小さな巨人ミクロマン 創作ストーリーリンク 「タスクフォース・コーカサス」 0007
-伊勢湾上空-
コーカサス戦闘部隊は救助部隊と合流して、エリュシオン会敵からの帰途についていた。その中のサーベイヤースカイ――後部コクピットのジクウは、通信回線を〔機内限定〕に切り替えると、タカキに話し掛けた。
「タカキ……お前さん、口は固いか?」
「……は、はい?……まぁ、固い方だと思いますが……」
突然の質問に戸惑いつつも、正直に答えるタカキ。彼の返答に軽く頷くと、のんびりした口調でジクウは続ける。
「じゃ、今日見聞きした事は、俺とお前さん以外には他言無用で頼むな」
「……え、何故ですか?……それに、帰還後は報告書を作成する事になっていますけれど……」
又もジクウから〔お願い〕をされたタカキは、ごく当たり前の疑問を提示するが、ジクウはあっさりと即答する。
「今回は作らなくていいよ、ハルカにも言っとくからさ」
「し、しかし……司令がそう仰られても、司令補佐が……」
コーカサスでは、〔基地司令ジクウの口頭許可〕よりも〔司令補佐アメノの原則尊守〕の方が、効力を発揮している事を主張するタカキだったが……
「……あッ!?」
彼は、思い出した
『ウチの若い連中や……アメノさん……とかがビックリするからさ』
『……アメノ……懐かしい名前だ、久しぶりに耳にしました』
サーベイヤースカイとベースロケッター2が接触した時、ジクウとジザイが交わした言葉――ジクウはその時の事を、アメノに隠しておきたいのだろうか?
タカキの知らない、過去の出来事――ジザイとアメノ、そしてジクウの間で、一体何があったのか――
だが、それは自分の様な若造が、興味本位で触れるべき世界では無いだろう……それだけは確信したから、彼はジクウに従う事にした。
「わ、判りました!……でも、フライトレコーダーの方は……」
自分の口にはチャックが出来るとしても、機械にはそうは行かない。タカキが新たな疑問を提示するのも、当然だったが……
「……パイ、今回のフライト開始から現時点迄の記録を、お前と機体の全メモリーから完全消去、これは司令官命令だ」
「了解!……実行中……消去完了しました!」
それも、ジクウの〔魔法の呪文〕が、あっさり解決してしまった。
「す、凄い……第一級優先記録事項を一瞬で……」
開いた口が塞がらないタカキに、ジクウはニンマリと笑ってこう言った。
「な?これだから、司令官って……やめられないのさ!」
-コーカサス司令部-
「……ジン副司令!中継ポイントのレスキューバットから、データが送られてきました!」
普段通りに落ち着きを取り戻したアゲハが、ジンに報告する。アサヒが発進させたレスキューバットを中継する事で、基地でのデータ受信が可能になったのだ。ジンが詳細を尋ねる。
「とりあえず、状況はどうなってる?アゲハ嬢ちゃん」
「……戦闘は終了した模様です!」
「うむ……あと、出撃メンバーの安否は?」
「……戦闘部隊と救助部隊、それと……行方不明だったハグレ諜報部員も含めた……全員が無事ですッ!やったァー!!」
歓声と共に、両手を上げて大喜びするアゲハ!司令部内は、ワッと明るい空気に包まれた。
「そうか!」
「良かったわね!アメノ」
「えぇ!ありがとう、アケボノ」
満足そうに頷くジン。アケボノはアメノの両肩を後ろから優しく抱きながら声を掛け、彼女は安堵した表情でそれに答えた。
「もうッ!チョー最高ーッ!!……あ!?……す、済みません、つい……」
興奮の余りハメを外し過ぎた自分に気付き、赤面して萎縮するアゲハ。恐る恐るアメノの様子を伺いつつ叱責を覚悟したが、彼女はヤレヤレと言った表情で頷くだけに留めてくれた。そこで収まればいい物を、調子に乗って続いたのは……
「なーに、吉報だから無礼講だ!オワリ良ければ全て良し、オワリ名古屋は城で持つ!な~んて事、言ったりなんかしちゃったりして~」
