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ゲノム編集技術応用食品に関する法制度について その2

目次
ゲノム編集技術応用食品に関する法制度についてその1
1ゲノム編集とは
2ゲノム編集応用食品の3つのタイプ
3ゲノム編集応用食品の法制度
(1)法律に基づく規制
 ア カルタヘナ法上の規制
 イ 食品衛生法上の規制
 ウ 食品表示法上(JAS法含む)の規制
ゲノム編集技術応用食品に関する法制度についてその2
~承前~
(2)運用に基づく規制
 ア 生物多様性観点からの事前相談手続き
 イ 食品衛生観点からの事前相談手続き
 ウ 食品表示観点からの考え方
4 まとめ

(2)運用ベースの規制 ※
その1では、法律上の規制だけで、相当量の文字数を要してしまいましたが、ゲノム編集応用食品が、カルタヘナ法上の「遺伝子組換え生物等」ではない場合(前述のタイプ①に整理される食品とタイプ②の一部)には、既述のとおり法的な規制は存在しません。とはいっても、カルタヘナ法の規制の建付けと所掌範囲を参考にする形で、同法を所管する関係省庁への事前相談手続きが設えられています。
 すなわち、生物多様性への影響に関する観点(カルタヘナ法的観点)からは、環境省と農水省への事前相談が、食品衛生に関する観点(食品衛生法的観点)からは、厚労省への事前相談が必要とされています(※)。加えて、表示に関しては、消費者庁から一定の指針が出されています(特に事前相談等は不要)。それぞれについて以下概説します。
※「運用ベース」の規制?と不思議に思われる方がいるかもしれませんが、行政法学上、法律に明文の根拠がない場合でも、「行政指導」という形で、行政の要望を通すために、国民を誘導し一定の限度で協力を求めることは可能とされています。本件の一連のガイドについては、筆者は講学上の「行政指導」に分類されるのではないかと理解していますが、環境省、厚労省、農水省の一連のガイドに関するパブリックコメントの体裁を伺う限り、国としては、これら一連のガイドを行政手続法上の「行政指導」とは考えていないようです。その理由としては、現行法上「遺伝子組換え食品ではないゲノム編集応用食品」を規律する法律が存在しない以上、その領域を所掌範囲とする省庁は存在しないと整理しているのだと推察しています。もっとも、この領域をノールールとすることは、逆に、従来の育種方法と同等と評価できるゲノム編集技術について、遺伝子組換えとしてカルタヘナ法上の規制を受けるか否かの予見可能性を損なわしめ、ただでさえ後手に回ったといわれる我が国のゲノム編集技術の発展を阻害し、ひいてはこの分野における国際競争力を失うことになりかねません。そのため、次善の策として、この運用ベースでの規制となったのではないかと想像してます。

ア 生物多様性観点からの事前相談手続き
まず、生物多様性への影響観点から、カルタヘナ法上の「遺伝子組換え生物」に該当しないゲノム編集食品を使用しようとする事業者は、環境省と農水省へ事前相談の手続きをする必要があります(手続きとしては、農水省へ行いさえすれば、自動的に環境省へ共有されるようです。)
(ア)事前相談手続きの法的根拠
この事前相談手続き自体は、前述のとおり法定の制度ではありません。もっとも、中央環境審議会での議論及び検討(※)を経て、2019年に発出された環境省通知(※)及びこれを受けた農水省の通知(※)に基づいて事実上の審査が設けられています。
これは、カルタヘナ法上の第一種使用と第二種使用の区分に準じた取扱いとなっています。すなわち、一般的な使用(開放系における使用)については、情報提供書の提出による事前相談手続きが、拡散防止措置を執って使用(いわゆる閉鎖系における使用)については、当該拡散防止措置の確認書の提出による事前相談手続きが設けられました。
「ゲノム編集技術の利用により得られた生物の情報提供の手続」
https://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/carta/tetuduki/nbt_tetuzuki.html
※ 中央環境審議会(環境省)での議論及び検討は以下のHPに公開されています。2015年11月から2018年8月の計7回にわたって審議されています。
https://www.env.go.jp/council/12nature/yoshi12-07.html
※ 環境省通知(平成31年2月8日付環境省自然環境局長通知)
