小さな巨人ミクロマン 創作ストーリーリンク 「タスクフォース・コーカサス」 0106

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-某所-
その部屋の中には幾つもの大きな機械が連なり、モニタ上では様々な表示が目まぐるしく移り変わっていた。テーブル上には色々な形状をしたパーツが散乱し、表面を埋め尽くしている為、もう何も置けない。それは足元も同様で、色や太さの異なる沢山のケーブルが所狭しと這いずり周っている為、迂闊に歩く事さえもままならない。壁の一面は全面窓になっており、その向こう側はさながら製造工場を思わせた。

そこでは多くのクレーンが何かの部品を釣り下げ、やはり多くのマニュピレータが慌ただしく部品を組み上げている。それらの部品は、赤や青や黒を基調としたカラーリングをしていたが……よく見てみると、ロボットマンバーンの身体の各部――腕や脚などと同じ形状をしている。どうやらここは、ロボットマンの組立区画らしかった。

部屋の中に眼を戻すと――全面窓の手前には巨大な端末が居座っており、そのシートに座って入力作業に没頭している者が二人いる。その内の一人――幼さを残した一途な表情の若い女性――は、サーシャだった。やがて彼女はモニタの表示を見つめて軽く頷くと、入力を行なっていた手を止めて、隣のもう一人に向かって声を掛けた。

「エジソン先輩、ロボットマンエースタイプ・エイダの最終チェック完了しました!いつでも出られます!!」
サーシャが声を掛けた、エジソン――緑色のスーツに身を包み、カマキリに似たヘルメット状の物を装着した、ミクロマンマグネパワーズの青年――は、モニタから眼を離さずに入力する手を休めないまま、繊細な声で答え返した。

「了解である!クリスやバーン用パーツを流用した影響は、最終的にはどうなったのであるかな?」
「はい、純正パーツ使用時の性能に比べると、レベルダウンは否めません。致命的な問題は無いようですが……」

サーシャの報告に、エジソンは少々落胆した声で呟いた。

「そうであるか……今の僕達には時間が無いのであるからして、機体を組み上げる事を最優先させるからには、やむを得ないのであるが……もし、それぞれを本来の純正パーツで組み上げる事が出来ていれば……」
「先輩、大丈夫ですよ!だって皆、先輩が一生懸命〔オリジナル〕を研究されて創り上げられたパーツなんですから、問題無い筈です。誰が何と言おうと、あたしは絶対信じてます!!」
サーシャは精一杯の励ましを言葉に乗せて、気落ちするエジソンを応援した。

エジソンは、彼らの故郷ミクロアースが誇る若き天才科学者だったが、その優れた才能を鼻に掛ける事などせず、どんな相手にも親切で、思いやりに溢れた優しい青年だった。

もし彼が利己的で独善的だったなら、その才能を生かして巨万の富を得ていたに違いない――しかし、そんな世界とは一切無縁で、いつも進んで他者に学び、自身が得た知識は喜んで他者と分かち合い、ミクロアースの発展に貢献し続けたエジソン――そんな彼に、サーシャは憧れていた。

サーシャがエジソンを先輩と呼ぶのは、彼がサーシャの通っていた学校の卒業生であるからだが、年が離れていた為に同時に在籍した事は無かった。それに、サーシャは著名な卒業生であり先輩である彼の事を知っていたが、エジソンは逢った事も無い後輩である彼女の事を知らなかった。

その上、落ちこぼれに近いサーシャがエジソンと肩を並べて仕事をする事など、本来は天文学的確立で有り得なかった筈なのだが……皮肉にも故郷ミクロアースの滅亡をきっかけに、彼女の願いはこうして叶えられたのだ――もっとも彼女にして見れば、運命の巡り合わせの気まぐれと残酷さを感じずにはいられなかっただろうが。

サーシャの健気なエールに感謝しつつ、エジソンは答えた。

「サーシャ君、ありがとうなのである。それにしても……もしミクロアースでこの設計を完成させて、彼らを誕生させていれば……ミクロアースを守る手助けが出来たかもしれないと思うと、僕は……」
「先輩……」
悲痛な様子のエジソンを前に、サーシャは言葉が無い。自分などはまだしも、彼にはその可能性があったのだから。だが、エジソンは軽く頭を振ると、こう続けた。

