小さな巨人ミクロマン 創作ストーリーリンク 「タスクフォース・コーカサス」 0004
【名古屋市上空】
ハルカ達戦闘部隊に続いて、ダイチ達救助部隊も、コーカサス基地を飛び立っていた。その編隊は、ミクロ円盤UFO・ブルーと、レスキューマシン群で構成されている。
レスキューマシンはサーベイヤーと同様に、外見は同じだが構造材やアビオニクスをコーカサスで改修した機体で、レスキュー1は〔イーグル〕、2は〔レオ〕、両機の合体モードを〔グリフォン〕、レスキュー3は〔ワイバーン〕、4は〔サラマンダー〕、5は〔バット〕、3機の合体モードを〔ドラゴン〕と呼称していた。
UFOには、隊長でレンジャー関連を統括するダイチ,隊員コウキ、グリフォンのイーグルコクピットには隊員シンラ、レオパルドコクピットには隊員リョウヤ、ドラゴンのワイバーンコクピットには隊員リク、サラマンダー内には、隊長補佐で医療関連を統括するアサヒ,隊員アンミツ,ベテランコマンドのアンが搭乗している。
「コウキ、怖いか?」
UFOのコクピット内、腕を組んで前を見据えたままのダイチは、隣で操縦に専念するコウキに、そう問い掛けた。
「い、いえ!大丈夫です!」
『相変わらず不器用な奴だな。時には、自分の感情をさらけ出す事も、必要なんだが……』
コウキの答えを聞いて、ダイチは心の中で苦笑した。コウキは、常に努力を怠らない秀才タイプで、ある意味とても扱い易い隊員なのだが、感情表現が下手な為に本音を掴み辛い所がある。今迄はそれでも良かったが、実戦を目の当たりにしてその性格が裏目に出ないか、少し気に懸かる。
「そうか……とにかく、こうなった以上、案じても何も始まらん。普段通り、いつもの自分でやってみろ。リクもだ」
表面上は納得してみせて、ダイチはリクにも声を掛けた。
「りょ、了解です!隊長のご期待を裏切らないよう、が、頑張ります!」
戦闘部隊同様、編隊内の通信回線はフリーモードの為、即座に返答するリクの生真面目な声が、UFOのコクピット内に響いた。その声から察する通り、リクは真面目で、何事にも一生懸命取り組む性格だ。もちろん、その性格は高く評価出来るのだが、少々トロい所がある為、仲間にからかわれる事が度々あった。
そしてリクの後方、レスキューサラマンダーでは……
「ホント感激でーす、アンさんとご一緒できるなんて!この事はもう、一生の思い出でーす!だって、アンさんはあたしの憧れだったしー……あたし、アンミツって言うんですけどー、名前も似てるから、やっぱり、何か縁があるのかなー、なんて思ったりなんかしてー、えへへ……そうだ!名前って言えば……あのー、無理なお願いかもしれないんですけどー……サイン下さい!いいですかー?」
「え?えぇ……」
狭い機内、お互いのぬくもりを素肌に感じる程、アンに身体を寄せるアンミツは、思いのたけを甘く舌ったらずな声に込めて、切々と語り掛けてくる。そして、それを受け止めるアンの胸の鼓動は、早鐘の様に高鳴っていた。
『……ど、どうしたの?私……』
多くのミクロマンの憧れであるアンを前にして、思わず舞い上がってしまう者は多かったが、ここまで情熱的に迫ってくる女性は、恐らくアンミツが初めてだった。真摯な眼差し、淡いコロンの香り、耳をくすぐる熱い吐息、みずみずしく熟した苺の様な唇……もし、このまま押し倒されでもしたら、自分は何も抵抗出来ないかもしれない。妖しく切ない高揚感に、全身を支配されかけるアン……
<ポカッ!>
「イタッ……」
