小さな巨人ミクロマン 創作ストーリーリンク 「タスクフォース・コーカサス」 0002

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【コーカサス司令部】
苦しかったあの戦いは過去の記憶となり、ミクロマン達にとって、平和そのものの毎日が続いていた。

「……通信、終わります。副司令らは、間も無く名古屋支部を出られるとの事です」
メインオペレーターのアゲハが、ミクロマン名古屋支部との定期通信の報告を終わると、今度は別のオペレーターが報告を上げる。
「哨戒任務の為、サーベイヤースカイが間も無く発進します。パイロットは、戦闘部隊タカキ隊員です」

「……遊覧飛行かァ、あたしも同乗したいな……」
それを聞いたアゲハが、ハニーボイスで羨ましそうに呟くと、その緊張感の無い背中を、凛とした叱責の声が撃った。

「アゲハ!」
「す、すみませんっ、司令補佐!」

顔を赤くしてうなだれるアゲハの背後にスッと立ったのは、コーカサス基地司令補佐のアメノだった。

『全く……司令がいい加減な人だから、部下まで緊張感が無くなるのよ……』
気難しい顔をして、アメノは胸の内で呟いた。

正に〔才媛〕の名が相応しいアメノとは正反対に、この基地の司令を務めるジクウは〔昼行灯〕の名が相応しい男だった。

ジクウは、前の戦いの間に蘇生した〔戦中世代〕より、更に早く蘇生した〔戦前世代〕である。その為、到着後の地球圏の調査から、仲間の探索、アクロイヤーを始めとする敵対勢力との戦いなど、幾多の経験をしている筈だ。

だがここでは、職務をアメノや部下に任せっきりで、自分は特に何をするでも無く、毎日ダラダラしている。そんな今の彼しか知らない〔戦後世代〕の中には、彼の事を〔窓際司令〕〔ノンキな父さん〕〔司令補佐の座布団〕などと囁く者まで現れる始末だ。

つい先ほども、地球人協力者に貰った服を着て現れ……

「アメノさん、どう?似合うかなぁ?」
「司令、一体何のご冗談です?」
「いやぁ、これケイスケ君に貰ったんだけど、たまたまワゴンセールで見かけたんで買ってきてくれたんだって。彼、万年金欠なのに無理しちゃって、ホント泣かせるよねぇ。まぁ、人形用だから着心地がイマイチなのはしかたがないけどねぇ。あ、そう言えば女の子用もあるんだけどアメノさん着てみる?似合うと……」
「結構です!」

そんな二人のやり取りは、〔夫婦漫才〕と呼ばれていた。

『司令だけがいい加減かと思えば、副司令の方はいつも飲んだくれて下らない駄洒落ばかり言って……どうして、もっとしっかりしてくれないのかしら、あの人達は……』

副司令を務めるジンは、ジクウと同時期に蘇生した親友で、彼も自分の補佐であるアケボノに職務を任せっきりで、アメノの言葉通り毎日を過ごしていたが、ジクウの素行が目立ち過ぎるお蔭でやり玉には上げられなかった。独特の駄洒落が、特に女性隊員に不評だったが……

『とにかく司令の、ちょっと目を離した隙にどこかに雲隠れする癖は、本当に困るわ。一度釘を差しておいた方がいいわね……』

アメノはそう思い立つと、司令官席の方へ振り返りながら、話し掛ける。
「司令、ちょっとお話が……」

しかし、そこに席の主の姿は無かった。

……アメノの爆発に備え、アゲハ達は首を竦めた。

【コーカサス格納庫】
「やばい、急がないと!くっそー、アマネの奴!何も俺じゃなくても……」

哨戒発進の予告アナウンスの中、哨戒要員のタカキは、サーベイヤースカイに向かって慌てて駆けていた。

コーカサスには、純然たる航空機は殆ど配備されておらず、サーベイヤーシステムが中核を担っている。

サーベイヤーシステムとは、陸での運用を主体とするヴィークルタイプのサーベイヤー1、空での運用を主体とする航空機タイプのサーベイヤー2、海での運用を主体とする戦艦タイプのサーベイヤー3の基本形態から成り、各機体の構成ユニットが共通規格で設計されている為に高い互換性を持ち、それらの組み合わせによってあらゆる目的に柔軟に対応する事が可能な、マシンシステムの総称である。

