喪失

このテキストは、TILLdeTAIL【illustration】さんの【お絵描き配信】人外キャラデザ その3【drawing】の配信アーカイブを見て思いついたものです。






「くそ! くそっ! 返せ!! 俺の体を返せ!!」

なんで俺がこんな目に合わなくちゃいけない!?
俺の村はどこだ!?
俺の体を元に戻せ!!

「どうしてこんなことになったんだよ!! 俺が何をしたっていうんだよ!! どうじえ……お、おえあ……あ!? あぁあああっ!?」

奪われる!!
姿を奪われ、村を奪われ、声さえも奪われる!!

どうしてこうなった!?
一体俺が何をした!?
ただ普通に暮らしてただけだ!!

それなのに、どうしてどうして――

――気が付いたら、知らない場所にいた。
いつ眠ったのかも覚えてない。
とにかく、目が覚めたら知らない場所にいたんだ。

薄暗くて周囲の物はほとんど見えない。
それでもだんだん目が慣れてきて、部屋には窓がないことに気が付いた。

「階段……地下室なのか……?」

俺はそっと体を起こして、その階段を上がる。
なぜこんなに視界がゆがむのだろう。
目は痛まない。

でも、体のどこかがおかしい。
とにかく階段を上がって、いろいろと確認をしなければ。

「…………」

階段を上がると、見たこともないほどきらびやかな空間で、俺はたじろいだ。
きらびやかな装飾、一目で高価と分かる品々ばかり。

確信する。
ここは貴族の屋敷だ。
なぜただの農民である俺が、貴族の屋敷にいる?

まずいんじゃないのか?
なぜ俺は貴族の地下室にいた?

おろおろとしている自分の姿が、豪奢な鏡に映った。

「――――ッ!?」

なんだこれは?
何だこの姿は?
本当に俺なのか?
これは本当に鏡なのか!?

不気味な角が生えた頭蓋。
タコのような目。
顔は上あごまでで、下あごから下が消えている。

スーツの所々に切れ目が入っていて、そこに何も見えない。
何もない!
俺の体がない!

だというのに、左手には6本の指。親指が二本もある。
足がまるで棒のように細くなっている。
あるのかないのかすら一目ではわからない。
スーツがねじれてとがった布の上に俺がたっている。

「なん……だよ、これ……俺の体、どこだよ……」

貴族が着るような高価なスーツを着せられて、その中身は何もない。
切り目の暗闇に恐る恐る手を入れる。
手はどこまでも入っていき、体の感触はない。

「う、ぁ――っ」

「おお、いま目を覚ましたのか。そのまま起きないのかと思ったぞ」

恐慌に陥る俺に近づいてきたこの男のことは知っている。
この地の領主だ。
顔だけならば見たことがある。

今の言葉と、いやらしい笑顔にピンときた。
この男の仕業だ。
こいつが俺をこんな風にした。

ふざけるな!

怒りのまま、昔と変わらない右手を振りかぶる。

嫌な感触がした。
嫌な音がした。
そして、領主の顔が吹っ飛んだ。

残った身体が血を吹き出しながら数歩歩き、崩れ落ちた。
領主の顔は俺のこぶしが当たった個所に穴が開き血が噴き出ている。

「な……んだこれは。なんで、どうして……」

ただ殴っただけだ。
それでどうして、こんなことになる?

俺は混乱して訳も分からないままうろうろとあたりを歩き回る。
鏡が不愉快だったから叩き壊した。
俺の手が傷すらつかずに、痛みもなかった。

姿を奪われ、痛みさえも奪われる。

一体俺が何をした?
俺の身に何が起こった?

知ってる領主は俺が殺した。
どうすればいい?
俺は何をすれば元に戻れる?