「いやいや、それは僕の思い上がり――自惚れであるな。それに僕は、まだまだ〔ミクロマン〕では無いのであるから」
「……どうしてですか先輩?あたしも先輩も、間違い無くミクロマンだと思いますけど……」

エジソンの言葉の意味が理解出来ず、戸惑うサーシャ。

「あぁ、これは失礼……言葉が足りなかったのである。僕が言うミクロマンとは……」
エジソンがサーシャに説明をしようとしたその時、女性の声が彼の言葉を遮った。

「エジソン、短い間でしたが、大変お世話になりました」
「おぉ、エイダであるか!調子はどうであるか?」

その声の主は、先程完成したばかりのロボットマンエイダだった。古代ミクロアースの伝説、或いは地球上で確認されたロボットマン――仮にオリジナルと呼称するが――に明確な人格が存在するかどうかは明らかでは無いが、エジソンは自身が創り上げるロボットマンにそれぞれ異なる人格を与えた。

エイダは女性型の人格で、他機のリーダーとなるべく、バランスの取れた性能と性格を与えられている。それはエジソンの仲間で、オリジナル・エースと相性が良いアーサーの性格を模したと言える。エジソンの質問に、エイダは優しげな声で答えた。

「お陰様で良好です。それよりも……お別れするのは辛いですわ」
「辛いのは僕も一緒であるが……これは、再び逢う為の別れなのであるよ。だから今度逢う時迄、元気でいて欲しいのである!」

ふとエジソンの胸中に、愛娘を嫁に出す父親の心境とは、こんな感じなのであるか?と言う想いが広がった――彼は独身であると言うのに。しかし、こういうユーモアに溢れた発想をするからこそ、彼は堅物の科学者にならずにいられるのかも知れない。そんな彼の胸中を知る由も無く、エイダは別れの言葉を告げた。

「はい……それではクリスやバーンの事、よろしくお願いしますね!」
「任せておくのであーる!」

エイダを笑って送り出そうと、エジソンは明るく大きな声で答えた。

-某所・別区画-
格納庫として使われているらしいそこには、三機のミクロステーションが縦列で並んでいた。その先頭の機体には、既に何人かのミクロマンが乗り込み、発進前の最終チェックに取り掛かっている。その周りにも何人かのミクロマンが取り付き、作業を続けながら別れを惜しんでいた。

「ロボットマンエイダはOKらしいぞ!お前らも頑張れよ!!」
「おぅ、そっちこそな!」

威勢の良い掛け声が飛び交う横――格納庫の脇では、二人のチェンジトルーパーズが話をしていた。

「トルネード、やはり最後迄残るのか」
「あいつを――グスタフを置いてはいけないからな」

その内の一人はトルネードだったが、こうして会話を交わしつつも、心ここにあらずと言った彼の様子に、もう一人が苦笑した。

「お前がそこ迄、あの少年に思い入れしているとはな……大した熱では無いんだろ?」
「あぁ……だが、もう少し休ませておいてやりたいんだ」

長旅の疲れが出て熱を出したグスタフの身を案じ、トルネードはずっと彼に付き添っていた。仲間内でもクールな男で通しているトルネードの意外な一面を再確認して、もう一人のチェンジトルーパーズは彼の意志を尊重する事にしたが……

「判った……しかしこのままでは、お前が共に行動するのは最終組の落ちこぼれアレク達になるが……面倒見のいいシャクネツさんならまだしも、短気なお前ではきっと持て余すぞ?」
どうやら、その言葉から察すると――ここにいるミクロマン達は、マグネパワーズ候補生であるシャクネツよりも、更に後輩の様だった。確かに、皆表情に若さを覗かせている――トルネードは、そんな自分を隠すかの様に、大人びた口調で答えた。

「あいつらがいつ迄も落ちこぼれのままで、俺の足を引っ張る様なら……見放すだけの事だ」
「フッ、相変わらず素直じゃ無い奴だな……ま、とにかく……元気でな!」
「あんたもな」

それだけ言って手を挙げて挨拶すると、二人は別れた。

-ロボットマン組立制御室-
エイダを送り出したエジソンとサーシャだったが、まだ休息している余裕は無かった。彼らの故郷――ミクロアースを滅ぼしたアクロイヤー軍団の魔の手が迫りつつある今、残り二体のロボットマンも急いで組み立てなければならないからだ。