コーカサスに配備されている物は、従来型と外観上の違いは無いが、構造材に新素材を採用しアビオニクスの強化が計られている改修型で、従来型と区分する為、サーベイヤー1タイプをサーベイヤーランド、2タイプを同スカイ、3タイプを同アクアと呼称していた。

駆けながらタカキのボヤキは続く。
「……インストールのやり方なんか、エンゲツかソラにでも聞いてくれよ。まぁ、ギリギリまで付き合った俺も、人が良過ぎるんだけど……」

出遅れたタカキに、整備クルーのからかいが飛ぶ。
「頼んますよ、鈍亀先生!」

「了解!」
と口では返しつつも、胸中のモヤモヤは晴れない
『チェッ!……まぁいいや、空に上がれば、ゴチャゴチャした事なんか忘れられるさ……』
しかし、彼にそれを忘れさせたのは、管制クルーの狼狽えた声だった。

「し、司令!発進準備中です、機体から離れて下さい!」
今、正にコクピットに乗り込もうとしていたタカキが振り返ると、機体横に居たのはクルーと押し問答するジクウだった。何か、愛らしい衣装をまとっているが……

「俺も後ろに乗ってくのに、離れたら乗れなくなっちゃうじゃないの?」
「又そんな事を……勘弁して下さいよ……」
「別に俺一人が増える位で、燃料くっちゃう訳でも無いでしょ?」
『やれやれ……』

肩を落としつつ、タカキはジクウに声を掛けた。

「司令!」
「おぅ、タカキ。連れてってよ、遊覧飛行」
「……分かりました、急いで下さい」

かねてからタカキは、上官である戦闘部隊隊長ハルカに、
「司令の行動には何か考えが有るのさ。だから好きにさせてあげてくれないか」
と言われていた為、あっさり承諾するとコクピットに乗り込み、頭を抱えるクルーを横目に発進準備に取り掛かった。
本当は、余り気が進まないが……

「ゲートオープン!進路クリア!」
タカキは管制クルーの声に、軽く頷いた。
機体の最終チェックは完了、ジクウも着ていた服をいつの間にか脱いで無事乗り込み、ゴロ寝としゃれこんでいる。

「シグナルライトオールグリーン、発進許可を願います!」
「サーベイヤースカイ、発進を許可する!」
「了解!サーベイヤースカイ、テイクオフ!!」

大空に向けて、タカキ達は飛び立った。

【名古屋市上空】
サーベイヤースカイはあっという間に高々度まで到達し、哨戒シークエンスに移った。

哨戒任務は固定コースの場合、予め入力されたデータに基づき操縦や索敵等、全てを機体の管制・警戒システムが自動で行う。
その為、特に問題が発生しない限りパイロットはただ座っているだけで良く、アゲハやジクウが、哨戒任務を遊覧飛行と呼んだのもあながち間違ってはいなかった。

このサーベイヤースカイはスパイロイドを搭載しており、単独パイロットでの運用において人気が有るが、例えそれがドロイドであっても、誰かが同乗してくれているという事が、人気理由の一つなのだろう。

「♪フン、フン、フン、フ、フン、フ、フ~ン……」
ジクウのノンキな鼻歌が聞こえてくる。

今回はジクウが同乗している手前、いつもの様にスパイロイドから女性隊員の噂話を聞き出すと言う訳にも行かない、残念だが。
そこでタカキは、思い切ってジクウと話をする事にした。

「司令、宜しいですか?」
「んー、何?」

モニターに映るジクウは、発進時と変わらぬゴロ寝の姿勢でぼんやり外を眺めている。
既にサーベイヤースカイは名古屋市を南下し、眼下に名古屋港を臨んでいた。その先には伊勢湾が広がっている。

「基地じゃ今頃、司令補佐がカンカンですよ。大丈夫なんですか?」
「そうだねぇ……じゃあ、『一人で行くのは嫌だ!』って、お前さんが無理矢理俺を連れてった事にしといてくれる?」
「そんな無茶な……あの……何故、司令は時たま哨戒任務にご同行なさるんですか?やはり現場の視察が目的とか……」
「……空はいいねぇ、地球が生んだ自然の極みだよ、そう感じないかい?タカキ君」