瞳をそらせず見つめていた唇が、小さく動いてそう呟いた。我に返ったアンが、眼のフォーカスを戻すと……片目をつぶって、肩を竦めたアンミツと、彼女の頭上に力の込もっていない軽く握られたゲンコツが……横では、そのゲンコツの持ち主であるアサヒが、やれやれと言った表情をしていた。
「こーら、アンミツ!今は出動中よ。おしゃべり位は大目に見るとしても、サインなんてプライベートな事は、あとにしなさい!」
「はーい、すみませーん!」
腰に手を当てたポーズを取って、アンミツを諭すアサヒ。彼女の声は、さながら初夏の風の様に心地好く爽やかだ。地球人なら、体育教師や運動系クラブの先輩と言った姿がサマになるだろう。答えるアンミツの方は、さながら生徒か後輩と言った所か。
「ゴメンなさい、アンさん!」
そう言ってペコリと頭を下げると、アンミツはアンから身体を少し離した。
僅かに頬を上気させたアンの心の内を、知ってか知らずか、アサヒは屈託ない笑顔を向けて言った。
「ゴメンねー、アン。この子〔天然〕入ってるから、ちょっとビックリしたでしょ?」
「う、うん……でも、ほんの少し驚いただけだから、気にしないでね……」
「全然、気にしてないでーす!」
ニッと微笑むアサヒに答えた後、アンミツに気を使うアンに向かって、彼女は子供の様に純真無垢な笑顔を見せた。どうやらアンミツに〔その気〕は全く無く、それはアンの勝手な思い込みだったらしい。恥ずかしさの余り顔を紅潮させるアンに、アサヒが言葉を掛ける。
「ハハハ……これでもね、実はすごく優秀なのよ、信じられないかもしれないけどね。だから、実務で足引っ張る事はないと思うわ」
「……えぇ……アサヒがそこまで太鼓判を押すなら、心配ないわね」
「そういう事!……しっかしホント久しぶりね、アン。こんな事にならなければ、昔話に花が咲かせられたのに……」
そう言って残念そうな表情をするアサヒを見て、アンは過去に思いを巡らす……前の戦いに於いて、アサヒは優秀なサポート役の一人だったが、レディーコマンドの象徴として特別扱いされる事もある自分に対して、常に心を割って接してくれる大切な存在でもあった。
「そうね……でも、あなたと又一緒に仕事が出来るのは嬉しいわ」
「まぁ!相変わらず〔高嶺の花〕らしいお言葉ね!アンさん?」
「や、やめてよ!あなたまでそんな事言わないで!私は皆が言うような……」
おどけたアサヒの一言に、先程迄満たされていた暖かさは消し飛び、心を冷たい孤独の陰が覆う。独りぼっちで取り残された、子猫の様な表情のアン。そんな彼女が可愛い余り、つい悪ふざけした自分に罪悪感を覚えて、アサヒは謝った。
「ゴメンね!アンは、からかいがいがあるから、ついついイヂメたくなっちゃうのよねー」
「もう、ひどいわ……アサヒったら……」
『へえー、アンさんって、こんな表情もするんだー…』
オーバーな仕種で謝るアサヒと、自分がからかわれた事を知って、プッと頬を膨らませるアン。それは、昔の――もっとも、地球人の3倍近い寿命を持つミクロマン達にとっては、地球人の赤子が成人する歳月も、幼児期から卒業する位の時間でしか無いが――あの頃の彼女達、そのままの姿だった。そんなアンの知られざる一面を見られた事は、アンミツにとって、貴重な思い出になった様だ。
その頃、レスキューグリフォンでは……
「どうして俺が、レオなんだよ!納得行かねえよ、全く!」
ツンツンに逆立てた髪、剥き身の蒼いナイフの様に鋭い瞳、しかし表情には、どこかワルになりきれない幼さをたたえたリョウヤは、レスキューレオのコクピットでふてくされていた。
