さみしいものの行く先は-後編-
このシナリオはティル・ディ・テールお絵描きchannel / TILL familiaさんのライブ配信アーカイブ、【イラスト配信】多数決キャラデザ#5 厚塗り【お絵描きVtuber】のキャラクター二人を見て思いついたシナリオです。
【紫苑】
「……遅いわね」
紫苑は森の入口でいつものようにマシューを待っていた。
ここ毎日ずっとずっと決まった時間に来ていたのに。
今日はその時間になっても来ない。
【紫苑】
(何かあったのかしら……友達ができて遊んでるならいいんだけど……)
けれど、その可能性は低いと紫苑は思っている。
なぜなら、村の子と遊んだという話題をマシューから聞いたことがないからだ。
友達ができたなら、きっと一番に報告するだろう。
それがないということは、友達と遊んでいるわけではない。
それよりも可能性があるのは、連日ここにきているのがばれて村人に詰問されていることだ。
マシューはこの国の人間ではないから目立つ。
ただでさえ目立つ子供が、やたらと大きな箱を担いで歩いているのだ。
子供たちが気づいていなくても、農作業に向かう途中の大人が気づいてもおかしくはない。
もし大人たちにここにきていることがばれたら、マシューは人間として扱われるのだろうか?
マシューまで妖怪扱いされたら、どうなってしまうのだろう?
【紫苑】
「……っ!!」
そう考えたとき、紫苑は走り出した。
自分の耳や尻尾を隠すことも考えられなかった。
マシューの無事を確かめたくてひたすら走る。
【紫苑】
「マシュー! マシュー!?」
名前を呼びながら走る。
けれど森の入口にはいない。
村へと向かう。
村の外に出る途中に、マシューはいた。
紫苑が想像した通り、大人たちに囲まれて。
【村人A】
「こんな時間にどこさ行くのよ?」
【マシュー】
「えっと、えっと……お散歩だよ! 朝は空気が気持ちいいから……」
マシューが眉を下げて笑う。
紫苑は妖怪だから、ばれたら退治されてしまうという言葉を覚えているのだろう。
紫苑の存在を隠そうとしているのはすぐにわかった。
そしてマシューの幼い言い訳を、村人たちが信用してないのもわかる。
【村人B】
「散歩にそったら荷物が必要なのか? 何が入ってらのよ」
【マシュー】
「ご飯を食べるから、その分だよ」
【村人C】
「おめぇみてぇな、わらす一人で食う量か」
【マシュー】
「僕、食べるの好きだもん!」
【村人D】
「そうでなきゃ、そったらに丸々ととはしてねぇだろうが、嘘はつくな」
【村人E】
「おめぇみてぇなよそ者は、厄介ごとを運び込む。おめぇら家族がどうなろうと知ったことじゃねえけども、村によくないことはするんでねえぞ。家さ――いや家族で国さ帰れ」
【村人D】
「そうだ、そもそもおめぇらなんかおらたちは受け入れた覚えがねぇんだ。おらたちは自分たちで使うものは自分たちで賄える。おめたちなんかいらねんだ」
マシューは目をぎゅっと閉じて、悪意ある言葉に必死で耐えている。
ひどい言葉だ。
村人たちの気持ちもわからないでもない。
この国は海に囲まれていて、逃げ場がない。
だからこそ団結して暮らし、異分子や変化を嫌う。
しかし、だからと言ってこんな小さな少年に悪意を伝えるのは正しいのか?
マシュー自身は何もしていないのに?