2019年に環境省から「ゲノム編集技術の利用により得られた生物であってカルタヘナ法に規定された『遺伝子組換え生物等』に該当しない生物の取扱いについて」という通知がカルタヘナ法所管の財務省、文科省、厚労省、農水省、経産省宛に発出されました。通知の内容は、事業者に対して、その生物の使用に先立ち、所定の項目を各分野の主務官庁に対して情報提供すべきこととされています。細々とした項目が記載されていますが、ものすごく雑にまとめると、どういう目的で、どの生物の、どの遺伝子を、どんな風に変えましたか?生態系への影響って大丈夫ですか?ということを種々報告して、事前に確認するという仕組みです。
https://www.env.go.jp/press/20190208_shiryou1.pdf
※ 農水省通知(令和元年10月9日付元消安第2743号濃新水産省消費・安全局長通知)
環境省通知を受け、ゲノム編集技術を応用した農林水産物がカルタヘナ法規定の遺伝子組換え生物等に該当しない場合の事前相談手続きを種々規定する通知です。カルタヘナ法の第1種使用、第2種使用に準じる形でそれぞれの手続きの具体的な流れを詳述しています。
https://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/carta/tetuduki/attach/pdf/nbt_appendix-2.pdf
(イ)事前相談手続きの概要(一般的な使用の場合)
事前相談手続きの概要ですが(以下は当該ゲノム編集生物が農林水産物である場合の手続きです)、ゲノム編集技術応用食品を使用することを望む事業者は、以下のステップで事前相談手続きを行う必要があります。
① 農水省に対して「情報提供書」の案を作成し相談する(農水省通知第3_1_(1)_①)。
② 農水省は、必要に応じ学識経験者に意見照会し、内容を確認する(同②)。
③ ②の確認を経た後に「情報提供書」を農水省に対して提出(同(2)、①)※
④ 「情報提供書」を農水省HPで公表(同②)
※ 「情報提供書の案」及び「情報提供書」の提出には写し1通の添付が必要です。この写しは、農水省を経由して環境省自然環境局野生生物課に遅滞なく送付されることとされています(農水省通知第3_1_(1)_②、同(2)_①)。また、電子データなどがあれば、それらも併せて提出することとなっています。
(ウ)事前相談手続きのポイント
事前相談で確認がされる主なポイントは、以下のとおりです。
・「遺伝子組換え生物等」に該当しないか?
 主に外来DNA等が含まれないかの確認です。外来DNAの有無は、PCR法、サザンハイブリダイゼーション法等により確認します。
・ゲノム編集により「どのような特徴が付与されたか?」
 意図しない変化、いわゆるオフターゲット変異(※)が生じていないかどうかの確認です。これは、植物体の形態や成分に変化がないかについてDNA検索等を行い、ゲノム編集で切った部分と類似する配列があった場合には、詳細にDNAを解析し変異の有無を確認するなどして、ゲノム編集により生じた特徴の有無を確認します。
・生物多様性への影響が生じないか(農水省通知別表第1)
 これは具体的には①競合における優位性(ゲノム編集生物が野生動植物を駆逐しないかどうか)、②有害物質の産生性(野生動植物・微生物などが減少しないかどうか)、③交雑性(近縁の野生動植物と交雑し拡がらないかどうか)、④その他生物多様性への影響の有無(①から③以外の性質で、間接的に生物多様性への影響を生じる可能性のある性質がないかどうか)から判断されます。農水省通知の別表第1で、「植物」、「動物」、「微生物」ごとに上記の①から④の判断基準が明記されています。
※ オフターゲット変異
ゲノム編集技術で用いられるCRISPERは、DNAの中に含まれる特定の20塩基を検索して結びつくように設計されており、20塩基の並びの1セットは1兆分の1の確率でしか存在しません。したがって、狙った並びを切れることはほぼほぼ間違いがないのですが、狙った並びと1から2塩基ほどの違いしかない塩基の並びに間違ってくっつく可能性があり、この並びにくっついてしまうと、本来意図しない配列を切る可能性があります。この意図しない配列を切断した結果その生物に起きる変異をオフターゲット変異といいます。ただし、そのような1から2塩基ほどの違いしかない塩基の並びが存在する確率も1兆分の1の確率でしかないこと、類似する配列があったとしても間違ってくっつくかどうかは実際にやってみないと分からないことから、オフターゲット変異が起きる可能性自体はかなり低いと評価してよいと考えられます。