「まあまあ、リョウヤのダンナ!そう落ち込むなって」
リョウヤと同じ雰囲気をたたえつつも、彼に比べれば場の空気を読む事には長けており、狡猾に立ち回るキツネの様なズル賢さを持ったシンラが、レスキューイーグルのコクピットから慰めの言葉を掛ける。
「チッ……ホンット、ムカツクぜ!オイ、シンラ!俺と代われよ!」
「冗談よせよ!頼むなら、他の奴にしろって」
リョウヤに慰めの言葉を掛けたからと言っても、自分が身代わりになる程お人好しの筈が無く、シンラはその矛先を他の仲間に向けさせようとするが……
「やなこった!トロいリクは〔岡持ち〕ドラゴンでちょうどお似合い、コウキはお利口ちゃんらしく、〔仲良し〕UFOでオッサンのアッシーしてりゃいいんだからよ!」
「オイオイ……」
憤りの余り、上官であるダイチを堂々とオッサン呼ばわりするリョウヤに、危険な空気を感じたシンラだが、彼は止まらない。
「大体よ、なんであんなオッサンに、俺がペコペコしなくちゃならねえんだよ!」
「もうよせよ、マズいって……」
「かまうもんか!やっぱ、コーカサスはおかしいんだぜ!司令官はフヌケだわ、戦闘部隊にはタカキみたいな鈍亀がツラ並べてるわ……」
『知らねえぞ、俺は……』
熱くなったリョウヤの声は、どんどん大きくなっていき、もはや処置無しと判断したシンラは、自分に火の粉が降り掛からぬ様、さっさとダンマリを決め込む事にした。そしてヒートアップしたリョウヤは、遂に……
「スパイマジシャンが務まんなくて辞めちまった様な、腰抜けのオッサンとダチ公が、偉そうに隊長なんかやってるしよ!そんなんだから、実力のある俺をさしおいて、鈍亀タカキが戦闘部隊隊員!なんてバカな事がまかり通ってるんだぜ……」
タカキへの個人攻撃はまだしも、コーカサスで暗黙の内にタブーとされていた、ダイチとハルカの過去の経歴を、口にしてしまった!しかし、リョウヤの迷演説は……
「それでは、今すぐ司令やタカキと入れ替わって、そのお手並みを拝見出来るかな?リョウヤ殿?」
低く重厚な、いつも自分を口やかましく罵る上官の、正に今話題にしていた男の――ダイチの声によって遮られ、救助部隊内は、気まずいムードに支配されつつあった。
『……チッ』
『あ~あ……』
リョウヤの脳裏に、自分の知っている、地球人の格言が浮かんだ。確か〔後悔先に立たず〕だったか?……彼の行く末を悼み、シンラはせめてもの情けで、神に祈ってやった……勿論、疫病神にだが。
「本当に、口先だけは一流だな。ならば、そんな貴様にピッタリの部隊を新設して、隊長にしてやろうか?その名も〔ヤジ部隊〕だ!悪くないだろう、リョウヤ?」
『……ケッ、得意そうにクダらねえ事言ってんじゃねえよ』
ダイチの皮肉に心の中で悪態をつきつつ、リョウヤは今更ながらダンマリを決め込んだ。もっとも、早くから黙っていれば、この様な事態にはならなかったのだが。しかしそんな彼に、ダイチは……
「俺の事はまだしも、ハルカを侮辱した事は許せんッ!こんな状況でなければ、今すぐここから叩き落としてやりたい位だ!青二才がッ!!」
ダイチが発した〔青二才〕と言う言葉を聞いて、リョウヤの頭の中は真っ白にブッ飛んだ!
「な、何だとッ!アンタらがスパイマジシャン辞めて〔リング無し〕なのは本当だろうがッ!!何でそんな落ちこぼれ野郎に、俺が青二才呼ばわりされなきゃならねえんだよッ!!」
キレたリョウヤは、上官であるダイチを、〔落ちこぼれ野郎〕呼ばわりしてしまった!