【紫苑】
「何をしてるのよ。大の大人が、よってたかって恥ずかしくないの?」
【村人B】
「あぁ?」
村人たちの視線が一気に紫苑に集まる。
同時に村人たちは言葉と顔色を失った。
【村人E】
「あ……あ……」
【村人A】
「妖怪だ、妖怪が、村に……」
【村人C】
「このくそわらす、森から化け物を呼んできたのか」
【マシュー】
「化け物じゃないよ! 紫苑だよ!」
【紫苑】
「二度とマシューに近づくんじゃないわよ」
紫苑がそう言って足を一歩踏み出す。
それだけで、村人たちは一目散に逃げていった。
その様子を無感動に眺めた後、紫苑はマシューに駆け寄る。
【紫苑】
「大丈夫? マシュー」
【マシュー】
「紫苑! 人に見られたら退治されちゃうんじゃないの? 早く、これかぶって、隠して隠して!!」
マシューがローブを紫苑に渡してくる。
【紫苑】
(もう見つかったから、遅いんだけどね)
思いながら、紫苑はマシューからローブを受け取って耳と尻尾を隠す。
しかし、自分が妖怪だとばれたら、もうマシューと会うのは難しくなる。
この子供を、今一人にはしたくない。
【紫苑】
(どうしたらいいのかしら?)
考え込む紫苑の手を取るマシュー。
【マシュー】
「とりあえず、僕のおうちに行こう。誰もいないから安心だよ」
【紫苑】
「じゃあ、カレーは私が持つわね。重いでしょう?」
紫苑がマシューからカレーを受け取り、マシューと手をつないで歩く。
マシューの手は小さく震えていた。
【マシュー】
「まずは朝ごはんを食べようよ。僕おなかペコペコ」
マシューは何事もなかったかのように笑う。
紫苑はあきれたようにマシューを見つめた。
【紫苑】
「マシュー、もう少し怒ったほうがいいわよ。あんなことを言われて」
そういうとマシューはへにゃりと笑う。
いつもの満面な笑みとは違う、困っている時に見せる笑顔だ。
【マシュー】
「怒ると疲れちゃうもの。それに、笑ってたらいいことがあるって、おばあちゃん言ってたから。笑ってたらお友達もできるかもしれないよ」
【紫苑】
「マシューらしいわね」
【マシュー】
「ご飯食べようよ。びっくりしたからおなかペコペコなんだ」
その言葉に小さく笑って、紫苑はマシューと二人でカレーを食べる。
【村人A】
「おい、マシュー!!」
【マシューの父】
「おや、何かご入用ですかな?」
【村人B】
「おめぇの子供がとんでもないことをしてくれた!!」
【マシューの母】
「うちの息子が、何か失礼を?」
【村人C】
「失礼なんてもんでねぇ! あのわらすは村を滅ぼす気だ!」
【紫苑】
「ごちそうさま。おいしかったわ」
マシューと二人でカレーを食べ、少しだけささくれだった気持ちが元に戻った紫苑。
マシューもそんな紫苑を嬉しそうに見つめている。
すると、二人の耳に乱暴にドアを開ける音が響いた。
バタバタと騒々しい足音がしたかと思うと、マシューと似た服を着た男女が現れた。
【紫苑】
(マシューの両親かしら)
ぼんやりとみていると、マシューの父が紫苑をにらみつける。
【マシューの父】
「出ていけ化け物」
【マシュー】
「化け物じゃないよ。紫苑だよ。僕のお友達なんだよ! 今日も僕を守ってくれたの!」
マシューが大慌てで言うと、マシューの父親が大きなため息をついてマシューの肩に乱暴に手を置く。
マシューが痛そうに眉をひそめた。
【マシューの父】
「お前は私たちを困らせるなティンバー。ここでやっていくには、異端視されてはダメなんだ。こんな化け物を家に連れ込むんじゃない!」
【マシュー】
「紫苑は化け物じゃないったら!!」
【マシューの母】
「ティンバー、この化け物とは二度と会ってはダメ。あなたももう、やっていいことと悪いことの区別はつけなきゃダメよ。ここで暮らしていくには、化け物なんかと一緒にいたらだめなの」
【マシュー】
「でも紫苑は……!!」
【マシューの母】
「聞き分けのない子は嫌いよ」
【紫苑】
(何、この会話……?)
