さみしいものの行く先は-前編-

このシナリオはティル・ディ・テールお絵描きchannel / TILL familiaさんのライブ配信アーカイブ、【イラスト配信】多数決キャラデザ#5 厚塗り【お絵描きVtuber】のキャラクター二人を見て思いついたシナリオです。



【紫苑】
「……耳と尻尾が隠せてないわね」

大きな湖に自分の姿を映し、紫苑は困ったようにタヌキの耳を触る。
頭の上に乗った葉をとると、湖には小さなタヌキの姿が映っていた。

もう一度、葉を頭に乗せ人の姿に化ける。
上手に化けられているとは思うのだが、何度化けても耳と尻尾が消えてくれない。

朝からこの繰り返しで、もう夕方だ。

【紫苑】
「どうしたものかしら」

――ここは妖力のあふれる不思議な森。
この森にいる動物は何かしらの影響を受けることが多い。

紫苑もただのタヌキが妖怪となり、人の姿をとることができるようになっていた。

問題は、まだ力が未熟なのかうまく化けることができないのだ。

【紫苑】
「近くある人間の村、遊びに行きたかったんだけど……」

うまく人間に化けられないならお預けだろうか。
そう思いながら、耳と尻尾を触る。
タヌキの姿のままで見に行ってもいいが、それでは今までと同じだ。

人の姿に化け、人間を化かしてみたかった。
ちょっとした退屈しのぎだ。

【紫苑】
「このままじゃ退屈なままね」

【???】
「きゃぁぁぁあああっ!!」

【紫苑】
「え? 人間の子供?」

近くの人間たちはこの森を恐れて絶対に近づかない。
子供にすら近づかせない。
なぜ子供の声がするのだろう。

子供が少し心配な気持ちと、退屈しのぎにちょうどいいという気持ちで、声のほうへと走っていく。

少し走ると、子供が野犬に囲まれていた。
大木を背にして、固まっている。

【???】
「う、うぅう……」

動けずにいる子供。
野犬の群れが静かに子供を囲みこむ。
野犬の足が地面に沈み込む。

気づいたら、紫苑は手にしていた扇子を振り回していた。
野犬の体が宙に浮き、吹き飛ばされていく。

【???】
「え……っ」

子供が周囲を見渡して驚いている。
そして紫苑を見上げた。

子供が無事に何となく安心して、紫苑は子供と見つめあってしまう。

【紫苑】
(髪が長いけど、男の子、かしら? 変わった肌の色……異国の人間?)

【???】
「助けてくれてありがとう。僕マシューっていうの。あなたは?」

眼鏡ごしに、きらきらとした瞳でこちらを見上げてくる子供は、マシューと名乗った。

そこで紫苑はようやく我に返る。

【紫苑】
(いけない。思い切り見られちゃったわ耳と尻尾……でもまあ、森の中まで入り込んで私を殺そうとする勇気ある人間はいないわよね……)

しかし、この姿で人里へは下りられなくなってしまった。
がっかりしながら踵を返す紫苑の着物を、マシューと名乗った少年が必死の様子でつかむ。

【マシュー】
「助けてくれてありがとうございます! あのっ、よかったら僕の家に来てください!! おいしいごはんをご馳走しますっ!! 僕マシューです!! お名前教えてください!!」

必死すぎる子供の声に、紫苑は思わず応える。

//ルビ四月朔→わたぬき
【紫苑】
「し、紫苑よ。四月朔紫苑」

【マシュー】
「紫苑っ……ちゃん。僕とごはん食べるのいや?」

【紫苑】
「いやじゃないわよ別に」

【マシュー】
「ほんとうっ!?」

マシューがぱっと顔を輝かせる。
紫苑は困ったように笑い、少年を見下ろす。
この少年には、自分の耳と尻尾が見えてないのだろうか。

目線を合わせるためにしゃがみ込み、少年の顔を覗き込む。
そして、あれと首をかしげた。

【紫苑】
(……人間って、こんなにまるかったかしら? 首が見えないわ……あれ、もしかして私、変身の仕方間違えた? それとも異国の人間だからかしら……?)