「はぁ……」

案の定まともに取り合って貰えずタカキはがっくりしたが、彼は他の隊員ほどジクウを馬鹿にはしていなかった。

『やっぱ隊長に頼まれてるから贔屓目に見ちゃうのかな。なんでも、司令は前の戦いからの上官だって話だから、隊長も気使ってるんだろうなぁ……でもハルカ隊長にしたって、戦闘部隊隊長なんてタイプじゃないんだよな。どっちかって言うとエディケーションエリアでサンドイッチなんか頬張りながら、生徒の回答の採点でもしている方がよほど似合ってるんだけど……』

そんな事から、ジクウとハルカはセットでここに左遷されたのだ、と言う隊員もいる。
『でも、俺が隊長を尊敬する気持ちに、変わりは無いさ……』

かって、タカキがシミュレーション演習に於いて対戦相手の挑発に乗せられた結果、惨敗して落ち込んでいた時、ハルカは一言だけこう言ったものだ。
「自分の能力で出来る事だけに、責任を果たせる様になれればいいさ」

『その時は気休めにしか聞こえなかったけど、まず自分の力量を把握する事が大切なんだって後で分かったんだ。それからだな、他人の目を気にせず無理しない様になったのは……』
ハルカ自身はと言うと、シミュレーション演習に於いてはあっさり優勝候補を破った。

『あれはたまたま運が良かっただけだ、って言う声もあったけど、俺は隊長が実力で勝ったって信じてる』
それ以来、タカキはハルカを尊敬する様になった。

『そんな隊長の昔からの上官である司令……本当に、只の〔昼行灯〕なんだろうか?』
彼等には共通する何かを感じるが、それが具体的に何なのか、タカキには分からなかった。

「タカキ……」
「……あ?は、はい!何でしょうか?」

ジクウの呟きに、タカキは我に返った……が、しかし……

「今日の伊勢湾は、いつもと違ってどんよりしてるな……」
「え?」

ジクウが、こんなにトーンの低い真面目な声で呟くのを聞くのは、タカキにとって初めての事だった。

「そ、そうですか?」
突然の事に戸惑いを隠せない顔で返事をして、自分も眼下を見下ろそうとした、その時……

<ビーッ!>
コクピット内に、アラームが鳴り響いた。

「な、何だ!」
慌てて、音の発信源であるレーダーに眼を向けるタカキ。そこには……

前方に……所属不明機!?」

【コーカサス司令部】
<ビーッ!>

警戒システムのアラームが鳴り響き、司令部は緊迫した空気に包まれていた。

「伊勢湾沖上空のサーベイヤースカイから入電。前方に所属不明機を発見との事です!」
「所属不明機?地球人側の未登録機体かしら……」
アゲハの報告にいぶかしむアメノ。それに対しアゲハが即答する。

「それにしては、サイズが小さすぎる様ですが……今、システムがデータの解析中です……解析完了しました……え?……な、なによこれ!?」
『……又、この子は!』

アゲハの取り乱した言葉にアメノは苛立ち、思わず一喝する。

「それが報告なの!?」
しかし、振り返ったアゲハの様子はいつもと違い、僅かに唇を震わせている。

「す、すみません!……か、解析結果は……その……ベースロケッター2と出ました!!」
「ベースロケッター2!?」

それは、前の戦いに於いてミクロマンが第一線に投入した新タワー基地、通称レスキュータワー基地の構成ユニットを組み替えた高速巡行形態の名称だった。

「で、でも、味方識別信号は確認されてないと……」
極度の緊張からか、アゲハの声は少しかすれ気味だ。
他のオペレーターが続けて報告する。
「念の為、名古屋支部にも照会しましたが……現在の所、該当エリア内での同機体のフライトプラン提出、及び緊急発進報告は無いとの事です!」

前の戦いが終結して現在の体制が確立してからは、前もってのフライトプランの提出、又、緊急発進の場合は関連部署への速やかな報告を義務付けられており、それらは直ちに管制システムの管理下に置かれる為、警戒システムにオーダーされる事は、理論上ありえない。

『どういう事なの?』
アメノは疑問を感じつつ、別の可能性を確認する。
「警戒システムの誤作動や、ハッキングの可能性は!?」
「自己診断プログラムはオールグリーン、監視システムにも異常ありません!」