親が子供にかける言葉なのだろうか。
化け物とともに子供がいるとしたら、化け物から子供を守ろうとするものではないのか。
なぜ子供を叱り、嫌いだなどと言えるのか。
【紫苑】
(こいつらは、毒だわ)
そばにいても、マシューのためにはならない。
それどころか、毒々しい感情でマシューを殺してしまう。
【紫苑】
「毒は、今すぐ消えなさい」
紫苑が扇子を一振りする。
すると、マシューの両親は風に吹き飛ばされ、家から弾き飛ばされる。
【紫苑】
「マシュー?」
紫苑が以前のようにしゃがみ込んで、マシューの顔を覗き込む。
【マシュー】
「うぅ……っ」
マシューの顔がくしゃくしゃにゆがむ。
そしてとうとう、大きな声を上げて泣き出した。
【マシュー】
「うわぁぁああんっ!!」
マシューがぼろぼろと大粒の涙を流して泣くところを始めてみて、紫苑は驚く。
そっと頭をなでて、大丈夫だからを繰り返す。
何が大丈夫なのか、紫苑にもわからないまま。
【マシュー】
「紫苑は化け物じゃないのに! なんでお父さんもお母さんもあんなこと言うの!? 紫苑は僕のお友達なのに!! 大好きなお友達なのに!! もうやだ、全部やだよぅ!!」
【紫苑】
「そうね、分かってるから。もう大丈夫だから、ね?」
【マシュー】
「うぅうっ。嫌いっ! お父さんもお母さんも嫌いっ! 紫苑のことを化け物っていうっ! 僕の話を聞いてくれないっ! おじいちゃんとおばあちゃんから引き離したっ!!」
しゃくりあげながら叫ぶマシュー。
紫苑はそっと抱きしめて、マシューの頭をなで続ける。
【マシュー】
「ちっとも僕を見てくれないっ!! 村の人たちも、僕のことを見てくれないっ!! 僕、村でそんなに悪いことしてないよっ! ただ、名前を呼び捨てにしただけだしっ、謝ったのにっ!」
今まで胸の奥で押し殺していただろう言葉。
それらを吐き出し、マシューが大声で泣き叫ぶ。
【マシュー】
「僕、たくさん頑張ったよ! でもそれでもみんな僕を見てくれないっ!! もうどうしたらいいかわかんないよッ!! 全部ぜんぶいやだよぅううっ!! うわぁああんっ!!」
【紫苑】
「マシュー……」
紫苑はマシューになんと声をかけていいのかわからない。
どうしてあげるのが正解なんだろう。
必死になって考える。
【紫苑】
(私はもう、マシューと会ったらダメ。でも誰一人味方のいないマシューを放っておくわけにはいかない)
こんな毒の掃き溜めに、マシューを置いてはいけない。
【紫苑】
(いっそ――)
【紫苑】
「ねえマシュー。私と一緒に森で暮らしましょうか。私はマシューの話をいつでも聞いてる。この国のお友達よ」
【マシュー】
「え……?」
【紫苑】
「おじいちゃんとおばあちゃんとは会えないけれど、それはこの村にいても変わらないでしょう? 森にいれば私がずっとそばにいるわ」
マシューが目をぱちぱちとしばたたかせる。
目にたまっていた涙がぽろぽろとこぼれ、眼鏡に付着する。
【マシュー】
「……いいの?」
マシューが恐る恐る訪ねてくる。
紫苑はマシューに安心してほしくて笑顔を作る。
【紫苑】
「よくなきゃ言わないわ。私といるのはいや?」
【マシュー】
「やじゃない。うれしいよ」
マシューがぷるんぷるんと頬を震わせながら首を左右に振る。
【紫苑】
「それじゃあ、森へ行きましょう。森は危ないから、一人で歩いちゃだめよ」
【マシュー】
「うん」
【紫苑】
「マシューがほかに行きたいところができるまで、一緒にいましょう」
紫苑から手を差し出せば、マシューは素直に手を取る。
二人は手をつないで、森へと歩いていく。
それを見た村人は逃げまどい、引き留めるものはいなかった。
