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なぜ松田聖子を聞くと、高校生のようなピュアな恋がしたくなるのか?
松田聖子さんが40年ぶりに聖子ちゃんカットになって「青い珊瑚礁」のセルフカバーMVをリリースした。
もちろんそのMVに映し出された華奢な体につるつる肌の聖子ちゃんはとてもじゃないけど59歳になんて見えなくって、あの頃と同じようなまばゆい笑顔を振りまいているその姿に感動さえしたんだけど、実は僕はその少し前から聖子ちゃんが気になって気になって仕方なかった。
つい2か月くらい前、偶然(というか間違って)Amazonのプライム会員の無料トライアルを申し込んでしまったのがそのはじまり。
せっかくなので無料期間くらいは楽しんでみるか、ということでAmazon Musicで何か曲を聞いてみようと検索していたら松田聖子のラインナップがかなり充実していることに気づき、お気に入りに登録して通勤の途中とか散歩の途中になにげなく聞き始めた。
というのは、僕はかつて松田聖子のそこそこ熱心なファンで、中学から高校時代にかけてすべてのアルバムを揃えていた時代があったからだ。
もちろん聖子ちゃんをこんなにじっくり聞くのなんて40年(まではいかないけど)ぶりだったんだけど、その歌がまったく色あせてないことに驚いた。というかなぜか胸が高まって、なんだかたまらない気持ちになってしまったのだ。
トップアイドルらしく、彼女の楽曲の提供者は実に豪華なメンバーだった。「赤いスイートピー」など合計13曲を「呉田軽穂(くれた・かるほ)」のペンネームで提供していた松任谷由実、「ガラスの林檎」の細野晴臣、「風立ちぬ」の大瀧詠一・・・もうその名前を見ただけでもスゴイ。
だから彼女の唄う歌はどれも素晴らしい。彼女の歌唱力もアイドルとは思えないくらい伸びやかで、感情豊かで、そしてキュートで素晴らしかった。でも当時の僕たちを一番虜にしていたのは、実は彼女が唄う歌の「物語」だったんじゃないかと思う。
聖子ちゃんに勇気づけられた昭和の僕たち
あんなにかわいい聖子ちゃんが心惹かれてしまうのは、長身細身で立ち居振る舞いもスマートなイケメンの男子ではけっしてなかったのだ。
彼女が勝負をかけて大胆なミニスカートをはいてきたのに、全く気付かない鈍感でイケてない男の子。
クラシックのコンサートに誘って2時間もバッハを聞かせたうえ、哲学の先生みたいな意味不明な話し方しかしない男の人(ただし眼鏡をはずしたらハンサム)
1ダースもガールフレンドがいるんだぜ、とかいいながらアドレス帳には彼女の連絡先しかなくて、キスはいやだと言われると目を伏せちゃう男の子。
なんだよ、もしかするとこれ俺でもいけるんじゃないか?
おそらく聖子ちゃんと同世代の日本中の大多数の男子は、そんな希望を持って、聖子ちゃんの一挙手一投足をかたずをのんで見つめていたんじゃないかと思う。そしてちょっと気になっている身近な女の子に聖子ちゃんを投影して、自分にもそんな甘い恋のチャンスがあるんじゃないか、と心をときめかせていたに違いない。
なぜ知り合った日から半年過ぎても あなたって手も握らない (「赤いスイートピー」作詞:松本隆)
痛切に心に響く歌詞だ。
なぜなら僕もまさにそうだったからだ。
僕は当時高校1年生。高校に入ってすぐに付き合い始めた隣の女子高の彼女がいて、週に1回土曜日の午後、喫茶店や近くの公園でデートしていたんだけど、ピュアでシャイな僕は手も握れなかった。
「私の彼、半年も過ぎてるのに手さえつながないの。私に魅力がないのかな、それとも彼は天使だったりするのかな?」
彼女が友達にそんな相談していた、ということを後日共通の女友達から聞いた。
天使だったんだよ!