オペレーターの回答に、戸惑うアメノ…

『……他に考えられる事は、二つしかない。一つは、かつての敵対勢力が同じ物を作り上げて現れた。でも、わざわざそんな事をして、一体何のメリットが……恐らくそれは無いわ。そうなると、後はもう一つの……』

「まさか、あれは……」
アメノがその考えを口にしようとした時、アゲハの声がそれを遮った。

「司令補佐!サーベイヤースカイからです。司令補佐に出て欲しいと……」
「メインスクリーンに回して!」

スクリーンに映し出された機内映像は、二つのウィンドウで構成されており、片方にはタカキの姿が、そしてもう一方には……

「ジクウ司令!?あなたって人は!又……」
「アメノさん、その話は後だ。こちらで捕捉した奴だけど」

そして声のトーンを落とすと、ゆっくりとはっきりこう告げた。

「多分、あれは〔奴さん達〕だ」

「そんな!?やっぱり……」
ジクウの考えが、先ほど自分が口にしかけた事と同じであると知り、アメノは愕然とするが、それに追い討ちを掛けるように、タカキの叫びが割り込む。

「し、司令!新たな機影が!!……数は二……いや三機です!……やはり所属不明!……これで所属不明機は計四機です!!」

眩暈を覚えつつ、アゲハに指示するアメノ。
「解析急いで!!」

「……出ました!……解析結果は……ロ、ロボットマン2?……ゴッドファイター!……そ、それに移動基地!?……ど、どうして……こんなのばっかり出るのよ!?」
もはやアゲハはパニック寸前だった。しかし当事者である筈のジクウは、彼女とは対照的にノンキな様子でボヤく。

「うーん、〔奴さん〕達、何考えてんのかなぁ……アメノさん、ジン達は?」
「今こちらに向かってる所です!それより司令、あなた達の方が……」

1対4、単純に数の差から言っても、ジクウ達の劣勢は否めない。

「うん、多分まだ大丈夫だと思うわ。とにかく、そっちの事はあいつらと相談して決めてくれるかなぁ。いつ迄も通信してると、そっちの位置がバレちゃうから、もう切る……」
相変わらず他人事のようなジクウの声に、突然ノイズが被り出す。

「……司令!……間も無く有効射程……どうすれば……」
タカキの指示を仰ぐ声も例外ではなく、映像も大きく乱れ出した。
「……ありゃ……どうやらジャミング……手回しが……」

通信は切れ、ホワイトアウトしたスクリーンと、ノイズ音だけが残された。

「サーベイヤースカイ!応答して下さい!!サーベイヤースカイ!お願い応えて!!」
アゲハが眼に涙を溜めて懸命に呼び掛けるが、応答は無い。

スクリーンの映像が自動的に状況画面に戻るが、ジャミングで現在の状況が把握出来なくなった為、切断寸前の状況から計算された予想モデルを映す。スクリーンの縁にはそれを表す〔SIMURATION〕という文字が帯状に流れるが、実際の空では刻一刻と仮想では無い現実が繰り広げられているのだ。

その映像を見つめたまま立ち尽くすアメノは、拳を握り締め、哀しみと憎しみがない混ぜになった顔をして叫んだ。

「奴ら……本気で戦争を始めるつもりなの!?」

「そんな!?」
アメノの言葉に、思わずアゲハは席から立ち、口元を両手で覆う。他のオペレーターも、顔面蒼白になった。

4機の所属不明機が間違い無く本物で、最低でも通常装備ならば、どの機体も非常に高い攻撃力を持っている事になる。特に、ロボットマンタイプの主火器である光子波光線砲、そして移動基地の超兵器である地海底ミサイルの破壊力は底知れない。

それは、前の戦いを知らないアゲハ達も、教育課程で嫌と言うほど教え込まれており熟知していた。もし、それらが一斉に使用されたら……その有様を想像して、アゲハ達が恐怖しアメノがナーバスになるのも無理はない。ただ、アメノの感情の中には、何か個人的な想いも込められている様に見えるが……