ジンのダジャレに、司令部内の空気は凍りついた。あ?外しちゃったか……パシっと後頭部を叩く彼に白い眼を向けながら、アゲハはボソッと呟く。
「……やっぱり……ジン副司令って、イケてなーい……」
-コーカサス格納庫内-
出撃部隊は全機、基地へ帰還した。機体の収容も無事終了し、格納庫の一画に出撃メンバーとハグレが集まると、ハルカが号令を掛けた。
「総員整列!」
整列した彼らの前に、頭を掻きながらジクウは立つと、口を開いた。
「皆ご苦労さん。じゃ、そう言う事」
さっと全員の顔を見回しながら、それだけ言って口を閉じた。再び、ハルカが号令を掛ける。
「総員敬礼!」
彼らに軽く敬礼を返し、その場を去るジクウ。彼の後に、ハグレが続いた。
格納庫には、アリサ、アシュラ、ムゲン、アジサイ、バンリ、そしてアリアケが駆け付けていた。ふいにアリサが、頭の後ろで手を組んで、ボヤく。
「チェッ!結局、アタシらの出番は無しかぁ。せっかく、いい所見せようと思ったのに。アシュラが、余計な事するからだぜ」
それを聞いたアシュラは、片眉を上げてニヤリとしながら、答えた。
「いつ迄もウジウジ言うなよ、アリサ。皆無事に戻った事だし、良しとしようぜ」
先程のいがみ合いはどこへやら、サッパリして後腐れを残さない二人だった。
「ハハハ、そう言う事だ!さて、晩飯でも食いに行くか!確か今日はシチューがあったな、アジサイ?」
一笑いすると、二人の肩をバンッと叩いて押し出したムゲンは、アジサイの方に向いてそう尋ねたが……
「いえ、ムゲン隊長……今日はシチューじゃ無くて、カレーなんです……」
アジサイが、何故か申し訳なさそうな様子でムゲンに答える。その言葉を聞いたバンリが、傍らのアリアケに怪訝そうな顔を向けた。
「どう言う事だ、アリアケ君?……確か調理プランでは、カレーは明日の筈だが」
「バンリ隊長、申し訳御座いません……」
深々と頭を下げる、アリアケ。神経質なバンリは、プランが予定通りに進まない事や、部下の独断専行をとても嫌っている。それを、一番良く知っているにも関わらず、叱責を覚悟の上で、彼女は勝手な事をしたのか……アジサイが、庇う様に彼女の前に立った。
「バンリ隊長!私が呟いた事に、アリアケが合わせてくれたんです。お叱りを受けるのは、私の方です!」
アリアケは、アマネを見送った後のアジサイが口にした『カレーが、明日じゃなくて今日だったら……』という言葉に、彼女がアマネに呟いた〔虫の勘〕と同じ物を感じて、独断でメニューを変更したのだ。
アリアケは、一見おっとりとした印象を持たれるが、実は勘が鋭く気配りに長けていた。それ故に神経質なバンリでさえ見落とす点を上手くフォローしたり、彼の考えに先行してさりげなく手回しをする事がある。その為、気難しい彼の補佐は、彼女にしか務まらないと誰もが思っていた。
「ふむ…」
バンリは顎に手を当てながら、しょんぼりしている二人の隊長補佐を、交互に見やった。
表立って口にはしないが、実は彼自身がアリアケを一番高く評価していた。能力についてはもちろんの事、時折自分の口調がキツい時も彼女がやんわりと受け止めてくれる為、場がささくれ立たずに済んでいる。だから彼女には、感謝と深い信頼を寄せていた。
又、アジサイの〔虫の勘〕についても、かねてから聞き及んでいた為、今さら彼女を非難する気持ちなど毛頭無かった。
要は、素直に〔うん〕と言えない、自分の安いプライドだけなのだ……ふと顔を上げると、ムゲンがウインクをして平手を立てながら、自分に向かって〔頼み〕ポーズを取っている。判ってるよ、ムゲン……心の中で苦笑すると、バンリは口を開いた。
「……ま、たまにはいいさ。但し、カロリー計算はきちんと修正しておいてくれよ、食後でいいからな」
素っ気ない調子で、そうアリアケに言うと、バンリはムゲンの方へ歩き去った。