(エ)後代系統の取扱い
なお、上記の手続きに基づいて公表された生物を交配して育成された生物の使用をする場合、当該生物にかかる情報の提供要否について、当面の間は、個別事例ごとに農水省に問合せを行わなければならないとされています(農水省通知第3_1_(3))。これは、後述の食品衛生観点からの事前相談手続きをした食品の後代系統については事前相談手続きが不要とされていることと差がありますが、食品衛生観点からの事前相談手続きは原則開発が完了し商品化の目途が立ったものについてのみ行われるのに対し、生物多様性観点からの事前相談手続きでは、商品化の途上の開発段階における使用も含むため、品種として開発途上のものについては慎重に判断するという考えに基づいているものと思われます。
(オ)事前相談手続きを要しない場合(拡散防止措置を執る場合)
また、ゲノム編集応用生物については、上記の事前相談手続きを要しないとされている場合が2つあります。一つは、上記の事前相談手続きとは別に任意の拡散防止措置の確認を農水省の農産安全管理課に提出し、その確認を受けて利用する場合です。もう一つは、既にカルタヘナ法上の拡散防止措置として農水大臣から確認を受けた使用方法又は同法所定の拡散防止措置を執って行う場合です。
① 任意の拡散防止措置の確認(農水省通知第3_2_(1))
以下のステップで拡散防止措置の確認を行います。この確認は農産安全管理課長が行うこととされており、カルタヘナ法上の農水大臣が行う確認とは別物です。
ⅰ 拡散防止措置に関する確認書を、農水省(農産安全管理課長)に提出する。データがあればそのデータも提出。
ⅱ 農水省は、必要に応じ、専門家の意見を聴いた上で、当該拡散防止措置の有効性を確認する。
ⅲ 上記の確認を経て、当該拡散防止措置の有効性が認められる場合は、事業者にその旨を通知し、確認を受けた事業者とその生物の名称が農水省のウェブサイトに公開する。
なお、本稿執筆現在、この確認を経たゲノム編集生物は存在しません。
https://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/carta/tetuduki/nbt_tetuzuki.html#flow01
② ①の手続きが不要な場合
農水省通知に添付された別表に記載されている拡散防止措置を行う場合は、個別の確認が不要とされています。別表は「別表第2」と「別表第3」の2種類に分かれています。建付けとしては、カルタヘナ法の拡散防止措置と同等の措置を執っていれば、個別の確認を不要とするという発想です。
 「別表第2」は、生産工程外の保管と運搬行為について拡散防止措置を定めており、内容はその1で紹介した産業利用2種省令とほぼ同じです。「別表第3」は、生産工程における使用全般に渡る拡散防止措置を定めており、「微生物」、「動物」、「植物」と生物の区分に応じてそれぞれ拡散防止措置が異なります。なお、「別表第3」の拡散防止措置を用いるには以下の3つの条件を全て満たす必要があり、この条件を満たさない場合は、上記の確認手続きを経る必要があります。
ⅰ ゲノム編集された細胞及びその個体が属する品種又は系統について、①の確認手続きを経たこと又はカルタヘナ法の第2種使用の確認手続きを経ていること
ⅱ ゲノム編集の結果得られた生物が微生物である場合に、ヒトや鳥などの動物に対する病原性がないこと又は低く、かつ、伝播性が低いこと
ⅲ 当該ゲノム編集の結果得られた生物が動物である場合に、運動能力が、ゲノム編集された細胞及びその個体と同等以下であること 

イ 食品衛生観点からの事前相談手続き
次に、食品衛生の観点から、カルタヘナ法上の「遺伝子組換え生物」に該当しないゲノム編集食品を使用しようとする事業者は、厚生労働省へ事前相談の手続きをする必要があります。
(ア)事前相談手続きの法的根拠
この事前相談手続き自体は、上述の生物多様性観点からの事前相談手続きと同様に法定の制度ではありません。もっとも、農水省通知と近接するタイミングで、厚労省の取扱要領(※)が2019年9月に定められており、この取扱要領に基づき事実上の安全性審査が設けられています。
※ 厚労省取扱要領(令和元年9月19日付け大臣官房生活衛生・食品安全審議会決定、最終改正令和2年12月23日)
ゲノム編集応用食品とゲノム編集応用添加物のそれぞれについて、事前相談と届出の手続きなどを定めたものです。
https://www.mhlw.go.jp/content/000709708.pdf