前の戦いが終結して、今の体制になってからというもの、特に何事も無く、正に平和そのものだった日々。それらを嘲笑うかの様な事態に、司令部は翻弄されていた。

呆然自失の自分に気が付き、冷静さを取り戻そうとアメノは自分で頬を叩き、叫んだ。「奴ら、絶対に許さないわ!!」

アメノの叫びと、司令部のドアが開いて、名古屋支部から戻ったばかりのジン達が飛び込んできたのは、ほぼ同時だった。ジンの他には、アケボノ、ハルカ、救助部隊隊長ダイチ、防衛部隊隊長ムゲン、維持部隊隊長バンリ、彼らに付いてコーカサスを訪れたばかりのベテランコマンドのタツヤとアンがいた。

「アメノちゃん、ゴメン。待たせちゃったかな?」
「ジ、ジン副司令……」

その場の空気を感じつつも、我関せずと穏やかに話し掛けるジン。落ち込んだ後輩の少女に明るく声を掛ける、兄貴分の先輩の様な彼の声に、アメノの張り詰めた気持も多少は和らいだ様だ。

アケボノとアンは、顔をくしゃくしゃにして体を震わせて立ち尽くすアゲハの元に駆け寄り、優しく接する。
「アゲハ、とにかくこっちに行きましょう……さぁ、座って……何か飲み物を持ってくるわね」
「もう大丈夫よ。皆がいるから心配しないで」
「……副司令補佐……アンさん……」

迷子の子供の様な表情で、アゲハは声を漏らす。

「何だ何だ、そんなに根詰めて仕事してると、すぐに老けちまうぞ!ワッハハハ……」
明らかに場違いな事を言って大声で笑うムゲンだったが、その姿に他のオペレーターも少し安心感を覚えた。

「司令補佐、ちょっと前を失礼します」
ハルカは軽く会釈してアメノの前を横切り、アゲハの席に行くとモニターをチェックして事態を把握した。彼の後ろに、ダイチやバンリら他のメンバーも集まる。

そしてハルカはジンに向かって、落ち着いた態度でこう告げた。
「副司令、サーベイヤーランド、アクア、マシーンZで緊急出撃します。宜しいでしょうか?」
「ん、君の提案に異存は無い。皆の意見は?」

「私の部隊も発進します、副司令」
ダイチが発言する。頑固そうな見掛けに相応しい重厚な声だ。

「両部隊が出払っても、ここの守りは心配ありませんよ!」
ムゲンが、バンと胸を叩いて請け合う。

「それに物資もありますから、充分に持ちこたえられます」
神経質そうなバンリが、冷静な口調で言うと、

「俺とアンにも何か手伝わせて下さい。人手は多いに越した事は無いでしょう?」
続いてタツヤが、拳を体の前に掲げて申し出た。

ジンはそれに頷くと、全員の顔を見回し口を開いた。
「いつもジクウが現場に出払っちゃうから、俺は今回も留守番だ。それじゃ皆、頼むな!」

「了解!」
彼らはジンに一礼すると、足早に司令部を出て行った

ジンはアメノの方を見ると、下手なウィンクをしてこう言う。
「アメノちゃんは俺のサポートを頼む。そうだな、折角だからアゲハ嬢ちゃんの代わりにメインオペレーターもやって貰おうかな。ん~、な~んか昔を思いだしたりなんかしちゃったりして~。あの頃のアメノちゃんは今にも増してお嬢ちゃんでウブ……」

「ふ、副司令!!」
ジンの喋りは、頬を赤らめたアメノの上ずった声で中断されたが、そのおちゃらけの中に込められたジンの心配りに、アメノは深く感謝した。

アゲハは、まるで不思議な物でも見る様な表情で、事の成り行きをただ呆然と見守っていた。

「どうしたの?」
アケボノが、アゲハの肩に優しく手を置き、尋ねる。

「……ジン副司令って、いつもお酒飲んでて、いい加減な人だとばかり思ってたのに、どうして今は、頼りがいのある、大きな人に見えるのかなって……ハルカ隊長も、普段のボーッとした様子と違って、まるで別人みたいだし……皆、一言言葉を交わしただけで、お互いに信頼しあった顔で飛び出して行って……普段と今と、どっちが本当なんだろう……」