「はい!……良かったですわね、アジサイ」
「バンリ隊長、ありがとうございます!……もちろん、アリアケもね!」
二人はバンリの、滅多に無い寛大さに感謝すると、お互いに顔を見合わせて、ニッコリ微笑んだ。
アヤオリは、整備エリアに収容された出撃機体をざっと眺めると、腰に手を当てて軽く頷いた。
「うーん……どうこう言っても、戦闘部隊の機体は多少傷んでるみたいだね。しっかりチェックしなきゃ!」
その中でもサーベイヤーアクアについては、磁力波動砲をブースター代わりにすると言う大胆な運用を行った結果、機体――特に司令タワーのフレーム――がどの様な影響を受けたのか、調査する必要があった。
「でも、ハルカ隊長って面白い人だなァ……ボクも、負けてられないよ!」
しかし、その突拍子も無い発想を可能にするのが、ミクロマンマシンの特色でもあり、売りでもある。自分の様な技術畑の人間には思い付きもしなかったアイデアに、アヤオリは感服し、俄然ヤル気をかきたてられていた。
「……今回は、私の出番は無しね」
その声にアヤオリが振り向くと、いつからいたのか、彼女の後にアサナギが立っていた。
確かに、出撃メンバーは全員無傷だったが、〔敵〕に捕まっていたハグレの、身体と精神の精密検査は必要な筈だ。しかしそれはジクウの指示により、簡単な健康チェックに留められる事になっていた。普通なら考えられない事だが、これもコーカサス故なのだろう。
「アサナギ!?……うん、皆無事で良かったね!」
そう、それはとても幸運な事なのだ。アヤオリの元気な声に、アサナギが答える。
「……えぇ。きっと、アヤオリ達が一生懸命整備した、機体のお陰よ」
アサナギの言葉に、アヤオリは驚いた。まさか、クールな彼女がそんな優しい言葉を掛けてくれるとは、思いもしなかったのだ。突然の事にあたふたしながら、アヤオリは返事を絞り出す。
「……アサナギ……そんなに褒められると、照れちゃうよボク!」
両手を身体の前にかざして、ブンブン振りながら赤面するアヤオリに、今度はアサナギが驚いていた。自分が何気なく言った言葉――もっともその言葉も、元気なアヤオリに感化された物だったが――に、ここ迄素直に反応されて、戸惑ってしまったのだ。
「……作業、頑張ってね……特製ドリンク作って、整備の皆に持ってくるわ……じゃ……」
それだけ言うと、そそくさとその場を去るアサナギ。気のせいか、俯いた白い頬をうっすらと赤らめていた様な……その姿を見て、心が暖かい気持ちで満たされるのを感じながら、アヤオリは大きく手を振った。
「ありがと!アサナギ!」
そんなやり取りの傍らでは、感動の再会が繰り広げられていた。
「皆、ただいまー」
そう言いながら、サーベイヤースカイを降りたスパイロイドが、そろそろとやってくる。仲間のドロイド達は、喜びで沸き返っていた。
「良かったです!スパイロイドが無事でー」
デイターが駆け寄ると、ガシガシとスパイロイドのボディを叩く。
「私も心配で、エンジンが止まる思いだったぞ」
ミニロボットマンは、自分の胸に手を当てながら、オーバーに話し掛ける。
「自分達だって!なあ、シルバー?」
「もちろんさ、ゴールド!」
ミクロナイトの二体も負けじと、アーマーをガシャガシャ言わせて、アピールした。
「俺なんか、ドリル付けて助けに飛んでこうと、マジで考えてたんだぜッ!」
皆の後でジャンプするミサイラーも、大声で訴えるが……
「……ハイハイ、君達の〔心配自慢〕はもういいから……ちょっとどいてね」
アサナギを見送ったアヤオリが、ドロイド達をかき分けて入ってきた所で、お開きとなった。スパイロイドの前に膝を付くと、彼女はボディの様子を調べた。
「……うん、目立った外傷は無いみたいだね!ウフフー、今日は貴重な実戦データがたくさん取れたんだよね、スパイロイド君?