混乱して歩いていたら、大きなテーブルにぶつかった。
テーブルが割れて、音を立てて崩れる。
そのテーブルから、本が落ちた。

文字ならば、少しだけ読める。
子供のころ、年老いた教会の神父が少しだけ教えてくれた。

もしかしたら、この中に手掛かりがあるかもしれない。
本を開いても、知らない単語ばかりが並んでいた。

それでもわかる単語を拾ってどうにか状況を把握しなければならない。

「まじ、ない……?」

全部の単語はわからなかったけれど、おそらくこれは呪いだ。

呪いの内容はよくわからない。わかりたくない。
虫でできる呪いを、人間で試したらどうなるか。
見世物として連れ歩きたい。

そんなようなことが、多分、書かれている。

「ふ、ふざける、な……見世物……だって……?」

そんなことのために、俺はこんな姿になったのか?

「も、もとに戻る方法は、ないのか……?」

ないなんて、そんなことは許されない。
あるはずだ。
探せ、探すんだ。

俺は屋敷中を歩き回り、本を探した。
わかったことは、この屋敷には領主しかいないということだった。
忌まわしい行為をするためだけの別宅。

そしていまいち読めない本があるのみだった。
けれども村に返れば、読めるかもしれない。

あの教会の神父は死んでしまった。
それでも新しい神父が村に入る。
その神父が読んでくれれば――

「どうやって読んでもらう? 俺はこんな姿なのに……」

わからない。
わからないけれど、とにかくここにいてはだめだ。
だから帰ろう、村に返ろう。

足の感覚がない。
それでも動けるのが怖い。
そもそも俺のに足は存在しているのか?

考えるのが怖い。
けれど考えてしまう。
俺の足を返せ。
すべてを返せ。痛みすらも俺のものだ。

「……な、んだよ、これ……何なんだよ!?」

たどり着いたのは村の墓地。
そこにあるのは墓だけではなく、大きな洞穴。
その中にある、モノは何だ!?

血ともとは人だった肉の塊。
中には領主の頭のようになったものもある。いや待てそれじゃまるで俺が――俺、が……?

「違う、違う違う違う。俺がやったはずがない。これが村の奴らのはずがない。違う違う違う!!」

俺は何もしていない!
少なくとも、俺の意思じゃない!!
あの領主が、あいつが何かをしたんだ!!

化け物を見世物のように連れ歩きたいがために!!

「村の奴らじゃない。俺じゃない。村に戻ればきっと、みんないる」

こんな穴の中で無残な姿をしているはずがない。
みんなただただ、まじめに生きていただけだ。
こんな目にあう謂れはない。

そう思って村へ戻って必死に大声を出す。
けれど俺の声にこたえるものはいなかった。

それどころか、ドアが乱雑に開けられ、人の気配が一つもない。
そんな馬鹿な、そんな馬鹿な。
こんなこと、あってたまるか。

「こんなことが、許されるはずがない」

村のみんなは気っと無事に決まってる。
あの無残な姿から、気っと元に戻るはず。
俺の体だって、気っと元に戻るはず。

そうでなければおかしい。
俺たちは領主に従順で、税もきちんと収めていた。
こんなひどい目にあう理由はない。

「元に戻る方法が何かあるはずだ」

ないなんて、そんなのはおかしい。
間違っている。

「領主さ……あの男が何か知っているはずだ。ちくしょう、なんであんなに簡単に死んだんだ」

今持っている本は、ほとんど読めない。
よくわからない図形と、読めない単語ばかり。
けれど、絶対に何か元に戻る方法があるはずだ。
本以外にも何かあるはずだ。

戻ろう、あの不気味な屋敷に。
そうだ、地下室だ。
ほとんど調べていなかった。

変わり果てた姿をさらして俺は再び走り出す。
視界に入る、六本の指が不気味だ。

しかもその指に徐々にできるひび割れ。
ひび割れた後には暗闇だけが残る。
まだ体が、化け物に変化していくのか。

そんなのは嫌だ。俺は元戻るんだ。
すべてを取り戻すんだ。
こんなのは、絶対におかしい。

「この本意外に、使えそうなもの。探すんだ。絶対に」

本を玄関に置き、領主の別宅の中をよくよく探す。
けれど何もない。
地下室にあったのは、ベッドだけ。

それ以外は何もない、何もない!