「さぁ、どっちが本当なんでしょうね?」

アゲハの問いに、アケボノは悪戯っぽい微笑みを浮かべて、同じ言葉を繰り返すだけだった。

「……あたし、自分の席に戻らなきゃ……」
「無理しなくても良いのよ?」

アケボノは、アゲハを気遣って優しくなだめるが、
「……オペレーターは、あたしの大事な仕事だから……」
そう答える瞳に芯の強さを見て、後は彼女自身に任せる事にした。

「そう、分かったわ。でも駄目な時は言ってね。アメノも私も、力になれるわ」
「……ありがとうございます、副司令補佐……」
差し出されたアケボノの手のぬくもりに勇気付けられて、アゲハは立ち上がった

【コーカサス格納庫連絡通路】
基地内には、第一級戦闘体制を知らせるアラームが鳴り響き、騒然となっていた。

普段のノンビリ振りからは想像も付かない早歩きで、格納庫へ向かうハルカ。

少し遅れて後を追うのは、デスクワークの達人で戦闘部隊隊長補佐のアワユキである。
愛用の情報端末を抱えて歩くその表情が、緊張というより何故か寂しげに見えるのは、いつもなら彼の横に並んで歩ける筈が、今は先客がいた為だ。

それは先ほど、司令部に居合わせていた、タツヤとアンである。

富士本部から名古屋支部へ機材等の搬入が行われ、それに関わっていた2人は、たまたま名古屋支部に来ていたジン達に出くわし、コーカサスの見学でもしようと合流してここに着いた所で、今回の状況に遭遇したのだった。

「折角来てくれたのに、おもてなしも出来なくて済まないね」
「気にするなよハルカ。それより、俺達も連れてってくれるんだろ?」
「そこまで甘える事は、出来ないなぁ……」
「そんな水臭い事言うなよ、本部の事なら気にしなくてもいいさ」
「そうは言ってもなぁ……」
「もし乗る物が無いなら、カーゴスペースでいいって。向こうで降りるから」
「おいおい、タツヤ……彼らに、肉弾戦を挑むのか?」
「奴らにはそれで充分さ。まぁ、もしヤバクなったら、さっさと逃げるって」

『ほんとに相変わらずね、この人達は……』
悪戯の相談をする少年達を、眩しそうに見守る幼なじみの少女の様な表情のアン。

その表情を別の意味に誤解したアワユキは、思わずアンの横顔を睨んでしまったが、それを知ってか知らずか、アンはハルカに話し掛けた。

「ハルカ、私はレスキューの方に回るわ!いいかな?」
「そうだね。アンには、ダイチやアサヒの方をサポートして貰うとするか」
「了解!」

そう答えたアンは、気付かれない様ちらっと横目でアワユキを見て、口元に笑みを浮かべる。

『あなたの想いを邪魔する気は、全然無いわ。それ所か、応援したい位よ』
アワユキの気持ちなどお見通しのアン。彼女はベテランのレディーコマンド、他人の心を読む事などお手のものなのだ。そしてアワユキより大人なのである。

小走りに駆け出していくアンと入れ替わりに、急いでハルカの横に並ぶアワユキ。
『馬鹿ね、私って……今は緊急事態だって言うのに……』
僅かでも彼の横に並びたがり、横に居ただけのアンに嫉妬を覚える自分に、アワユキは自己嫌悪を覚えた。全てはハルカに想いを寄せるが故のジレンマだったが、彼はその想いを知らない。そして、そのハルカとタツヤの会話は続く。

「久しぶりにZで行くか?タツヤ」
「え、専任が居るんだろ?」
「彼は一足先に司令と、現場に到着済みだ」
「そうか、Zはタカキが乗ってるのか……昔の俺を想い出すなぁ」
「どうする?後はサーベイヤー位だが」
「実はZの訓練は欠かしていないんだ、今でも」
「決まりだな。よし、アワユキ!」

ハルカに呼ばれてアワユキは顔を輝かせた。
「はい!」
「ん?何か有ったのかい?」
「い、いえ!あの……出撃メンバーの人選ですね?」
「あぁ、そうそう。Zはタツヤに任せるとして、サーベイヤーランドにはエンゲツ、アクアにはソラ、アマネ、そして君と私だ」