マシューの顔を覗き込み、一人混乱する紫苑。
そんな紫苑に、何を勘違いしたのか、マシューが褐色の肌を赤くする。

【マシュー】
「やだあ、そんなにじろじろ見られたら恥ずかしいよぅ」

ぷるんぷるんと頬を震わせていやいやをするマシュー。
紫苑が反射的に謝る。

【紫苑】
「あ、ごめんなさい」

【マシュー】
「早くごはん食べに行こう。僕、おなかペコペコだよ」

【紫苑】
「マシュー、私は森から外には出られないの」

【マシュー】
「なんでぇ?」

【紫苑】
「私はね、タヌキの妖怪なの。人間じゃないのよ。ほら耳と尻尾があるでしょう?」

【マシュー】
「うん、可愛い耳と尻尾」

【紫苑】
(妖怪だってばれて、可愛いって言われたの初めてだわ)

【紫苑】
「妖怪は、人に見られると怖がれて、退治されちゃうかもしれないの」

【マシュー】
「僕が守ってあげるよ!」

さっき野犬の前になすすべのなかったマシューがにこにこと笑う。
そして服の上に着ていた、紫苑が半てんだと思っていたものを脱ぐ。

【マシュー】
「これ、この国に来るときにおじいちゃんがくれたローブ。こことここの糸を切っちゃえば、おっきくなるから」

そういってマシューは袖口と裾の後ろを縫っていた糸を切る。
するとローブと言っていたものが、マシューの言うとおり二回りも大きくなった。

【マシュー】
「これを頭からかぶっちゃえば、耳も尻尾も隠せるよ!」

紫苑がローブを頭からかぶる。
確かに尻尾まで姿を隠してくれた。

【紫苑】
「これなら平気、かしら?」

【マシュー】
「平気だよ!」

マシューがずっと片手で抱えていた大きな木の棒を嬉しそうに振り回す。
その棒からは、ツンと鼻につく刺激的なにおいがした。

不思議に思った紫苑は素直に尋ねる。

【紫苑】
「その木の棒は何?」

【マシュー】
「おばあちゃんからもらった木べらだよ! 僕、これでカレー作るの得意なの! 今日はヨーグルトカレーなんだ!!」

ウキウキしているマシューが、紫苑の手を取り早く行こうと促す。
促されるまま、紫苑はマシューに続いて歩きだした。

【マシュー】
「ここが僕のおうちだよ!」

【紫苑】
「変わった家ね……」

森を出て、日本家屋が並ぶ村を歩いて丘の上にたどり着く。
そこには一つの大きなが洋館あった。

【マシュー】
「僕の国ではこれが普通のおうちなんだ。村のほかのおうちはどうなってるか知らないけど、ああいうおうちにも住んでみたいなぁ」

そう言って洋館の鍵を開けるマシュー。

【マシュー】
「どうぞお入りください」

マシューがぺこりとお辞儀し、つられた紫苑もお辞儀する。

【紫苑】
「お邪魔します」

中に入ると、見慣れない風景。
畳がなく、玄関を靴のまま通り過ぎていく。

紫苑はつい物珍し気にじろじろと周りを見てしまった。
広そうな室内だと思っていたが、本当に広い。
そしてこんなに広いのに、家に誰もいないのが気になった。

【紫苑】
「あなた一人なの?」

【マシュー】
「お父さんもお母さんもお仕事が忙しいから。帰ってくるのは夜遅いんだ」

少し誇らしげに笑うマシュー。

【マシュー】
「お父さんがね、貿易のためにこの国に来たの。この国での貿易を任されて、それで引っ越してきたんだ。海の近くの大きい倉庫で、二人とも働いてるんだ」

【紫苑】
「こんな小さな村で貿易、ねえ」

【マシュー】
「この村だけじゃないよ。人を雇ってこの国全体に、僕の国のものを運ぶんだ。すごいでしょ」

そう言ったマシューは、大きな机と椅子のある場所に紫苑を連れていく。

【マシュー】
「ここで待っててね、紫苑……ちゃん。ご飯作るから」

【紫苑】
「私の名前、呼びにくそうね。紫苑でいいわよ、無理にちゃんをつけなくても」

【マシュー】
「呼び捨てで怒らないの?」

びっくりしたようにアメジスト色の目をぱちぱちさせるマシューに、紫苑も驚いたように言う。

【紫苑】
「怒るなら言わないでしょ。どうかしたの?」

【マシュー】
「この村に来たばっかりの時にね、僕がいつもの癖でみんなの名前を呼び捨てにしてたの。そしたら怒られちゃって。呼び捨てにしていいのは仲良くなった人だけだって。馴れ馴れしいって」

困ったように笑うマシュー。

【マシュー】
「そのせいで僕、お友達出来ないんだ。国が違うと難しいね」

【紫苑】
「そう……私は怒ったりしないから安心していいわよ」

【マシュー】
「うん! じゃあ、今ヨーグルトカレー作るから、待っててね紫苑」

【紫苑】
「ええ」

マシューが木べらを大事に抱えてとことこと走っていき、ローブを頭から羽織ったままの紫苑はそれを見送る。
そして再びあたりを見回す。

本当に広い部屋だ。
今座っているテーブルもとても大きい。
家族がたくさん住んでいるかのように。

こんなに広い空間で、マシューは一人でご飯を食べているのだろうか?