君のこと好きだしもちろん手も繋ぎたい。けどなんだか照れくさくってそんなことできなかったんだ。
実はこんな「赤いスイートピー症候群」の男の子が当時は多かったんじゃないか、とひそかに思っている。僕が中学生、高校生だった頃はまだ昭和の時代で(少なくとも僕のまわりでは)それほど男女の仲がオープンだったわけじゃなかった。だからひと世代あとの、平成時代の開放的な中高生の話を聞いてちょっとびっくり(&ちょっと嫉妬)したこともある。令和の若い男女だって草食系だとか言われるけど、もっとフレンドリーにスキンシップしてるような気もする。
それでも聖子ちゃんはこう唄ってくれる。
I will follow you あなたについていきたい I will follow you ちょっぴり気が弱いけど 素敵な人だから (「赤いスイートピー」作詞:松本隆)
そう、僕たちはこの歌にどれだけ勇気づけられたことか。
そんなこともあって聖子ちゃんの歌を聞いていると、当時の甘酸っぱい思い出が、まるで昨日のことのようによみがえってくるのだ。
もちろんそのあと僕も赤いスイートピー症候群は卒業したし、いくつかの恋もした。女の子と触れ合う機会もそれなりにあったし、時には濃厚なやつとかもあったけど、同時にこんなピュアな気持ちは次第に忘れていった。
聖子ちゃんが唄う恋の物語
聖子ちゃんの唄には、ピュアな男女のまぶしいくらい青い恋の物語がたくさん出てくる。
バスの時刻表を 見つめてるあなたの 背中に抱きついては 困らせたわね(「ひまわりの丘」作詞:松本隆)
この女の子はけっして明るく背中に跳びついているのではない。好きで好きで仕方ないのに、言葉に出して言えないので黙ってそっと背中に身を寄せているのだ。そして男の子は彼女のまだ青い胸のふくらみをかすかに背中に感じてどうしていいかわからずにドギマギしているのだ。
今シャワーを浴びたとこ 紙を巻いてたの ベルの鳴る予感を 感じていたから ・・・ ドアの外を見てくるわ 近頃はママが 妙に気をまわして 心配してるの (「電話でデート」作詞:松本隆)
ようやく届いたあなたの手紙 砂浜にすわりこんでまた読みかえす いつでもうすっぺらなあなたの手紙 いつでも厚いのがわたしの手紙 ・・・好きという字をいつも探すのよ たった2文字待っているのよ(「あ・な・たの手紙」作詞:財津和夫)
そう、当時はLINEもメールもない時代。電話だって一人一台じゃなくって一家に一台だった。彼女のお父さんやお母さんが出ると面倒だったので、ときどき手紙のやり取りもしてた。聖子ちゃんの唄う彼はそっけない手紙しか書かなかったみたいだけど、僕は結構長い手紙を書いていた。というか長すぎる手紙書いてたので、もうちょっと短くって彼女をハラハラさせるくらいがよかったのかな(でも「好き」という2文字は最後まで書けなかったけど)
子供じみた遊びなど卒業した KISSされたあの午後がやきついているの ひと夏の経験じゃ 終わらない予感なの 20歳前はじめての 渦巻く心に風の花びら(「花びら」作詞:三浦徳子)
そんな聖子ちゃん(が唄う女の子)のファーストキスはなんと二十歳ちょっと前!しかしそんなピュアで晩熟の女の子が、キスのあとこんなふうに変わってしまうのだ。
ふしだらな女だと 言われてもいいだなんて 一度だって考えたことなど 今までにはなかったの たくましいその腕に 抱かれてる夢を見る 8月の夕暮れに 心がピンクに染まる私よ(「花びら」作詞:三浦徳子)
そう、キスさえなんとかキメてしまえば、そのあとはきっと今までとは全然違う景色が見られるはずなのに、僕たちはなかなかそれができなかったのだ。
そんな僕たちを煽るように聖子ちゃんはときどきこんなふうに歌う。
風を切るディンギーで さらってもいいのよ (「白いパラソル」作詞:松本隆)
キスしてもいいのよ 黙ってるとこわれそうなの (「渚のバルコニー」作詞:松本隆)
でもこれはけっしてぐいぐい系の女の子の唄ではない。きっと心の中で思ってるだけで口には出せないでいるのだ。
そんなことも知らず、ぐいぐい行けない男たちは聖子ちゃんの唄のように女の子のほうからこんなふうに誘ってくれるんじゃないか、なんて甘いことを考えていた。
要するに聖子ちゃんが唄っていたのは、ぐいぐい行けない男の子と、ぐいぐいいけない女の子の、まぶしくて不器用な恋の物語だったのだ。そしてみんなそれを自分と自分の恋人(想い人)に置き換えて、物語の中で生きていたのだ。
僕たちがいつの間にか忘れてたこと
あらためて聖子ちゃんの唄を聴きながら、今だったらもっと簡単にできそうなことを何であんなに悩んでいたんだろう、と考えてみた。
手をつなぐのにあんなに逡巡したり、キスするときは心臓が飛び出すかのように高鳴ったり、抱きしめるともう二度と離したくなくなったり・・・
いや、違うのだ。今だったら簡単にできるというわけじゃないのだ。
僕たちはもうそんな恋をしていないだけなのだ。
あの頃のようなピュアな気持ちで恋が始まったら、今だってきっと手をつなぐタイミングに悩むだろうし、キスの前にはきっと震える。デートの終わりには別れがたくて駅のホームで抱き合っちゃうかもしれない。
あの頃みたいなまぶしくって不器用な気持ちを忘れてからどれくらいたつのだろう。
恋なんてもう自分と関係ないものだと思っていた。恋なんて面倒なことだとも思っていた。一日のほとんどの時間を恋しい人のことを考えて過ごしたり、彼女のしぐさやちょっとしたひとことに喜んだり悲しんだりするなんて毎日胸が苦しすぎる。恋なんてしてなかったらデートに来ていく洋服を毎回悩むこともないし、家に帰って来てから彼女ロスで寂しい気持ちになることもないのに。
春色の汽車に乗って 海に連れて行ってよ 煙草の匂いのシャツに そっと寄り添うから (「赤いスイートピー」作詞:松本隆)
今日も聖子ちゃんが僕の耳もとでそうささやく。
やばいな、このまま聖子ちゃんを聴き続けてたら間違いなく恋したくなる。
それでも聖子ちゃんの唄をやめることはできない。
そして40年(まではいかないけど)ぶりのピュアな恋が始まっちゃうような気がしている。
でもそれはそれで悪くない。
春色の汽車に乗って、誰を海に連れて行こうかな。
<了>