後で見せてね!」
そう言って、ニッコリするアヤオリだったが……
「それが……司令官命令で完全消去しました」
彼女の期待に答えられないのが残念そうな様子で、スパイロイドは答えた。
「え、そうなの?……でも、いいか!君が無事で戻れた事の方が大事だもんね!じゃ、自己チェックしといてね、皆も手伝ってあげるんだよ、いい?」
「了解!!」
少しガッカリしたものの、すぐ微笑んで、スパイロイドの頭を優しく撫でるアヤオリ。そして、ドロイド達の元気な返事を聞くと、立ち上がって彼らに軽く手を振り、戦闘部隊の機体を整備する為に駆け出して行った。
「……今回、我々の出番は無かったが、それは喜ぶべき事でもある。今日の所はゆっくり休んで、明日からの任務に備えてくれ。ご苦労だった、解散!」
ダイチの声に救助部隊メンバーは敬礼を返すと、それぞれが思い思いの行動に移った。その中の一人――リョウヤは、ガックリと肩を落としてボヤいた。
「……ハァ、ようやく終わったぜ……昼行灯と違って、いちいちナゲエんだよな、オッサンの話は……」
「リョウヤ、メシに行こうぜ!」
そんな彼の肩をポンと叩き、シンラが声を掛けるが……
「なーんか今日は、クタビレちまってさ……軽く眠りてえな……メシは後にするわ」
今回、救助部隊では一番何もしていなかったリョウヤだが、アンミツの〔精神攻撃〕が余程堪えたのか……いつもの覇気はどこへやら、ボーッとした様子で歩き去って行く。シンラは、ヤレヤレと言った表情で、仕方なく彼の後について行った。
「アン!……まだ、時間あるかな?」
アサヒは、こちらに戻ってくるアンの姿を見つけて、声を掛けた。
「アサヒ!……今、タツヤとも話したんだけど、今日はここでお世話になって、明日の朝発つ事にしたから……大丈夫よ!」
そう言って、ニッコリ微笑むアン。それを聞いて、アサヒの表情も輝いた。
「良かった!じゃあ、一緒に食事でもどう?……もちろん、〔予約〕が入ってなければ、だけどネ?」
「もう、又イジワル言って……喜んでご一緒させて頂きますわ、アサヒさん?」
「ハハハ、OK、OK……それじゃ、行きましょか」
嬉しさの余りアンをからかうアサヒに、負けじと彼女もおどけて返す。両手を軽く上げて降参するアサヒを見て、クスクス笑うアンの腕に、横にいたアンミツが抱きついた。
「アンさーん!あたしもご一緒して、いいですかー?」
「もちろんよ!アンミツ」
声の調子そのままに甘えるアンミツに、優しく答えるアン。どうやらアンには、心を割って接する事が出来る存在が、もう一人増えた様だが……そんな彼女達の後では、二人の青年がモジモジしていた。
「……おい、コウキ……早くしないと」
「……い、いや……お、俺には」
それは、救助部隊のマジメコンビ、リクとコウキだった。その性格故、アンに声を掛ける勇気が出せずに、お互いにその役を押し付け合っているが……そうこうしている内に、彼女ら三人はどんどん遠ざかっていく。
「…あぁ、このままじゃ……えーいッ、一か八か!……ア、アンさんッ!」
覚悟を決めたリクが勇気を振り絞って、彼女らの前に飛び出した。
「はい?……確か、リク君だったわね……何かしら?」
「あ、あの……ま、まことにもって、ぶ、不躾なお願いなんですが……」
「フフッ、食事ね?……あなたも一緒にどうぞ!」
リクの心中をすぐ察して、救いの手を差しのべるアンの暖かい返事に、彼は思わず飛び上がった。
「……え?……ヤ、ヤッターッ!!ア、アンさんと一緒に食事がーッ!」
「……な、何だとッ!?チョット待てーッ!」
「リョウヤッ!?……何だよアイツ、元気じゃねえか……」
リクの叫びを聞くや否や、今迄の疲れはどこへやら、猛ダッシュで引き返すリョウヤ。シンラは再びヤレヤレと言った顔をすると、慌てて後を追いかけた。
「あ、あの……こいつもお願いしたいらしくて……ほら、コウキ」
「……は、初めまして、コ、コウキと言いま……うわッ!?……リョ、リョウヤ!?いきなり何を」
「お前らッ!!このリョウヤ様を出し抜くとは、いい度胸じゃねえかッ!」