『あちゃー、このバカ……』
「リョ、リョウヤ、何て事を……」
「リョウヤ!お前、隊長に向かって……」
シンラは、自分の祈りが疫病神に届いたのを悟り、温厚なリクや冷静なコウキ迄もが、思わず声を上げた。
「フッ、本当なら何を言ってもいい、か……だから貴様は青二才なんだ!くれぐれも味方の足を引っ張る様な真似だけはしてくれるなよ、リョウヤ!」
「ヘッ!アンタこそ、俺に手柄立てられて、悔し涙流すんじゃねえぞ!見せてやるよ、リョウヤ様の実力……」
リョウヤの馬鹿さ加減に、むしろ憐れみさえ感じつつ、売り言葉を言い放つダイチ。そしてリョウヤが、買い言葉を返し始めたその時……
「コラッ!!リョウヤッ!」
二人の間に割って入ったのは、アサヒの怒声だった。
「な、なんだよ!アネゴ……」
「その呼び方はやめなさいって、何度言えば判るの!?まぁ、それはともかく……大体ねぇ、アンタ!この装備だけであの戦力に立ち向えるミクロマンなんか、銀河系中探したっている訳ないわよ!何、ネゴト言ってるの!」
「そ、そんなの、やってみなけりゃ……」
まるで、氷水でもブッ掛けられたかの様に、ヒートダウンするリョウヤ。トンガっている彼も、何故かアサヒには頭が上がらないらしく、ピシャリと言い切られて、しどろもどろの答えしか出来ない。それはさながら、お転婆でガキ大将の姉と、沢山弱みを握られて反抗できない弟、と言った様相を呈していた。そんなリョウヤに、甘く舌ったらずな声が追い討ちを掛ける。
「もう、リョウヤ君ー!今日はせっかくアンさんが一緒なのに、恥ずかしいでしょー!そういうのをねー〔匹夫の勇〕って言うのよー!」
「な、なんだってお前に、そこまで言われなきゃならねえんだよ!アンコロ姫ッ!!」
相手がアサヒでは無くアンミツなら、形勢逆転出来るとばかりに、噛みつくリョウヤだったが……
「ひどーい!アンさんの事、そんな風に呼ぶなんてー!!」
「……バ、バカッ!お、俺が言ったのはアンミツの事で、ア、アンさんの事じゃねえって!」
アンミツの予期せぬ切り返しに、リョウヤは返り討ちに逢ってしまった。
「判ってるよ、冗談に決まってるでしょー。……でも、なんでそんなに動揺してるのー?」
「ど、動揺なんかしてねえよ!」
熱くムキになるリョウヤと正反対に、いたって冷静なアンミツはある事に気が付き……それを確認してみる事にした。
「ふーん……あ!そう言えばアンさんってねー、リョウヤ君みたいなワイルド系が好きみたいよー!」
「……え、えぇ~ッ!?そ、そうなのかッ?」
予想だにしなかったアンミツの〔大スクープ〕に、取り乱すリョウヤ。もちろんそれは、対岸の火事とばかりに、事の成り行きを見守っていたアン自身も直撃していた!
『わ、私!?そんな事、一言も……』
『ゴメン、アン!ちょっとアンミツに任せといて!ね?』
まるで、寝込みでも襲われたかの様に慌てるアン。彼女に向かって両手を合わせるアサヒは、苦しそうに笑いを堪えていた……リョウヤの首を真綿で絞めるかの様なアンミツの精神攻撃は続くが、既に戦いの主導権は彼女の手の内にあった。
「あー!又、動揺してるー!やっぱりアンさんの事、好きなんだー?」
「べ、別にそう言う訳じゃねえって、言ってるだろ!」
完全勝利を確信したアンミツは、戦いに終止符を打つ事にした。
「そうよねー。大体、リョウヤ君にはあたしがいるしー」
「な、何で俺とお前が付きあってるんだよッ!?ア、アンさんに誤解されたらどうすんだ、バカッ!!……って、オイ!?」
アンミツの〔引っ掛け〕に慌てて反論したリョウヤだったが、自分が口にした言葉が意味する事に気付き、顔面蒼白になって固まった。
「……リョウヤ君って、すぐ誘導尋問に引っ掛かるんだよねー。ホント単純ー!」
「……そ、そんな……」
アンミツの〔勝利宣言〕を聞いて、自分が撃沈した事を悟ったリョウヤの頭の中で、思考が回る。まるで、地球人の童話みたいだ。俺は〔裸の王様〕で、アンミツは〔王様は裸だ!って叫んだ子供〕だな、きっと……だが、そんな彼にお構い無く、顎に人差し指を当てながら、彼女はクールな声でトドメをさす。