紫苑に親や兄弟と暮らしていた記憶は、もうほとんどない。
けれど、子供のころに一人きりになることはなかったような気がする。

【紫苑】
(あの子、さみしくはないのかしら)

嬉しそうに、紫苑にはよくわからない両親の仕事を話していたときは、生き生きとして嬉しそうだった。

子供でも案外一人でいるほうが気楽だったりするのだろうか?

そんなことを考えていると、少しだけ刺激臭のするいい匂いが漂ってくる。

そこにひょこっとマシューが現れた。

【マシュー】
「あとはちょっと煮込むだけだから待っててね。今日は人参も入ってないからおいしいよ!」

そう言ってまた楽しそうにとことこと歩いていく。

【紫苑】
「人参……ないのね」

タヌキの姿のまま人の村の畑で人参をかじったことがある。
なかなかおいしかった。
ないのは少しショックだ。

それでもおいしそうな匂いと、コトコトと料理が煮込まれている音、マシューが楽しそうに飛び跳ねている音を聞いていると、胸が満たされる。

一人ぼんやりしているのは退屈だ。
それでも、今は不思議と心地よい。
静かに微笑んでいると、マシューの足音が近づいてくる。

【マシュー】
「おまたせ紫苑。ヨーグルトカレーだよ!」

マシューが皿を一つ運んで、大きなさじと一緒に紫苑の前に置く。

【マシュー】
「足りなかったらお替りいっぱいあるからね!」

そう言ってマシューは、紫苑の皿よりも一回り大きい皿にカレーを山盛り盛ってやってくる。

その量に、紫苑は少しおののいた。

【紫苑】
「そんなに食べるの? 一人で? おなか壊さない?」

【マシュー】
「うん! 今日は紫苑と一緒で楽しいから、たくさん食べたいんだ!」

屈託なく笑うマシューが、何事かつぶやきだした。
目を閉じて、胸の前で手を組んで、とても真剣な様子だ。

紫苑が首をかしげる。

【紫苑】
「何言ってるの?」

【マシュー】
「お祈りだよ! これも、してたらヘンって笑われちゃうけど、大事だから!」

【紫苑】
「そう」

【マシュー】
「紫苑は笑わないでいてくれるから好き!」

そう言って、マシューはカレーをすごい勢いで食べていく。
眼鏡が湯気で曇るのもおかまいなしだ。

カレーをかきこむというよりは、吸い込むというほうが近いかもしれない。

そして時折頬を抑えては、幸せそうに眼を閉じて「おいしいっ」と歌うようにつぶやく。

【紫苑】
「……いただきます」

紫苑もさじを口に運ぶ。
口の中が少しピリリとしたけれど、味はおいしい。
刺激も食欲を誘う原因となり、さじを運ぶ手が止まらない。

【マシュー】
「おいしい、紫苑?」

【紫苑】
「ええ、おいしい。人間の料理は初めて食べたわ」

【マシュー】
「よかったぁ。僕、カレー大好きなんだ。人参は苦手だけど、カレーに入れたら食べられるの!」

【紫苑】
「……人参はそのまま食べてもおいしいと思うけど」

【マシュー】
「うぇえ? そのままだと苦いよぅ。かんでると変な甘さもあるしぃ」

【紫苑】
「それがいいんじゃない」

【マシュー】
「そっかー。紫苑は大人だねえ」

マシューの中では、人参を好むのは大人の証らしい。
にこにことカレーを頬張るマシューはあっという間にカレーを平らげた。

マシューより少ない量のカレーをのんびり食べてる紫苑を、マシューがじっと見つめている。

眼鏡ごしにアメジスト色の瞳がキラキラ輝かせるマシューに、紫苑は思わずさじを差し出した。

【紫苑】
「食べる?」

【マシュー】
「ううん、僕おなかいっぱい!」

まん丸おなかをさすってみせるマシュー。
邪気のない笑顔でマシューは続けた。

【マシュー】
「ただうれしいんだ。一緒にごはん食べる人がいて」

【紫苑】
「人じゃなくて妖怪だけどね」

【マシュー】
「それでもうれしい!」

【紫苑】
「いつも一人なの?」

【マシュー】
「そうだよ。お父さんもお母さんも朝早くて、夜遅いから」

マシューの言葉通り、もう夜になっているというのに、両親が帰ってくる気配はない。

二人の声が壁に反射して響くぐらいに広い空間に、マシューはいつも一人でいるのか。

【紫苑】
「お昼を、村の子と一緒に食べればいいじゃない」

【マシュー】
「僕は馴れ馴れしいって、嫌われちゃったから……話しかけても、あんまり答えてくれなくて……」

そうい言ってうつむくマシュー。
紫苑が、これは何か言うべきかと悩んでいると、マシューが突然嬉しそうに声を上げた。

【マシュー】
「あ! でもねでもね、今日は話をしてくれたんだよ! 紫苑がいる森の奥に、珍しい山菜やキノコがたくさんあるから、とってくるといいって。おいしいのを見つけたら友達にしてくれるって!」