リクの友情に感謝しつつ、自己紹介しようとしたコウキに飛び蹴りをお見舞いして、リョウヤが乱入するが……
「リョウヤ君ー、乱暴者は嫌われるよー」
「えッ、あッ、うッ……こ、これには、その、色々と……」
アンにくっついたアンミツのシビアな忠告に、リョウヤはカチンコチンに固まってしまった。
「リョウヤ君、コウキ君、それにシンラ君……一緒に食事してもいいけど……ケンカはダメよ、判った?」
「は、はいッ!!」
リョウヤのリアクションに苦笑したアンが、優しく〔お願い〕すると、メロメロになった三人は、仲良く揃って返事をする。そんな彼らに、イジワル心が湧いてきたアンミツは、ギュッとアンの腕を引き寄せると……
「でも、アンさんの両隣は……アサヒ隊長補佐とあたしで、売約ズミだからねー!」
「そ、そりゃ無いよ、姫~ッ!」
そう言ってフザケて舌を出すアンミツに、情けない声で抗議するリョウヤ。場は、ドッと笑いの渦に包まれていた。
「タカキ、良く頑張ったな」
タカキの両肩に手を掛けると、彼の眼を見つめながら、ハルカは優しく労った。
「いえ、日頃のハルカ隊長のご指導と、ジクウ司令のお陰です!」
背筋を伸ばしつつも、照れた様子で答えるタカキ。それは謙遜などではなく、本心からの言葉だった。
「あなた自身の頑張りもあったからよ。本当に無事で良かったわ」
「ありがとうございます!アワユキ隊長補佐」
優しく微笑むアワユキに、軽く会釈して答えたタカキの背後から、ガシッと彼の首に腕を回して声を掛けたのはタツヤだ。
「よっ!久しぶりだな、タカキ」
「タツヤさん!?マシーンZで活躍されたらしいですね」
「あぁ、ホントにアイツはいいな……心が落ち着くよ」
「はい、そうですね」
二人は揃って、整備エリアのZを見つめた。かつてタツヤが名古屋支部にいた時期に、彼はこのZを駆って戦った――そしてコーカサス設立後、Zはここに移籍し、現在はタカキがメインパイロットを務めている。
「タカキッ!」
その声にタカキが振り返ると、ニカッと笑うソラ、気取ったポーズのエンゲツ、何故かモジモジしたアマネ――かけがえのない、仲間達が立っていた。
「ソラ、エンゲツ、アマネ……もう皆の顔、見れないかと思ったよ……」
タカキは彼らの方に歩み寄りながら、無事にこの場所へ戻れた事に、改めて感謝していた。
「大体、お前は普段が普段だからさぁ……ホント心配したんだぜ?」
「俺を始めとする、皆の優雅で華麗な大活躍!お前にも見せてやりたかったな」
ソラは兄貴風を吹かし、エンゲツはオーバーな仕種でアピールするが、そんな彼らをジロッと見て、アマネがボソッと呟く。
「……二人とも、戦闘前はブルブル震えてた癖に……」
「……そ、そう言うアマネだって!……タカキ、実はアマネさ……ピーピー泣いたんだぜ!」
「……そ、それも派手にな!お前にも見せてやりたかったな」
「えーッ!?アマネが?マジで?」
アマネの〔密告〕に慌てた二人が、お返しとばかりに、彼女の〔秘密〕をタカキにバラす。衝撃の告白に、本当にビックリしたタカキが、マジマジと彼女を見ると……
「やめてよッ!!バカッ!オタンコナスッ!」
顔を真っ赤にしながら、両手を振り回して突進してくるアマネ。ポコポコと殴り掛かられ、三人はワッと逃げ回る。その騒ぎに、呆れたアワユキが声を掛けた。
「皆!もうその辺にしておきなさいよ……あの……ハルカ隊長……」
そして、隊員達に掛けた声とは違う、彼女なりに甘えた声で、傍らのハルカに話し掛けた。
「ん?何だい、アワユキ」
「今、小耳に挟んだんですが……今日の夕食、カレーになったらしいです!」
「そいつは良かったなぁ、きっと私達へのご褒美だな、アワユキ?」
「……は、はい!……そ、そうですね……」
相変わらずハルカは、アワユキの想いには気付かない様だったが……アワユキは、彼の〔私達〕と言う言葉に胸を高鳴らせつつ、ふと想う。何故、彼は〔皆〕と言わずに〔私達〕と言ったのだろう?もしかすると……
隣でカレーの事を聞いたタツヤは、ハルカにガッツポーズを見せて、嬉しそうに言った。
「やったなハルカ!それじゃ早速……」
「……行くとしようか、皆!」