「まぁ、アンさんの好みがワイルド系っていうのは〔あたしの推測〕だから、本当の所は判らないんだけどねー」
「……な、何だと~ッ!?だ、騙しやがったな~姫ッ!この野郎~」
〔憧れの女性とのロマンス〕と言う、淡い期待を打ち砕かれて脱力したリョウヤの抗議に、アンミツは……
「でもね……勇気を持った人は、きっと大好きだと思うよ!もちろん、さっき言った〔匹夫の勇〕じゃなくて、本当の勇気だけどね!」
「……え?」
そう告げた彼女の声は、甘く舌ったらずな物では無く、まるで別人の様に、自信に溢れ信念を謳い上げる透明な声へと変わっていた。
「特に、あたし達救助部隊は、それが絶対必要だと思うの!判る?リョウヤ君」
「……い、いや」
「そうね……耐える勇気とか、退く勇気とか、負けて帰る勇気とか……確かに、見た目は地味で、カッコ良くないかもしれないけど……それが、本当の勇気だと思うよ」
「……」
「リョウヤ君にはそういうの、イマイチなのかな……」
「……」
気が付くとリョウヤは、アンミツの言葉におとなしく耳を傾けていた。
「でも、あたしはね……そんな勇気を必要とする救助部隊って、素敵だと思う。だから、ここにいる今の自分が大好きなの!」
自身の想いを熱く語るアンミツ。いつの間にかリョウヤだけで無く、その場にいる全員が彼女の言葉に聞き入っていた。
『……純粋な心だ。だが、本当の戦いを目にして、それでもまだ、その心を失わずにいられるのだろうか……』
ダイチは、心の中で呟いた。その表情は、ほろ苦い何か――それは、取り返しのつかない過去か、それとも若かった頃の過ちか――を噛み締める様に見えた。
『……理想に燃える純粋な心は、その分脆くて壊れ易いのよ。むしろ、エゴに凝り固まった心の方が、現実を逞しく乗り越えられるかもしれないわ……』
アサヒも又、遠い眼をして心の中で呟いた。負ける事など考えてもいない若さの、弱さと強さの双方に想いを馳せて……
『……でも、私達は忘れてはいけないのよ、彼女の様な純粋さを。そして絶対に、守り通さなければならない……』
ダイチとアサヒの想いは、アンも感じていた。それでも、アンミツの純粋な心を信じてみたいと願う気持ちの方が、遥かに勝っていた。
「……あ、あのさ」
リョウヤが頭を掻きながら、口を開いた。
「ん、何?」
「……ひ、姫ってよ、何か時々、すげえ事言うのな……俺、バカだから良く判んねえけど」
いつもと違って意気がる事もせず、リョウヤは素直に気持ちを告げていた。
「……うーん、あたしも良く判んないよー、実は」
「な、何だよ、そりゃ~!?……ホンットに!姫はよ~」
しかし、いつもの〔天然〕に戻ったアンミツにズッコケてしまい、思わず文句を付けようとしたが……
「はいはい、とりあえず今はそこまでね!……隊長!そろそろレスキューバットを」
「……そうだったな、頼む」
アサヒの仕切りで、この場は一旦終了となった。彼ら救助部隊にも、時間は貴重なのだ。
「了解!レスキューバット、テイクオフします!!」
ダイチの了承を得たアサヒが、レスキューバットを発進させた。大空に向かって、赤い機体が飛び立って行く。
【コーカサス格納庫内】
喧騒に包まれる整備エリアの一画に二人の女性がいる。どうやら、忙しそうな片方に、もう片方が付きまとっていると言った状況の様だ。
「……なあアヤヲリ、頼むから使わせてくれよ!ちょっとだけでいいからさ」
「……ダメな物はダメ!……それと、ボクの名前を変なイントネーションで呼ぶのやめてって、いつも言ってるでしょアリサ!〔ヲ〕じゃなくて〔オ〕だよ!」
付きまとっていたのは、男勝りの勝ち気な性格で、同性に好かれるタイプの、防衛部隊隊員アリサ。一方、付きまとわれていたのは、好奇心旺盛な性格で、少しボーイッシュな雰囲気の、維持部隊整備担当アヤオリ。どちらも戦後世代だ。ちなみにアリサがアヤオリを妙な発音で呼ぶのは、彼女のヲタク気質を茶化しているからである。