「くそっ!」

頭にきて、地下室の地面をスーツに隠れた見えない足でけりつけた。
大きな音を立てて何かが壊れた。
何気なく拾ってみると、それはランタンだった。
火はついていない。

そのランタンを八つ当たりのため掌で握りつぶそうとしたが、ランタンはびくともしなかった。
領主の顔を簡単に壊した力がランタンには通じない。

ためにしランタンを殴ってみる。
やはりランタンはびくともしない。

「そうか、このランタンだ! このランタンに秘密が隠されてるんだ!!」

俺は気が付いた。
今の俺の力で壊れないランタンだ。
普通のランタンじゃない。

きっとこのランタンに、何かが隠されている。
俺が元に戻る方法が隠されている。

このランタンは、きっと地下室でずっと見ていた。
あの男の計画を。
俺の姿が変わっていく姿を。

ランタンを見つめていれば、ランタンからその様子が浮かび上がるかもしれない。
いや、かもしれないじゃない。

そうに違いない。
このランタンは特別なんだ!

俺はようやく元に戻るヒントを見つけた!!

「あかり、そうだ灯りをともそう」

このランタンに灯りをともせば、きっと何かが見えるはず。
俺はランタンに火をつけ、領主の別宅にろうそくをかき集めた。

無残な村の皆に何が起こったのか。
俺の身に何が起こったのか。
そして元に戻る方法を、きっとこのランタンが教えてくれる。

俺は村の墓場の大穴近くにしゃがみ込み、ランタンをじっと覗き続けた。

ゆがんだ視界に移るのは、変わり果てた自分の姿だけ。
おかしい、こんなはずじゃない。
ランタンがすべてを知ってるはずだ。

「映せ、何があったか映し出してくれ!! お前は特別なランタンだろう!?」

教えてくれ、村に何が起こったのか。
俺に何が起こったのか。
そして元に戻る方法を。

俺が欲しいのは、以前までの平穏な日々だけなんだ!!

けれどランタンは何も移してくれない。
光に反射して映る自分の目から、植物が生えてきた。
涙と鼻水、よだれが止まらない。

これは植物が俺の体に何らかの作用が働いているのか。
いや違う、これは痛みからきているに違いない。
こんな状態で痛まないなんて、間違いだ。

だからこれは、痛みからくる涙だ。
もうこれ以上、俺から何も奪わないでくれ。

植物はどんどん伸びていき、引っ張っても抜けてくれない。

「やめてくれ……俺をこれ以上化け物にしないでくれ……頼む」

必死に願い、ランタンを見つめる時間が過ぎていく。

返してくれ。
俺の全部を返してくれ。

「あええ……うお、あええっ!!」

祈り続けるているのに、とうとう声すらも奪われた。
まともにしゃべることもできない。

ふざけるなふざけるな!
俺のすべてを元に戻せ。
俺の生活を全部元に戻せ。

ランタンよ、すべてを知るランタンよ。
元に戻る方法を教えてくれ!!

必死に祈るがランタンは、醜い俺の姿を映し続けるだけ。

「あ……ぁ、ぁ……」

俺の思考が混濁していく。
やめてくれ、俺の意思すらも奪わないでくれ。
これ以上何も奪わないでくれ!

そう強く願っているとき、男のランタンが取り上げられた。

「ぁ……ぁ……」

ランタンを奪ったやつの姿すら見えない。
体が凝り固まって動かない。

やめてくれ、そのランタンだけが希望なんだ。
そう叫びたいのに声が出ない。
ふざけるな、俺が一体何をした!?

返してくれ、俺のランタンを返してくれ!!

俺の体はどれだけ見にくくなった!?
どれだけ暗闇が広がって、なくなった!?

確かめたいんだ!!
ランタンを返してくれ!!

必死に叫んでもランタンはもうどこにもない。
奪ったやつの姿も気配もない。

ふざけるな!!
返せ、返せ、俺のランタン。
すべとを元に戻せる最後の希望!!

「…………」

――ずっと祈っていた哀れな男の思考すらも溶けていく。
そして男はただ彫像となった――



ランタンはおそらくただのランタンです。
そしてランタンを持って行ったのはスーツ姿のティルさんだったら楽しいなと勝手に考えています。

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