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第一印象でタイプじゃないなら、酒を飲んでもタイプじゃない

 人は、出会ってからコンマ数秒の間に、会った人間に対して抱く印象の殆どを決定してしまうという。ちょっとした店員とのやり取り、会社の取引先の関係者、次から次へとスワイプするマッチングアプリの写真たち。一般的に、こと第一印象という面において、美男美女であることに損はない。面が良ければ日常的にチヤホヤされやすかろうし、裁判でも有利な判決が出る。マッチングアプリでもマッチしやすい。お隣の国で美容整形がマストな通過儀礼と化しつつあるのもうなずけるというものである。この国では、男性用のコスメがにわかに売られるようになってきたし、これからもっと流行するか、もしくは男性用コスメなどと言う段階を飛ばして美容整形がカジュアルになる時代が来るのかもしれない。

 人は第一印象に殆どを左右される、ということはつまり、その後の巻き返しは中々に難しいということも同時に意味する。先日、私がTinderでマッチして会った女の子もそうだった。せっかくマッチしたので、彼女が上げていた海の画像をもとに、「海に行きたいですね」などとメッセージを送ったところ、私のプロフィールに書いてあることを拾って会話を広げてくれたもので、随分と助かった。ただ、その子の顔は別にそこまでタイプでもなかった。途中でめんどくさくなったり、会う当日にTinderアプリの挙動が不安定になったりしたが、無事に会うことに成功した。

 その時までの私は、実物を見たら意外とグッとくるものがあるかもしれない、などと思っていたのだが、現実はそう甘くはなかった。別に二目とみられない訳じゃない。普通の女性の顔立ちだ。もしかすると、肌の荒れている部分が収まったらもう少し綺麗に見えるかもしれない。ただ、タイプではない、ということは確かだった。

 私は彼女に連れられるまま、彼女が行きたいと話していた高知餃子の店へ向かった。やって来たのは、博多地鶏と高知餃子が売りの店だった。博多に高知。二つの地名の繋がりが分からない。ただ、客はそれなりに入っており、安心して飲める店なのだな、ということだけは分かった。

 やって来たゴーヤの和え物とナムル、そしてパリパリとした皮が売りの高知餃子をつまみながら、ビールを喉に通して私は彼女の身の上を聞く。

 私は言う。「君、兄弟がいるでしょう。姉のような雰囲気がする。いるのは……弟か、妹か」。彼女は言う。「ほんと? 何で分かったの? 弟いるんだけどさ、あんまり喋らないんだけど変わった人で」「変わった人?」「誕生日にカフォンって打楽器を欲しがるの」「カフォン?」「中南米の楽器らしいんだけど、そんなのどこで知ったんだろうって感じで」「ROLANDがカフォンやってたって話も聞かないしね」「(笑いながら)で、今でも実家に帰るとたまに叩いてんの。あたしも何か楽器やろうかな。お父さんのギター借りたりして」「なるほど? 家族はもしかして音楽関係の人?」「音楽というか芸術関連。四人家族で、あたしだけ芸術関連の学校行ってないんだよねwww 楽器やる?」「やらないな。よく男はモテたくてギター始めるけどね」「そうなの?」「そうだよ。ギター始める男の8割はモテたくて始める。で、その大半が『思ったほどモテないから』という理由で辞めるんだ」「闇だ……」と、まぁこんな具合である。

 酒が入ってくるにつれて、私に一つの変化が訪れた。彼女の顔を見ていると、だんだん可愛く見えてくる気がしてきたのだ。目元もよく見れば二重な気がしてきたし、酩酊で視界がブレたせいか、肌が荒れているのもあまり気にならない気がする。歯並びもそこまで致命的に悪くない。笑ったら愛嬌のある顔立ちになるのではなかろうか――そんな気さえした。だが、彼女が一度トイレに行き、帰ってきた後に再度顔を見たら、やはりタイプではなかった。

 彼女には加えて、tinderでよくこうして会うのか、と軽く聞いてみたところ、そこそこやり取りをし、会っているのだという。コロナの影響で全く外に出る機会や出会いがなくなったからだという。いつもなら、ここで過去の恋愛遍歴や性愛にまつわる話を引き出してその先の布石を打つのだが、この日は全くそんな気にならなかった。コロナのあれやこれやであまり長居をする気が起きず、そんな中で別にタイプじゃない女の子を無理にそっちの方向に寄せてもね、というブレーキが働いた。

 1,2年前の童貞だった頃の私ならば、そんなことはお構いなしだったのかもしれないが、一度そうしたところを抜け、かつ、会ったばかりの人とその日のうちに寝る、といったことを経験すると、女性と性関係を持つのはファンタジーでも才覚でも何でもなく、ある程度再現可能なただの技術なのだと思うようになる。そうなると、そうした技術面のところはあえて行使せずに穏当に場を終わらせよう、といった具合になる。

 結局、彼女とは話している内に、「いい感じの美術館の展示があったら一緒に行こう、もしそういうのがなかったらまた飲みに行こう」という話で落ち着き、電車のホームで別れた。翌日、私が送ったお礼のLINEには「美術館さがしとくね」と返信があったが、その後の話があるかどうかはまだ分からない。ひょっとしたら来ないかもしれないが、さほど落ち込むほどのことでもない。

 待っていれば女性からメッセージが飛んでくるというのであれば、私をはじめ多くの男たちは恋愛に身をやつしてはいないだろうし、女性からメッセージが来るかどうかを期待したり、一喜一憂するのも馬鹿々々しい。たった一人に執着する必要はないのだ。それに、結局タイプじゃない。

 人は皆、誰かの代理人である。と、寺山修司が説いていたような気がする。故に、これからの未だ見も知らぬ誰かの代理人に会い、同じように記事を書けることを祈って今回は筆を置くことにしよう。

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