「エジソン先輩、ロボットマンクロスタイプ・クリスの組立終了しました!引き続き、最終チェックシークエンスに入ります」
「了解である!」

サーシャの報告にエジソンが返事をしたその時、明るい男の声が飛び込んだ。

「エジソン、最終チェックは不要だ、今すぐ自由にしてくれよ!早く身体を動かしたくてしょうがないぜ」
「やれやれ、クリスはせっかちであるな……暫くの辛抱であるから、待つのであーる」

その声は、ロボットマンクリスの物だった。クリスは男性型の人格で、スピーディーな動きと射撃を得意とする機体を生かす為、素早い判断力を重視した機転の効く性格を与えられている――それはエジソンの仲間で、オリジナル・クロスと相性が良いイザムとウォルトの性格を模したと言えるが――どうやら平常時はウォルトの気質が勝っている様で、案の定、エジソンの制止に渋々と言った様子で答えを返した。

「ちえっ……了解」
「フフッ……ホント皆個性的な子達ですね」
「うーむ、ちょっと極端過ぎたかも知れないであるが……まぁ、それも一興であーる」

そんな人間臭いクリスの言葉を聞いて、サーシャは思わず吹き出し、エジソンは苦笑していた。そんな和んだ空気でリラックスしたせいか、サーシャは先程中断した話を思い出し、エジソンに尋ねた。

「あ、そう言えば先輩……さっきの話ですけど……」
「あぁ、〔ミクロマン〕の話であるな……サーシャ君は、ミクロマンとは古くからミクロアースに伝わる言葉で、その起源には幾つかの説がある事は知っているであるかな?」

エジソンの問い掛けに、サーシャは軽く首を捻りながら答えた。

「はい、昔聞いた事ありますけど……細かい事迄は知りません」
「うむ……実はその中に、それは〔小さな巨人〕を意味していると言う説があるのだが…」
「小さな……巨人……ですか?」

穏やかな声でエジソンが告げた言葉を確かめるように、サーシャはゆっくりと声に出した。それを受けて、エジソンは静かに続ける。

「そう……人は、この宇宙全体から見れば、小っぽけで儚く頼りない存在であるが、それと同時に、とてつもない可能性を秘めた巨人でもある――そんな意味が込められているのだと言うのであるが……僕はこの説を信じているのである。そして僕は、この説で謳われている、小さな巨人になりたいのである」
「先輩……」

憧れの存在であったエジソンの秘めたる想いに触れ、サーシャは息を詰まらせそうな気持ちになった。あたしは、エジソン先輩の様に真摯な想いを持った事があるだろうか?――そう自問自答するサーシャ――エジソンの言葉は続く……

「確かに、この世界から争いは永遠に無くならないのかも知れない……だが、それを減らす事なら出来ると僕は思うのである。僕の創ったロボットマン達には、破壊や殺戮を生み出す兵器ではなく、争いを減らす為の力になって欲しいのである」
「はい……」

伏せた顔、握り締められた手、小刻みに震える肩――そんなエジソンを見つめ、言葉少ない返事をするのが精一杯のサーシャ……

「皆が力を合わせて創り上げた大切な物が、戦乱の巨大な炎に包まれ無残な姿に変わり果てて行く……あんな悲しい光景はもう見たくないのである。だから、二度とあれを繰り返さない為にも、僕は……小さな巨人……ミクロマンになりたいのである!」

それは、エジソンの瞳に焼き付いた悲しい光景――そして、避難船の中から幼いサーシャが見つめた光景でもあった。だが、そんな過去を繰り返させないと、固い誓いを立てるエジソンの言葉に――いつしかサーシャの内に熱い想いが生まれ、それが言葉となり、声となって彼女を揺さぶった!

「先輩……あたしも頑張ります!あたしは先輩みたいに一人前じゃないし、発明なんか出来ないけど……あたしなりに頑張ります!!」
「いやいや、サーシャ君は立派であるよ。それに……僕もまだまだ修業が足りないのであるからして、僕も僕なりに頑張るのであーる!」

サーシャの誓いを優しく受け止めたエジソンは、ゆっくりと頭を振ると、一層元気な明るい声で答えた――そう、これがあたしの知っている、憧れているエジソン先輩だ――今はただそれだけが嬉しくて、涙が溢れそうになったサーシャは、慌ててモニタに向き直った。

「はい!……クリスの最終チェック完了しました、大きな問題は無い様です!!」
「了解である!クリス、お待たせなのである!!」

エジソンの呼び掛けに、待ってましたとばかりに威勢のいい声で答えるクリス。

「OK!じゃあなエジソン、バーンの事頼むぜ!!」
「承知したのである!それに、バーンにはサーシャ君が付いているから心配無用なのであるよ!」

エジソン先輩が、こんな未熟なあたしを信頼してくれるなんて……プレッシャーに握り潰されそうで、胸が痛いサーシャ。そんな弱気を吹き飛ばそうと、彼女は大きな声で答えた!