取扱要領のQ&A(令和2年12月24日付)も定められています。
https://www.mhlw.go.jp/content/000711066.pdf
(イ)事前相談手続きの概要
事前相談手続きの概要ですが、大きくは、最初に事前相談をする。次に、事前相談の結果、「届出」対象に該当すると厚労省が判断した場合は、「届出」手続きを、食品衛生法の「安全性審査」が必要と厚労省が判断した場合は、「安全性審査」を行うという建付けになっています。
 ゲノム編集技術応用食品の販売を開始することを望む事業者は、以下のステップで事前相談手続きを行う必要があります。
① 事前相談手続き申込書を<厚労省医薬・生活衛生局食品基準審査課新開発食品保健対策室>に提出する(厚労省取扱要領4_(1))。
② 厚労省において、<遺伝子組換え食品等調査会>に諮問の上、「届出」に該当するか、「安全性審査」に該当するかを審査し回答する(同(2))。
※ 場合によっては、<食品安全委員会>に意見を諮問した上で、結果を回答することとされています。
③ 上記①、②を経て「届出」該当の場合は、事業者は上市前に、以下の情報を厚労省に届け出る(同5)。
 <ゲノム編集応用「食品」について(同(1))>
 ・開発した食品の品目・品種名及び概要(利用方法及び利用目的)
・利用したゲノム編集技術の方法及び改変の内容
・ 外来遺伝子及びその一部の残存がないことの確認に関する情報
・ 確認されたDNAの変化がヒトの健康に悪影響を及ぼす新たなアレルゲンの産生及び含有する既知の毒性物質の増加を生じないことの確認に関する情報
・特定の成分を増加・低減させるため代謝系に影響を及ぼす改変を行ったものについては、標的とする代謝系に関連する主要成分(栄養成分に限る。)の変化に関する情報
・上市年月(※上市後に厚生労働省へ届出)
 <ゲノム編集応用「添加物」について(同(2))>
・開発した添加物の品目名及び概要(利用方法及び利用目的)
・利用したゲノム編集技術の方法及び改変の内容
・外来遺伝子及びその一部の残存がないことの確認に関する情報
・規格基準告示に定められた成分規格に適合している旨
・上市年月(※上市後に厚生労働省へ届出)
④上記の届出を受けて厚労省は以下の情報を公表します(同5)。
<ゲノム編集応用「食品」について」(同(1))>
・届出者名、開発者名及び届出年月日
・ 品目・品種名及び概要(利用方法、利用目的)
・ 利用したゲノム編集技術及び遺伝子改変の概要
・確認されたDNAの変化がヒトの健康に悪影響を及ぼすおそれがないことを確認した旨
・標的とする代謝系に関連する主要成分(栄養成分に限る)の変化の概要
・上市年月(※届出受理後に公表)
<ゲノム編集応用「添加物」について(同(2))>
・届出者名、開発者名及び届出年月日
・品目名
・利用したゲノム編集技術と遺伝子改変の概要
・規格基準告示に定められた成分規格に適合している旨
・上市年月(※届出受理後に公表)
本稿執筆時点で公表されているゲノム編集応用食品はその1でご紹介したサナテックシード社のGABA高蓄積トマトのみです。
https://www.mhlw.go.jp/content/000704532.pdf
なお、③で届け出た情報と④で公表される情報は完全にイコールではありません。③では、ゲノム編集技術の方法や遺伝子改変の内容まで届け出ないといけないことになっているのに対して、④ではその概要を公表することとされており、情報の粒度が異なります。これは、ゲノム編集応用食品の開発に必要な技術情報については、その事業者のノウハウや、出願前の知的財産権に関わる情報を含むため、あくまで公表される情報をその概要に留める必要があるためです。
(ウ)事前相談手続きにおける留意点
まず、食品衛生観点からの事前相談手続きを行うことができるゲノム編集応用食品又は添加物は、商品化を目的として既に開発されたものに限定されています(厚労省取扱要領4_(1))。したがって、商品としての開発が途上のものについてはこの事前相談手続きを行うことができません。そのため、商品開発途上における使用については、上述の生物多様性観点からの事前相談手続きを先行して行う必要があり、その開発が終わった段階で、食品衛生観点からの事前相談手続きを行うことになります。
また、相談、届出をしようとするものが、微生物に由来する「添加物」である場合は、その前提として、食品衛生法の成分規格基準に適合している必要があり、添加物製造加工業の営業許可を取得している必要があります(厚労省取扱要領3_(1))。加えて、微生物由来の添加物については、一定の場合※には届出が不要とされいます(同)。