【紫苑】
「――! それは嘘よ」

【マシュー】
「え?」

鋭い声で言う紫苑に、マシューが困惑する。
紫苑はカレーを食べ終えさじを置くと、マシューを見つめた。

【紫苑】
「あの森は危ないの。大人だって近づかないし、子供たちにも近づかせないようにしてるわ。マシューも見たでしょう? 森はとっても怖いのよ」

【マシュー】
「あ、うん。あれは怖かった。死んじゃうかと思ったもん」

【紫苑】
「あれはただの野犬だったけど、クマやイノシシの妖怪とか、怖いのがたくさんいるの。人間にはとても危ない場所なのよ」

【マシュー】
「紫苑は危なくないの?」

【紫苑】
「私にとっては住んでる場所だもの、怖くないわ。でも人間には危険なの。分かった? あなたはその子にからかわれたのよ」

からかわれたなどというかわいらしい言葉では表せないとも紫苑は思っていた。
マシューが傷つくと思って言わなかったが、これは陰湿ないじめだ。

マシューはこの国の人間とは違った姿をしているが、悪い人間ではない。
なのになぜ、わざと危険な目に合わせるのだろう?

考えたら、胸がむかむかした。

【マシュー】
「じゃあ、僕が教えてもらった場所を間違えちゃったのかもね。でも、今日は紫苑に助けてもらって、こうやって一緒にごはんを食べられてるから、うれしいよ」

幸せそうに笑うマシューを、紫苑は危なかったしいと思う。

【紫苑】
(人を疑うということを知らないのかしら? まだまだ親がそばにいて、見てあげなきゃいけないんじゃないの?)

【紫苑】
「マシューの親は、マシューが村の子供に何かされたときに守ってくれないの? 名前を呼び捨てにしたぐらいで、話もしてくれないなんてひどいわ」

【マシュー】
「僕が間違えたのが悪いんだよ。それに、お父さんもお母さんも忙しいから」

【紫苑】
「でも……」

【マシュー】
「ごはん食べれば元気になるから大丈夫!」

マシューは笑顔のままだ。
気にしている様子もない。

その姿にまた、腹が立った。
ここにいると、何も悪くないマシューに当たってしまいそうだ。
紫苑はそっと立ち上がる。

【紫苑】
「ごちそうさま。それじゃあ私、そろそろ失礼するわね。おいしい食事をありがとう」

【マシュー】
「ちょっと待って!」

マシューが必死な声と表情で、紫苑の手をつかむ。

【マシュー】
「ねえ紫苑、僕とお友達になってよ。僕この国に来てお友達がいなくて退屈なんだ」

マシューにしては、緊張した声だ。
かすかに震えていて、断られることを恐れているのがわかる。

【紫苑】
「……別に構わないわよ」

【マシュー】
「ほんとうっ!?」

【紫苑】
「ええ。でも私は村には簡単に来られないから――どうしようかしら」

紫苑は少し考えこむ。
一緒に食事をしたせいだろうか、この子供を無碍に扱うことが難しくなってしまった。

退屈だという気持ちもわかる。
この子供は、退屈よりもさみしいという気持ちが本音の気がするけれど。

一人で時間を持て余す気持ちは紫苑にもよくわかる。

【紫苑】
(もしかしたら――退屈なのとさみしい気持ちは、似てるのかもしれないわね)

そんなことを思い、紫苑はマシューに一つ提案する。

【紫苑】
「森の近くで待っていなさい。中には入っちゃだめよ」

森の近くにも村人たちは近づかない。
子供が森の近くまでついてきて、マシューをいじめることもないだろう。

【マシュー】
「待ってたら、紫苑がきてくれる?」

【紫苑】
「ええ、約束するわ。でも森の外で待ってるのよ。中には絶対入っちゃダメ。約束できる?」

【マシュー】
「うん!」

マシューが元気よくうなずき、紫苑は笑う。

【紫苑】
「じゃあ、また明日会いましょう。森の近くで待ってるからね」

【マシュー】
「わかった! また明日ね、紫苑!」

【紫苑】
「ええ、また明日」

先ほどの緊張した様子は消え、マシューが安心したように紫苑へ手を振る。

紫苑はマシューにローブを返して、すっかり暗くなった道を歩いて森へと戻った。

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