「はい、頑張ります!それでは……ロボットマンバロンタイプ・バーンの最終組立に入ります!!」

-コーカサス格納庫・後方区画-
眼を開けて回想の世界から戻ったサーシャの前に立つ、ロボットマンバーン――バーンは男性型の人格で、パワフルで頑強な機体を生かす為、慎重さと豪快さを合わせ持った性格を与えられていた――それは、オリジナル・バロンと相性が良いエジソン自身と、エジソンの仲間であるオーディーンの性格を模したといえる。

「エジソン先輩……バーンはあたしが守りますから、どうか元気でいて下さいね」
微笑みながらそう呟いたサーシャは、バーンの元に駆け寄った。

-コーカサス医務室-
そこには、リクライニングベッドの背を立てて、半身を起こしたアマネがいた。その傍らの椅子に座るのはビャクヤ。暗い虚ろな眼をしたアマネを労る様に、普段より一段と優しい声でビャクヤは語り掛けた。

「アマネさん……検査の結果ですが、身体の方は全く異常無し、いたって健康その物の元気印ですから心配は無用ですよ。僕が自信を持って太鼓判を押しますから、大船に乗ったつもりでいて下さいね」
「……はい」

返事はするものの、どこかに心を置き去りにしたかの様なアマネの関心を引こうと、ビャクヤは彼なりにくだけた声で話を続けた。

「ああ、すいません……ちょっと僕らしくない言い方でしたね。確かにこう言う大見得は、マツリ君なら似あうんでしょうが……」
「……そんな事……無いです」

恐らく今のアマネには、何を言っても響かないだろう……それに、急ぐ必要はどこにも無く、時の流れがきっと彼女を癒してくれるに違いない……ビャクヤはそう考え、彼女を休ませる事にした。

「とにかく今は、充分休養を取って下さいね。これはジクウ司令やハルカ隊長からも頼まれた事ですから、気兼ねする必要はありませんよ。僕は隣の部屋で仕事してますから、何かあったらいつでも声を掛けて下さい」
「……」
「もし僕では都合が悪い様でしたら、アサナギさんを呼びますので、遠慮無く言って下さいね……それじゃ」

そう言うと立ち上がってベッドの側から離れ、この区画をシールド遮断しようとしたビャクヤに向かって、ぼんやりとしたままのアマネが問い掛けた。

「……ビャクヤさん……タカキは?」
「え?あぁ、彼も心配ありません、元気ですよ。今は、ジクウ司令やハルカ隊長達に報告を行なっている筈ですが……それが終わったらここに来て、アマネさんに謝りたいと言っていましたね」

アマネが自発的に言葉を発した事に変化を認めつつも、顔には出さない様にして答えるビャクヤ。彼の言葉を聞いたアマネは、不思議そうな表情をして言った。

「……あたしに?……違うわ……謝るのはあたしの方よ」
「ん、どうしてですか?」
「……あたしは……自分の感情に流されて、状況判断を誤った。もし、タカキが機転を利かせてくれてなかったら……今頃は……」

穏やかに言葉を促すビャクヤに向かい、徐々に感情を表しながら話し続けるアマネ。彼女が声を詰まらせた所で、ビャクヤは軽く語り掛けた。

「彼も、自分の独断にアマネさんを巻き込んだ事を悔やんでいると、話していましたよ」
「……何よ、又カッコ付けて……もっと自分のやった事に自惚れればいいのよ……いつもそうなのよ、鈍亀タカキは……でも……それでもタカキは……自分とあたしを生還させた……」
「アマネさん…」
「……だけどあたしは……何も出来なかった……何も……」