※ 一定の場合とは、以下の2つの場合とされています。
・「当該添加物がゲノム編集技術により得られた微生物を利用して製造された物であり、当該微生物が分類学上同一の種に属する微生物又は自然界に存在する微生物と同等の遺伝子構成であることが明らかである場合」
 これは、いわゆるセルフクローニング、ナチュラルオカレンスと呼ばれているもので、遺伝子組換え技術を応用していたとしても、食品衛生法上は、遺伝子組換え食品及び添加物とみなされず、安全性審査をする必要がないとされているものです。ゲノム編集応用添加物についても同様のことが起こりえるため、これと平仄を揃えて届出が不要とされています。
・「当該添加物がゲノム編集技術により得られた微生物を利用して製造された物であり、高度精製添加物である場合」
 「高度精製添加物」についても、遺伝子組換え技術を応用していたとしても、食品衛生法上は、遺伝子組換え食品及び添加物とみなされず、安全性審査をする必要がないとされているため、この処理と平仄を揃えたものです。これはその添加物が高度に精製されているため、ゲノム編集技術に由来するタンパク質が含まれないことから認められています。
(エ)後代交配種の取扱いについて
ゲノム編集技術応用食品として届出を行い、その公表がなされた品種に、従来品種を伝統的な育種方法により掛け合わせた品種については、上記の事前相談手続き(事前相談+届出)をする必要がないとされています。これは、そもそも上述の事前相談+届出がされたゲノム編集技術応用食品については、従来の育種技術でも起こりうる変異の範囲内であると判断されたために届出で足りることとされているのだから、さらにこの届出がされた食品を従来の育種方法で育種したからといって、その食品の安全性に影響を与えるわけではないという考えに基づいています。

ウ 食品表示観点からの考え方
(ア)表示義務について
消費者庁は、ゲノム編集技術を応用した食品でカルタヘナ法上の遺伝子組換え食品に該当しないものについて、「ゲノム編集技術応用食品の表示について」(※)(令和元年9月消費者庁食品表示企画課)を公表しています。また、Q&Aも公表しています。
これらに示されたところによれば、ゲノム編集技術応用食品のうち、組換えDNA技術に該当しないものについては、現段階では食品表示基準の表示の対象外、すなわち、法律上はゲノム編集技術応用食品であることを明示する義務がないという考え方に立っています。
その理由としては、2点あります。まず、外来遺伝子が残存しないものについては、ゲノム編集技術を応用したものなのか、従来の育種技術を用いたものなのかを科学的に判別することができない点です。次に、国内外においてゲノム編集技術応用食品に関する取引記録等の書類による情報伝達の体制を構築することが困難である点です。つまり、遺伝子組換え食品の場合は、最終的に外来遺伝子が残存しているかどうか、その食品を科学的に解析すれば、そのようなものかどうかの検証が可能であるため、IPハンドリングによる社会的検証により真正性を担保することができましたが、そもそも外来遺伝子が残存していないゲノム編集技術応用食品は、それが従来の育種技術による変異によるものか、ゲノム編集技術を応用したものなのかが科学的に;判別できないので、IPハンドリングによる社会的検証が困難であるためです。
(イ)ゲノム編集技術応用食品であることの任意の表示について
上述のとおり法律上の表示義務はありませんが、当該食品がゲノム編集技術に由来するものであるかどうかを知りたいという消費者が一定数いることを考慮し、事業者がゲノム編集技術応用食品に関する表示を行うことは可能とされています(Q&A_ゲノム編集_3_2)。この場合、事業者自らが、食品が消費者に供給されるまでの各段階で取引記録その他の合理的な根拠資料を用意すべきとされています(同)。
加えて、消費者庁は、上述の厚労省の届出と公表を経た食品については、事業者がゲノム編集技術応用食品に関する表示を行うよう努めるべきという考え方に立っているようです(同)。
(ウ)「ゲノム編集技術応用食品でない」旨の表示について
また、事業者がゲノム編集技術応用食品ではない旨の表示を行うことも可能とされています(Q&A_ゲノム編集_3_3)。