「そんな細かい事、気にするなって。とにかくアタシは、お前が暇さえあればロボットマンをいじってるの知ってるから、その情熱を認めた上で、こうやって頭を下げて頼んでるんじゃん!」
「だから……あれはロボットマンじゃなくて、バイオトロン!そもそも、ロボットマンと呼称される機体って言うのは、ヘルブレーンにサイボーグ培養脳を使用していて、装甲材や内部構造も量産型であるバイオトロンとは違って、ランクの高い……」
やはりその印象通りに、アリサはさっぱりしているが、ガサツで短気、アヤオリは博識で親切だが、話が理屈っぽく止まらない、そんな性分の様だ。そして、彼女らが話題にしているバイオトロンだが……
「あーッ!そんな事どうだっていいだろ!このアタシが、ロボットマン……じゃなかったバイオトロンを使ってやるって言ってるんだぜ?大人しく貸せばいいんだよッ!」
「ダメ!さっきから何度も言ってるでしょ!あの〔バイオ君〕は実戦に耐えられるコンディションじゃないんだよ!具体的には、光子エンジン老朽化に伴う出力不足、背部キャタピラ欠損と左下腕部の破損、パワードーム部全体も損傷があって……」
「とにかく!動けばいいって、動けば!後はアタシの腕でカバーするからさ!」
前の戦いで酷使された機体は、部品供給の目処が立たない為に修理は叶わず、アヤオリの言う通りのコンディションのまま、基地内作業用として戦闘用機体からは外されている。それにも関わらず、自信過剰なアリサは、メカをこよなく愛するアヤオリの説得にも耳を貸さない。気が付くと、その騒ぎを聞き付けて、コーカサス所属のドロイド達が集まって来てしまった。
「アヤオリさん、ワタシからもお願いします!スパイロイドを助けて下さい」
「アヤオリ頼む。修理に必要ならば、ワタシの部品を使ってくれても構わない」
「ジブン達も使って下さい!なあ、シルバー?」
「もちろんさ、ゴールド!」
「じゃあオレは、武装の足しにでもしてくれッ!きっと役に立ってみせるぜ!」
サーベイヤースカイに搭載されている、スパイロイドの身を案じるドロイド達――デイター,ミニロボットマン,ミクロナイト・ゴールド&シルバー,そしてミサイラー――ドロイドの人格(?)を尊重して対等に接するアヤオリは、彼らに詰め寄られて困り果ててしまった。
「き、君達の気持ちは良く判るけど……それでもダメなんだよ」
「大丈夫だって!多少ハードがマズくたって、要はパイロット次第さ!アタシなら……」
アヤオリの気持ちも省みず、楽天的な考えのアリサが強引に押し切ろうとするが……
「フッ、バイオトロンも気の毒にな……」
突然の若い男の声に、彼女らが振り返った先――そこには壁に背中を持たれ掛けて、不敵な表情で斜に構える青年――やはり戦後世代で、アリサと同じ防衛部隊隊員のアシュラ――がいた。
「アシュラ!?……どう言う意味だよ!」
「言った通りの意味さ。考えるより先に手が出るようなジャジャ馬に乗り潰されて、役目を終えるのかと思うと、バイオトロンが余りにも不憫で可哀相だ、ってな……」
アリサの問いに、痛烈な皮肉で言葉を返すアシュラ。その口の悪さも、妥協や馴れ合いを嫌って正直に物を言う性格故なのだが、相手が誰であろうと遠慮しない毒舌の為に、何処でも上官や仲間から疎まれ、各地を転々とたらい回しされた挙げ句、コーカサスに流れ着いたと言う噂だった。
「な……何だと!?」
「ま、俺だったら、このジャジャ馬より遥かに上手く使いこなしてやるぜ!どうだ、アヤオリ?」
「この野郎……言わせておけばーッ!」
アリサは、アシュラの言葉に我慢出来ず、彼に殴り掛かるが……
「オット!……全く〔女〕ってのは、すぐ感情的になるから始末が悪いな」
アリサの攻撃を余裕でかわしたアシュラは、女性を見下す言葉を口にした。〔男らしさ〕や〔女らしさ〕に囚われる考えを何よりも嫌う彼女の前で、それは禁句だった!