「はいッ!!」
ハルカの呼び掛けに、〔追いかけっこ〕をしていたタカキ達も足を止め、元気に返事を返した。
-コーカサス司令官室-
司令官室には、ジクウ、ジン、ハグレ、そしてダイチがいた。
「司令、この度は申し訳ありませんでした。私のミスで、皆を危険な目に逢わせてしまって……」
「いや、謝らなきゃならないのは、俺の方だよハグレ。済まないね、いつも世話掛けてさ」
「俺やハルカがスパイマジシャンを辞めたばかりに、お前一人に負担が掛かっているからな……済まん」
ハグレの謝罪に対し、ジクウとダイチもそれぞれの立場から謝った。それを聞いたハグレは、慌てて答える。
「それは言いっこ無しですよ、司令、それにダイチ……ここでは、皆がそれぞれ、自分の意志で、自身に課せられた責任を果たしているんですから……大変なのは、私だけじゃない」
「しかしジクウ、諜報部門については、やはり再考した方がいいかもしれないな……実際、他の部門に関しては、少ない人数でうまくカバー出来る体制になっているからな」
ハグレの言葉を聞き終わってから、ジンが問題提議をした。
「基地司令に至っては、今回みたいに俺の代わりにジンに任せられるし……アメノさんやアケボノも入れれば、四人体制だからなぁ」
「確かに諜報部員は、ハグレ一人だけで補佐もいませんからね。今迄は、エリュシオンがおとなしかった事もあって、問題無かったとしても……今後は判りませんね」
ジクウが、頭の後で手を組んで、天井を見つめながら呟く。ダイチも、腕を組んで頷いた。
「……そうだな……とりあえずは、ミクロナイトを付けるって事で、頼むわ。正式なメンバーに関しては、心当たりをちょっと当たってみるから。それじゃ、ハグレとダイチ……ご苦労さん、ゆっくり休んでちょうだい」
「はい、失礼します」
ジクウの提案と労いの言葉を受けて、彼らは敬礼して退室した。
……ジクウは立ち上がってコーヒーポットを手にすると、お代わりをジンと自分のカップに注ぎながら、彼に礼を言った。
「今日は本当にありがとな、ジン。アメノさんや若い連中を、うまくなだめてくれたらしいね」
「お安い御用さ。そう言うお前も、久しぶりに大活躍したらしいじゃないか?本当に驚いたぞ、お前らしくないなって」
「いやー、ジユウがあんまりタカキをイジメるから、ついつい、熱くなっちゃってさ……俺もまだまだ蒼いな」
ニヤリと笑ってからかうジンの態度に、少し照れたジクウはそうボヤいて、コーヒーを口に含む。彼もそれにならい、一息付くと再び喋り始めた。
「……ジユウ、それにジザイか……あいつらと久しぶりに逢って、どうだった?」
「相変わらずだったよ、あいつらは。あの頃のまま、昔と何も変わってなかった。でも、俺達もそうだろうな。あいつらから見れば」
「そうかもな」
思い思いの姿勢でくつろぐ、ジクウとジン。その視線も又、別々の場所に向いていたが、心の中に関しては、殆ど同じ想いに違いない。
「……それに、嬉しかった事があったよ」
「どんな事だ?」
「あいつら、〔アースライト〕を覚えていてくれたんだ……俺達四人しか知らない、あの事を……だから、呼び掛けに使ったらさ、すぐに俺だって気付いてくれたよ」
そう言って、ジンの方に顔を向けたジクウは、懐かしさで顔をほころばせていた。
-数十年前-
暗黒の宇宙空間を漂う、巨大な氷塊――良く見てみると、内部に幾つかの水晶体が封じ込められているのが判っただろう。その水晶体の中で目覚めたのが、ジクウ達だった。ジンがテレパシーで、ジクウに呼び掛ける。
「……無事か、ジクウ」
「……あぁ、ちょっと窮屈だけどさ……ジユウと、ジザイは」
「……この程度で、どうにかなる俺じゃないさ」
「……えぇ、私も大丈夫ですよ、ジクウ」
「……そいつは何よりだ……所で……ここはどこなんだ、ジン」
「……星の配置からすると、ミクロソル系では無い様だが」
「……そうか……あッ!?ジン、あれを見てみろ!」
「……どうした、ジクウ?」
「……あれは、アースライトだ……」