もっとも、外来遺伝子が残存していないゲノム編集技術応用食品については、科学的にゲノム編集技術に由来するものか従来の育種技術によって得られたものかの判別が困難であることから、事業者において一定の根拠資料を準備しておく必要があります。仮にゲノム編集技術に由来するものである場合に、「ゲノム編集技術応用食品ではない」と表示することは、食品表示基準上は、虚偽の表示として禁止される行為となるためです(虚偽であることを立証できるかどうかは別論ではありますが)。
 例えば、以下のような根拠資料が例示されています(Q&A_ゲノム編集_4_3)。
①農産物の場合
種苗会社による種子に関する証明を起点として、生産段階から製造、販売の流通に至るまで、他の品種と混ざらないように管理されたことが確認できる書類。
②水産物の場合
稚魚に関する証明を起点として、稚魚の養殖段階から製造・販売まで、他の漁港や養殖場から出荷されたものと混ざらないように管理されたことが確認できる書類。
 これらの例示を見る限り、農産物であれば種子、水産物であれば稚魚など、その真正性は、生産のスタート地点の事業者の証明にかかっているともいえ、これらの起点となる事業者の協力がなければ、適切な管理は難しいように思われ、生産、流通、販売の全ての過程を押さえている事業者であればともかくとして、生産流通の一段階を担うにすぎない一事業者だけの努力では適切な表示は困難であるため、一連の事業者の協力があって初めて「ゲノム編集技術応用食品でない」旨の表示が可能となると考えます。
(エ)「遺伝子組換えでない」と表示することについて
遺伝子組換えに該当しないゲノム編集技術応用食品については、食品表示基準の規定に従う限り、「遺伝子組換えでない」という表示をすることは可能とされています(Q&A_ゲノム編集_5)。なお、食品表示基準上「遺伝子組換えでない」と表示できる作目は限定的(じゃがいも、大豆、てんさい、とうもろこし、なたね、わた、アルファルファ、パパイヤ)であること、分別生産流通管理の結果、「遺伝子組換えでない」ことが確認されたものにしか表示できないことから、ゲノム編集技術応用食品について「遺伝子組換えでない」という表示をすることができる場面は限られているといえます。また、仮に上記作目について適切に分別生産流通管理が行われ、「遺伝子組換えでない」という表示を行うことができるとしても、ゲノム編集技術の適切な理解が確立されたとはいえない現段階では、消費者の受け止め方として、遺伝子組換えとゲノム編集を混同している可能性も否定できません。したがって、「遺伝子組換えでない」という表示と併せて「ゲノム編集技術を応用した食品であること」を適切に情報提供に努めるべきという考えを消費者庁としては持っているようです(同)。
※ ゲノム編集技術応用食品の表示について
https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/quality/genome/pdf/genome_190919_0001.pdf
※ Q&A
https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/food_labeling_act/pdf/food_labeling_act_190919_0011.pdf

4 まとめ 
以上見てきたように、一口にゲノム編集技術応用食品といっても、それがカルタヘナ法上の遺伝子組換え生物に該当する場合とそうでない場合とで規制の在り方が相応に異なります。
前者はカルタヘナ法の手続きを起点として、食品衛生法、食品表示法と相応に錯雑とした手続きが必要になります。一方、後者においても、法定の制度ではないものの、事実上の審査ともいうべき事前相談手続きが策定されており、それなりの手数と工数がかかる設えとなっています。したがって、いずれにしても、ゲノム編集技術応用食品を使用しようとする事業者は、農水省、環境省、厚労省、消費者庁などの関係各省庁と事前相談等の手続きを避けることはできず、むしろ、この運用が根付いていく中で改善されるべきは改善され、強化されるべき部分は法定のルールとなっていくのではないかと思われます。
今後もゲノム編集技術自体の発展、科学的知見の充実、国際的な議論を踏まえて、法律の建付けや、運用上のルールにも見直しが行われていくかと思われますが、気候変動問題や食糧安全保障という人類が直面する共通課題の解決に資する可能性のあるこの魅力的な技術領域について、法的な側面からではありますが、引き続き情報発信していきたいと思います。



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