーデン的な考えだと納得した。事故につながるような危険は排除するが、失敗から学べるようなリスクは積極的に確保する。そういった、一人ひとりの個人が自分で行動し自ら学んでいくための選択肢をできるだけ確保し、多様な子どもの学びの特性に合わせてそれらを提供することが、自然学校が野外の学びを実践する上での基本的な考えの一つになっている。アンナが、彼女が関わった幼稚園の校庭を案内しながら、こんなふうに語っていたのが印象的だった。「ここには危険なものは何ひとつないけど、リスクはある。自然の中に入るのもリスキーなことのひとつで、例えばもし子どもたちが何がリスクかを学ばずに大人になって、自然の中に自分で入ろうとしたら、いったんどんな危険が待っているのだろう?」
ISGAのリスク宣言(日本語訳あり):http://www.internationalschoolgrounds.org/risk
St. Hansgården
最後にアンナが市内の「デイケアセンター」と説明する場所に連れていってくれた。ここは子どものための公共の学童のような場所で、自然学校と同じように行政の予算によって運営されている。市街中心部のすぐそばにあって、どこかの学校に所属するのではなく、いろいろな学校の子どもたちが学校終わりに自分たちで自由に訪れて過ごしていた。室内でゲームをしたりおやつを食べたり、日毎に決められたプログラムに参加したり、ウサギ小屋でウサギの世話をしたり。こ数人のスタッフの手によってほとんど手作りでこの場所が作られてきたようで、暖炉のある大きな建物や動物小屋があり、外には小さなガーデンや小道が伸びて、製鉄をする鍛治小屋まである。そのうちのいくつかは、子どもたちと一緒に作ったものでもあり、建物の壁には作者の小さな手形が並んでいた。
こうしたスタイルの学童の施設はスウェーデンでもここにしかない特別なもの。例によってこの場所を始めた設立者の熱意によって行政を動かし、今では多くの子どもたちに親しまれている。自然学校のトレーニングを受けた学校の先生たちは、こうした場所があることで自分たちで野外の活動を実践することができる。そこはたくさんの子どもたちを暖かく迎え入れる、ピースフルな雰囲気に包まれていた。
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