遥か遠くにきらめくそれは、惑星光――彼らの故郷、ミクロアースと同じ蒼い輝きだった。ジクウの見つけた〔アースライト〕に、色めき立つ仲間達。
「……ま、まさか!?」
「……何だとッ!?ミクロアースは無事だったと言うのかッ?」
「……いや、あれは違う惑星だ……どうやら我々は、別の星系へ来た様ですね」
「……そうか……でも、そっくりだな、俺達のミクロアースに……なぁ、ジン」
「……あぁ、きっと美しい水の惑星に違いないさ……行ってみたいな、あの星に」
「……もちろん、俺は行くぞ」
「……そうだね、兄さん」
そんな彼らの前途を祝福するかの様に、アースライトは力強く輝いていた。
-コーカサス司令官室-
冷めたコーヒーを一気に飲み干すと、ジンが口を開いた。
「氷塊が、地球に近づくにつれて太陽光で溶けて……俺達の水晶体は脱出出来た」
「そして、俺達は地球に辿り着いたんだよな……既にジョージ達が、地球圏の探索を始めていた所だったな」
「あぁ、そうだった……あの頃が懐かしいな」
そう言って、眼を細めるジン。そして、カップの中の褐色の水面を見つめていたジクウも、残ったコーヒーをグッと飲み干し、ポツリと呟いた。
「……実はさ、ジン……〔ジユウ船長〕に誘われたよ、エリュシオンに来ないか?って」
「ハハハ、アイツは、すぐ仲間を作りたがるからな。それで、お前は……〔気ままな海賊団〕に行きたかったか?」
ジクウの驚くべき告白に、動じる様子も無く――とっくに、お見通しだったのかもしれない――ジンは、更に核心に迫る質問をした。
「……そうだなぁ……正直言って、心は揺らいだよ。なんて言うか、子供の頃のワクワク感とか、嵐が来る前の晩みたいな……カーッと血が騒いで熱くなる様な、あんな感じで身体中が満たされた。きっと根本では俺達も、あいつらと何ら変わりは無いんだって、思ったよ」
正直に胸の内を明かすジクウ。コーカサス司令官として、許されないであろうその本心も、親友ジンの前だからこそ、素直に口にしたのだろう。
「俺達?……俺も入ってるのか?」
「だって俺達四人は、いつだってつるんでただろ?」
「まあな……でも結局、お前はエリュシオンに行かなかったんだな」
「あぁ。あいつに誘われた時、俺も言い掛けたんだ……お前らこそコーカサスに来い、って」
そう言うと、ジクウは再び立ち上がって、コーヒーを二つのカップに注いだ。
「言い掛けて……どうして、やめたんだ?」
「多分、俺が断った様に、あいつらも断っただろうからな……所詮、俺達とあいつらは、鏡に映った影同士なのさ。姿形は同じでも、行き来する事は出来ない……」
「そうか……」
ジンはそう答えて、三杯目のコーヒーに口を付けた……同じく、ジクウも。室内には、二人の男と、コーヒーの香りと、静かで緩やかな時間の流れだけがあった。そして、空になったカップをそっと置いて、椅子をリクライニングさせると、ジクウは彼の横顔を見つめて呟いた。
「昔みたいに楽しくやろうぜ、ってジユウは言ったけれど……俺にしてみれば、今は充分楽しいさ。お前を始めとする、この基地の連中に囲まれて……皆、いい奴ばっかりだしな」
「俺もそう思うよ、ジクウ」
ジンも、カップを机の上に置くと、手を頭の後で組んで、顔を彼の方に向けると、微笑みながら答えた。
「……結局、皆それぞれでいいんじゃないのかな……富士本部も、支部も、サテライトも、ノーザンも、タイタニアも、宇宙に出て行ったバスターとかも、俺達以外の特務部隊も、もちろん、それ以外の連中も」
「あぁ」
「コーカサスやエリュシオンもさ……いろんな主義主張があっても構わないさ、皆それぞれが真剣でさえいれば……だって、色々いた方が面白くて、楽しいだろ?」
そう言って、心地好さそうな表情で眼を閉じる、ジクウだった。
こうして、彼らにとって慌ただしかった――しかし世界から見れば、ほんのささやかな――一日は、静かに幕を閉じた。だが、ジザイが告げた、吹き荒ぶ一陣の風――いや、巨大な嵐が、彼らを飲み込もうとしている事を知る者は、一人もいなかった。
これは、富士本部のアルバートがノーザンライトに旅立つ、一週間程前の出来事であった。
(22/12/03)