自分が無力であった事を訴えるアマネ。ここ迄自分の感情を表せる様になったのなら、もう安心だろう。ビャクヤは受け身をやめて、言葉をやり取りする事にした。

「アマネさん……僕は、二人共ベターだったと思いますよ」
「……慰めなんか……やめて下さい」
「慰めじゃありませんよ……あなた達二人は、今こうして生きてるじゃないですか?しかも、僕達ベテランでさえ遭遇した事の無い未知の敵に初めて接触して、無事生還を果たしたんですよ」

落ち込んだアマネを気遣い、押し付けがましくならない様に静かな口調で話し掛けるビャクヤの言葉が、彼女の心に温かく染み込んでいく。

「……でも」
「アマネさんの思い描くベストな結果と言うのがどんな物なのか、僕には判りませんが……ただ、あなたより多少は経験のある僕に言わせて貰えば……幸運の女神と言うのは、とても気まぐれですからね」

ビャクヤが口にした意外な言葉に、アマネは反応を見せた。

「……え?」
「欲張り過ぎれば、とんでも無い目に逢わされますよ?控えめだった僕でさえ、随分と彼女に突き飛ばされた物です。幸い打ち所が良かったせいか、お陰様でこうしていられるんですけどね。いや、僕だけじゃ無く……マツリ君やジクウ〔隊長〕を初めとする仲間達も……ハルカ〔君〕なんか、いつも『やれやれ……』とボヤいてましたね」

冗談めかしながら話すビャクヤは、懐かしそうな眼をしていた。きっと彼の脳裏には、幾つもの思い出がよぎっているのだろうが、残念ながらアマネはそれを共有する事は出来ない。だが、彼女の知るハルカが変わってない事に、僅かながら呆れて少し可笑しくなった。

「……ハルカ隊長……らしいですね」
「えぇ。だから口数の多くない彼が、『ベストよりベター』と言う言葉に関して、口を酸っぱくして訴えているのは……それが嫌と言う程、身に染みているからですよ!」
「……は、はい」

今迄持っていたイメージとは違う、熱く語るビャクヤに圧倒され、眼を丸くしたアマネ。彼女の戸惑いに気付いたビャクヤは、軽く頭を掻きながら謝った。

「あぁ、済みません、ちょっと説教っぽくなってしまいましたね。僕は、二人が無事に帰還してくれて良かったと、本当に思っているんです。幸運の女神は意地悪で嫉妬深いですからね……可愛いアマネさんをすくいあげる事は、しなかったかもしれないですし」
「……フフッ……なんか、そう言う言い方って、ビャクヤさんらしくないなぁ」
「ハハハ……確かにこれはマツリ君のキャラですね、失礼しました」

ビャクヤさんはあたしの為に、無理しておどけて元気付けてくれている――アマネは、他人の思いやりに気付ける程、自身を取り戻していた――そうだ、いつ迄もクヨクヨなんかしていられない。

「ううん……それじゃ……色々とありがとうございました、ビャクヤさん」
「本当に大丈夫ですか?無理せず、休んでいっていいんですよ?」

ベッドから脚を下ろして立とうとするアマネに手を貸しながら、ビャクヤは念を押したが……

「もう……大丈夫だと思います」
「判りました。アマネさんが元気になったら顔を見せる様に伝えてくれと、ジクウ司令に言われていましたが……今ならまだ、司令は会議室に見えると思います」

かしこまってお辞儀をするアマネを優しい眼差しで見つめながら、ビャクヤは言付けを伝えた。

「はい……今度改めて、ここに押し掛けますね……」
「えぇ……押し掛け、楽しみにしていますよ」

微笑みながら医務室を後にするアマネに向かって軽く手を上げて、ビャクヤは送り出した。

-コーカサス会議室-
会議室では、ジクウ、ジン、各隊長、そしてタカキが席に座り、無言でスクリーンを凝視していた。そこに映し出されていたのは、サーベイヤーランドが持ち帰った映像データで、アクロボットマンが我が物顔で飛翔する様子だった。再生が終了すると、ジクウが頭の後ろで両手を組んで、感想を口にした。

「全く……おっかない敵だねぇ」
「司令……あの……本当に申し訳ありませんでした」

席を立ってジクウに頭を下げたのは、タカキだった。彼は、自身の思い上がりで状況判断を誤り、大事な機体を壊し、仲間の生命を危機に晒した。何とか帰還する事が出来たのも、偶然遭遇したアレク達のお陰であり、たまたま運が良かったに過ぎなかったのだ。