マシューの両親も、紫苑とマシューの姿を見て悲鳴を上げて逃げ出した。
【マシュー】
「紫苑、ごはんできたよ!!」
マシューが嬉しそうに叫ぶ。
あれからどのくらいの月日がたっただろう。
わざわざ数えてないからわからない。
マシューはいつも笑顔で、楽しそうに毎日カレーを作っている。
そしていつも、紫苑より一回り大きいカレーを食べる。
【紫苑】
「おいしそうね。食べましょう」
【マシュー】
「うん!」
マシューが異国の言葉で何かを祈り、カレーを食べ始める。
その姿を見て、紫苑はこっそりため息をつく。
【紫苑】
(この子がたくさん食べるのは、つらいことや悲しいことを飲み込むためだと思っていたけれど……)
食べる量は森でも、まるで変わらない。
本当に、単純に食べることが好きなのだろう。
【紫苑】
(食べる量を見て、心配していて損したわ)
そう考えて苦笑した後、ふと思う。
【紫苑】
(……案外、ここでの生活もつらいことが多いのかもしれないわね)
マシューはもう人間ではない。
長い間、森の妖力にあてられ、変化してしまった。
マシューの頭には大きなキノコが生え、髪の毛中に胞子が散っている。
もう元には戻れない。
【紫苑】
(私も、マシューにとって毒なのかもしれないわね。こんな姿にしてしまって)
マシューは今でも、祖父母からもらった木べらとローブを手放さない。
異国の風習の祈りも忘れない。
祖父母との約束である、嫌いなニンジンを食べることもやめない。
それは、人の世界に対する未練だ。
断ち切ることはできないのだろう。
【マシュー】
「キノコ、おいしいね」
【紫苑】
「そうね」
マシューは、自分の頭にキノコが生えたことに驚き、早速食べられるか試してみた。
おいしいと喜び、もいでもすぐに生えてくるキノコを、カレーに入れることが多くなった。
その様子を見ていつも通りだと安心していたが、実はつらいのかもしれない。
【紫苑】
(負の感情を隠すのがうまいから、私にはマシューの本音がわからない)
森で二人で暮らすのがマシューのためだと本気で思った。
それでも、誰かが迎えに来たらマシューを村に返すつもりでもいた。
そして誰もマシューを迎えには来なかった。
月日は過ぎて、マシューは人の姿を失い、人の元へは帰れなくなってしまった。
紫苑は自分が正しいことをしたのかどうか、わからなくなっていた。
これは本当にマシューのためだったのか。
そう考えることが多くなっていた。
つらいときに笑うマシュー。
ご飯を食べて悲しい気持ちを紛らわせる子供。
本当に、今幸せなのだろうか?
考え込んでる紫苑に、マシューが困ったように笑う。
【マシュー】
「僕、きっともうあの村にも戻れないし、おじいちゃんともおばあちゃんとも会えないね」
【紫苑】
「…………」
何も言えない紫苑に、ぷるぷるのほっぺを揺らしてマシューは笑う。
【マシュー】
「でもいいんだ。紫苑と一緒にいるの楽しいから。僕、ここで暮らすの好きだよ」
【紫苑】
「…………」
マシューの言葉がどこまで本音なのかは、紫苑には判断がつかない。
自分の感情を隠して笑うのがうまい子供だ。
――それでも限界がきて泣き出すまでは、今のままでいいのかもしれない。
【紫苑】
「そうね。私も毎日おいしいご飯が食べられて、幸せだわ」
【マシュー】
「えへへ。僕も幸せ!」
紫苑の言葉にマシューが笑う。
二人でのんびりカレーを食べた。
食べ終わったら、少し散歩に出ようと紫苑はマシューに声をかけた。
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