まるでピクニックにでも行くような口調でハルカは告げるが、それがいつもアワユキの胸に安心感を与えてくれる。だが、今は〔君と私〕と言う言葉に胸が痛い、嬉しくて……

「了解!」
早速情報端末に入力する、アワユキの姿を見つめながら、ハルカは言う。

「大丈夫、2人は心配ないさ。でも、急ぐとしようか」

【伊勢湾沖上空】
「ベースロケッター2、ロボットマン2、ゴッドファイターに加えて移動基地なんて……畜生、まるで悪い冗談だ……どうする……」

基地との通信を断たれた上に、確実に迫りつつある最悪の事態。タカキはここから逃げ出したい衝動に駆られていた。だが、既にこの相対位置では、反転した所で格好の標的になるだけだ。

『今更悔やんだ所で、どうなるものでも無いさ……とにかく、自分の能力で出来る事を考えるんだ!』

普段からハルカの影響を受けている為か、タカキは自暴自棄にならずに、少しでもベターな方法は無いか模索していたが、その前向きさは、ジクウが同乗していた事も関係しているのかもしれない。

「司令、すみません……こんな事態に巻き込んでしまって……」
「別にお前さんが望んで、こうなった訳じゃ無いでしょ。あ、それとも実は俺を手土産に高飛びって計画だったの?馬鹿だねぇ、俺なんか駄目だって。どうせならアメノさんにしとかなきゃ……」

この状況下に、相変わらずのノンキな口調で、予想だにしなかった事を口にするジクウに向かい、タカキは思わず喚いた。

「なっ、何言ってるんですかっ!?し、しまいには怒りますよ!司令!!」
「もう、怒ってるじゃん……だからそうなる前に、まずは話し合う事が大事なんだって。もう一度、思い付く限りの方法で、奴らに呼び掛けてみてよ」

「りょ、了解……」
呆気に取られながら、タカキは光通信回路を開く。ベースロケッター2は、もう有視界で捉えられる距離なのだ。指示に従うタカキの背中に語り掛ける様に、ジクウが呟いた。

「俺の知ってる〔奴さん達〕なら、無下な事はしないさ……多分な」
それは、重い何かを秘めた様な、深く静かな声だった。

「……司令、やはり反応ありません!間も無くベースロケッター2と接触!!どうすれば……」
「機体前面にエネルギーシールドを展開。ギリギリの回避機動ですれ違って、やり過ごせ」

タカキの問い掛けに即答するジクウに、もはや〔昼行灯〕の面影は無い。

「タカキ、分かってると思うけど……」
「相手から攻撃を受けない限りは、こちらからは攻撃してはならない、ですね!?」

それが、彼らコーカサスに課せられた鉄則だった。そしてジクウの指示は続く。

「所属不明機に対してもう一度、次の内容で呼び掛けてくれ」
「は、はい!どうぞ!!」

再び、声のトーンを低くして、ジクウは呟く。

「〔あれは、アースライトだ〕、と……」
「え?それは一体……」

思い掛けない言葉にタカキは戸惑うが、

「いいから、早く!」
「りょ、了解!」

ジクウの声に、慌てて光通信回路を開きつつ、回避機動にはいるタカキ!
前方からベースロケッター2が迫るが、不思議と相手には発砲の気配がない。

「クソーっ!」
タカキの叫びと共に紙一重ですれ違う、サーベイヤースカイとベースロケッター2!
操縦に専念するタカキにはそんな余裕は無かったが、ジクウはその刹那、ベースロケッター2のパイロットと眼を合わせた。

そして、今迄音信不通だった通信機から突然、男の落ち着いた声が……

「まさか、あなたが出てくるとは……お久しぶりです、ジクウ」
「……顔出すなら、前もって連絡しといてもらわないと、困るんだけどなぁ……ジザイ」

『ええっ!?ベースロケッター2のパイロットが、あの……』

モニターに映し出されたミクロマン――端正な顔立ちだが、どこか冷徹で策謀にたけた空気を漂わせる男――に向かって、まるで家に突然押し掛けてきた悪友に、文句を付けるかの様な口調で答えるジクウ。すれ違ったベースロケッター2を追う為、サーベイヤースカイを旋回機動させるタカキは、ジクウが呟いた名前に驚きを隠せなかった。

「ウチの若い連中や……アメノさん……とかがビックリするからさ」
「……アメノ……懐かしい名前だ、久しぶりに耳にしました」

『司令補佐の事を!?……知っているのか?