自身の未熟さを恥入り、今はただジクウに向かって謝るだけのタカキ。彼が自身のミスを自覚し反省しているのは判っていたので、ジクウはタカシを優しく宥めた。

「いや、お前さんにしては上出来だったと思うよ。だからと言って、逆に天狗になられても困るけどね。まぁ、タカキの処遇は……ハルカ、お前さんに任せたから」
「はい、それでは……暫く待機任務に着かせると言う事でよろしいですか、司令?」
「うん、いいんじゃないかな」

タカキの直接の上官であるハルカに判断を委ねたジクウは、ハルカが自身と同じ考えであるのを確認し、満足したのだが……そこでバンリが口を開いた。

「しかし……独断で後退を怠った上に、サーベイヤーランドに大きな損害を与えた事を鑑みると……少し甘過ぎるのでは?」
「俺達でさえ見た事も聞いた事も無い奴とやり合った上で、生きて帰って来たんだからさ……大目に見てやろうよ、バンリ。何てったって奴には、エリュシオンでさえ歯が立たなかったんだからね」

バンリの主張は正論であるし、組織を律する点でも異議は無いが、この場合は厳しすぎるとジクウは思う――もちろんバンリもそれを判っているが、敢えて苦言を呈しているだけの事で、これはコーカサスの儀礼なのだ――ふと、ジンがジクウの方を向いて問い掛けた。

「エリュシオンか……ジユウやジザイはどうなったんだろうな」
「どうせ、奴さん達の事だから……ピンピンしてるよ、きっと」

一見すると、面倒臭そうに気の無い様子で返事するジクウだが……その奥底に秘められた本心に、幹部達は気付いたかも知れない。いや、前回ジクウとジユウやジザイのやり取りを目の当たりにしているタカキも……対エリュシオン組織の長でありながら、エリュシオンの事を案じる矛盾した男――それが、ジクウなのだ。腕を組んだままのダイチが、腕を組み換えると呟いた。

「しかし、それにしても……未知の敵に加えて、アーデンロボとは」
「まさかパイロットは、アーデンナルシー……って事は無いでしょうな、ワッハッハ……」
「おい、ムゲン!」
「あ!?どうもスイマセンでした……」

ダイチの重い言葉を聞いたムゲンは、暗い空気を吹き飛ばそうと、彼なりに考えて言っただけなのだろうが……バンリの制止の声には、ただならぬ響きがあった――顔色を変えて声を上ずらせたバンリは、いつもの彼では無かったのだ――それを感じたムゲンは、自分の発言が不謹慎だった事に気付き、全員に謝ったが……彼を庇うかの様に、ハルカが意見を述べた。

「いや、その可能性は否定出来無いですね。〔錆びたナイフ〕でさえ姿を見せてる位ですから」
「うん、ラストスターにナルシーか……ホント、俺達と因縁のある連中ばかりだな……ん、待てよ?」

ハルカの考えに頷きつつ、何か思い当たる事があったのか首を捻ったジクウ。そんな彼にジンが声を掛ける。

「どうした、ジクウ?」
「これで、電波障害騒ぎがラストスター単独犯である可能性は、低くなった訳だな……やっぱりなぁ……アイツにそんな甲斐性は無いと思ってたよ」
「おいおい、そんな事はとっくに判ってるさ、今更勿体付けて言うなよ」
「あ、やっぱり?」

ジクウが故意にボケたのかどうか、それは定かでは無かったが……彼のボケがその場の空気を和ませる事にプラスになったかは、正直言って微妙な所だった。しかし、彼の人徳が為せる技なのかは定かでは無いが、いいタイミングでドアのノック音が響き渡った。答えるジクウの声には、安堵の成分も含まれている様に思えた。

「ほーい」
「アマネです、お邪魔してもよろしいでしょうか?」
「おー、入った入った」
「はい、失礼します……」

少しモジモジした様子のアマネが入室すると、ダラけた姿勢だったジクウは椅子に座り直し、テーブルの上で軽く手を組んで彼女に向き直ると、優しい声で尋ねた。

「見た所、元気そうだけど……もう大丈夫なの?」
「はい、もう平気です……それより、今回の出撃では……」
「その事はいいよ、アマネ。良く無事に帰ってきてくれたな、ありがとう」
「そ、そんな……あたし、いえ、自分は……」