二人が口にした〔アメノ〕の名前に、何かそれぞれの想いを込めた響きがあった様な、そんな気がする。それが〔確信〕する迄に至らなかったのは、タカキが経験の乏しい若者だからだろう。

「……それはともかく、よく私だと判りましたね」
「イヤミな程タイミングのいいジャミング、ベースロケッターへの拘り、そりゃお前さんしかいないでしょ」
「……だから、〔あれは、アースライトだ〕と、通信を送ってきた訳ですね」

遠い思い出を慈しむ様なジザイの声と、どこか面倒臭げで投げやりなジクウの声に、対照的な物を感じつつ、タカキは二人の会話に聞き入っていたが……

「まぁ、そんな事より……今日の所は帰ってくれないかなあ、頼むよ」
「……残念ですが、それは出来ません」
「そこを何とかならないかなぁ。基地の場所はまだお前さん達にはバレてない、って言っちゃったからさ」

何となく、二人の会話に口を挟むべきでは無いと、今迄黙っていたタカキだったが、ジクウの言葉に自ら禁を破って叫んでしまった。

「そ、そんな!?それじゃ、さっきの『いつ迄も通信してると、そっちの位置がバレちゃうから、もう切る』って……」
「まぁ、お前ら若い連中を、心配させたくなかったからね。つい、嘘を……」
「それって、奴らがその気になれば、基地への直接攻撃も可能じゃないですか!司令は、ウチの場所がバレてるって事をご存じだったんですか?」
「うん。ま、俺だけじゃなくて、幹部連中も前から知ってたけど。あ、もしかしてタカキ君、怒ってる?」

相手が部下であると言うのに、腰の低いジクウの態度によって、感情的になった自分に気付かされたタカキは、思わず慌てふためいた。

「ベ、別に怒ってなんか……そりゃ、司令達のお考えもあるでしょうから……」
「アメノさんなんかは、重要な事だから皆に教えるべきだ、って言ってたんだけど、どうも言い出しにくくてさ」
「い、言いだしにくいって……何で司令にかかると、そんな重要な事も〔赤点のテストを親に見せられない〕みたいな話になっちゃうんですか!全く……」

まるで漫才のような二人のやり取りに、沈着冷静なジザイも思わず、ほんの僅かだが笑みをこぼした。

「……フッ……本当に相変わらずですね、あなたも」
「イヤぁ、それ程でも……」
「あれは褒めてるんじゃないですよ!司令!!」

そんな間にも、ベースロケッター2とサーベイヤースカイの距離は離れていく。もとより、一貫して高速飛行し続けていた巡行型機体と、それとすれ違った後に、機体に負担を掛けぬ為大きく旋回しつつ、追尾体制に入ろうとする汎用型機体とでは、その差は歴然としていた。やがて、ジザイが別れの挨拶を告げる時が来た。

「……もし、お互いに運が良ければ、又逢いましょう。それでは」
そして、通信は途絶えた。

「……つ、通信が切れました……」
「みたいだね。あ、そう言えばタカキ、気付いてた?」

呆然とした声で、判りきった事を報告するタカキだったが、敢えてそれを責めずに答えると、ジクウは問い掛けた。

「え?……す、すみません、何をでしょうか?」
「ベースロケッター2は、他の機体の兵装を載せれるだけ装備していた。もちろん、地海底ミサイルもな」

又も他人事の様な声で、とてつもない事を口にするジクウ。そして、観察力を欠落させていた自分の甘さにショックを受け、頭の中が真っ白になるタカキ!

「畜生ッ!!早く追い着いて墜とさないと、このままじゃ……」
「この機体じゃ、到底追い着きっこないって。ま、奴はハルカ達に任せればいいさ。それよりも、まだお客さんがやって来るじゃないの」
「ああっ!!……ロボットマン2、ゴッドファイター、移動基地……」

結局、目の前の事にとらわれて、忘れていただけだった。何も終わってはいないのだ。

「そういう事。さ、前菜の次はメインディッシュと行こうか、タカキ君」
「メ、メインディッシュ……ですか?」

相変わらず軽口を叩くジクウの神経が、タカキには信じられなかった。そして、ジクウはボヤく……

「メインディッシュと言えば……今日の夕食の献立に、カレーってあったかな?」

(23/03/07)

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