アマネも又、自身のミスを自覚しており、真っ先に謝罪をしようとしたのだが……ジクウの意外な言葉に、戸惑いを隠せない。そんな彼女を諭すように、ジクウは温かく語り掛ける。

「ウチで一番偉いのはさ、無事に帰ってくる奴なんだよ。特に最近は何かと物騒だしね……いたいけな赤頭巾ちゃんを食べちゃおうと、腹を空かせた悪い狼がウヨウヨ……」
「司令!」

ジクウはアマネを宥めようとしているだけなのだが、どうも例え話がズレていると言うか、脱線し過ぎていると言うか――バンリの物言いが入った為、慌てて与太話を中断した。

「あ、いや……まぁとにかく、タカキとアマネには……指示がある迄、待機任務に着いて貰う事と、今回の報告書は作成しなくていい事と、そして今回の出撃に関して一切他言しない事、以上三点を厳守して貰うから。以上、校長先生のお話終わり」

もう、余計な事を言わない様にしたのか、必要事項だけを簡潔にさっさと述べて、ジクウは口を閉じた――もっとも、話の締めには軽いおフザけが入ったが――予想もしなかった彼の指示に、アマネは思わず詰め寄った。

「司令!?それってどう言う……」
「判りました!それで司令……実はお願いがあるのですが……」

しかしアマネの追及は、勢い良く席を立って大声で返事をしたタカキに遮られた。そのタカキの申し出に、今度は彼の方に向き直り尋ねるジクウ。

「何?」
「あの……出来ればサーベイヤーランドの修理に参加したいのですが」
「駄目だよ、それは整備班の仕事だからね。お前さんが自分なりに責任を感じてるのは判るけどさ……今のお前さん達がしなきゃならない事は、充分休養を取って次に備える事だろ?」

タカキの心境を即座に理解した物の、ジクウはそれをはっきりと拒否し、為すべき事を示唆した。だがタカキは、中々承知しない。

「はい……しかし……」
「じゃあさ……もし整備班の整備ミスの為に、お前さん達が危険な目に逢ったとして……その責任を取る為に、整備班自らが出撃すればOKだと思う?」
「そ、それは……」

視点を変えたケースをジクウに示され、タカキは返す言葉を失った。何でも自分でやりたがるのは責任感が強い訳では無く、ただの独り善がりなのかも知れない。他人に任せるべき事は他人に任せ、その分、自身がすべき事に力を注ぐべきでは無いのか?ジクウにそう言われた様な気がして、タカキはうな垂れた。

「とにかくお前さん達は、何があっても三つの約束を守る事。何なら、指切りゲンマンしようか?嘘付いたら、本当にハリセンボン飲ますけど」
「い、いえ……済みませんでした!

口では冗談めかした事を言っているが、ジクウの眼は笑っていない様に見えた。この人ならやりかねないかも知れない――その怖さも手伝ってか、タカキは深々と頭を下げた。

「ん……何か聞きたい事があった時に、又呼ぶかも知れないけど……取り敢えずご苦労さん」
「はい、失礼します!」

声を揃えて返答すると、ジクウに敬礼してタカキとアマネは退室した。二人の後ろ姿を見送ったジクウは、元通りのダラけた姿勢に戻り、頭の後ろで両手を組んで呟いた。

「二人が無事に戻ってきてくれて、本当に良かったよ……人が……特に若い奴が死んで行くのなんか、御免だからね」
鋭く真剣な眼差しで天井を凝視して呟くジクウの言葉に、その場にいた全員が無言で頷いた。

彼らは、超常的な能力を持った――そう、神とでも呼べる様な――存在では無い。だから、正に今この時、コーカサスから離れた場所で進行している事態を知り得なかったとしても、それは仕方無かったのだが……

富士の樹海に包まれた地球本部――北の大地ノーザンライト――その他の支部――それらの場所では、ジクウが望まなかった惨劇が繰り広げられていた。ベテランも若者も関係なく、多くのミクロマンやミクロ地球人達が敵対勢力の攻撃によって傷付き、息絶え、その身を捕らわれ、破壊された施設もろとも地獄の業火に焼かれていた。

ジクウ達は、〔知らないだけ〕と言う、儚い幸せの中に居るに過ぎなかった。

(22/12/17)

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