「お、男がどれ程の物だって言うんだ!バカにしやがって……後悔させてやるッ!!」
キレたアリサは、まるで飢えたヒョウの様な跳躍力で襲い掛かる!今度ばかりはかわし切れず、アシュラは激しく床に押し倒された。彼の身体に馬乗りになると、彼女の拳が高々と振り上げられ、彼の顔面に向かって振り下ろされようとした、正にその時……
<バシャッ!>
「ギャッ!」
「ブハッ!」
突然激しく浴びせ掛けられた水に、悲鳴を上げるアリサとアシュラ!ズブ濡れの二人を見て、ハッと我に返ったアヤオリは、水の出所を見て、思わず叫んだ!
「ア、アサナギ!」
そこには、片手にバケツを持って立つ女性――維持部隊医療担当のアサナギの姿があった。彼女も、アヤオリ達と同じ戦後世代であるが、色白で陶器人形の様な顔立ちが、幾分大人びた印象を与えている。
「……あなた達が、痴話喧嘩でケガするのは勝手だけど、この基地には、そんなバカな人達に使う為の薬や治療器具は、只の一つだって無いわよ」
表情を変えずに発したアサナギの声は、外見同様、どこか冷たい無機質さを感じさせる。彼女は、いつも冷静で感情の起伏に乏しく、くだけた所を他人に見せた事が無かった。
「……こ、この冷血女!一体、何様のつもりで……」
「……アリサ、ボク達ミクロマンは、地球生物の爬虫類とは違うから、その言い方は……」
「うっさい、アヤオリッ!誰もお前に、生物学の講義なんか頼んでないぞッ!」
怒りの矛先を、今度はアサナギに向けるアリサ。彼女の気を逸らす為に、アヤオリは下手なツッコミを入れるが、逆に怒鳴り返される始末だ。しかし……
「……この基地、つまり〔後方〕にいる私達とは違って、戦闘部隊や救助部隊の皆は、最前線で自分の身を危険に晒しているわ。状況によっては〔命〕を落とす事もあるでしょうね」
医療担当であるアサナギが〔命〕と言う言葉を口にした事で、その場の空気は凍り付いた。リセットしてやり直す事など出来ない、冷酷な現実。その重さが、彼らにのしかかる。
「……でも、それが彼らの責務よ。そして私には、彼らが傷付いて戻ってきた時に治療を行う責務、アヤオリにはメカの修理、エネルギーや弾薬の補給と言う責務があるわ」
「……だ、だから……何だってんだよッ!」
「……あなた達防衛部隊にも、敵襲に備える責務があるでしょう?こんな所で油を売ってる暇は無い筈よ」
「そ、その為にも!ロボ……じゃなくてバイオトロンに、このアタシが乗って戦ってやるって……」
クールに話を続けるアサナギに対して、負けず嫌いなアリサが、とにかく言い返そうとするが……
「……あなた、アヤオリの話聞いてないの?現実を直視しないで、気合いや根性だけでどうにかなると思ってるなんて……ホント、おめでたい神経ね」
アサナギの言葉が、氷で出来た鋭いナイフの様に、アリサの胸を貫き通す。
「……い、言わせておけば!ぶっとばしてやるッ!!」
負けを知りながらも認めたくないアリサは、立ちはだかる現実を、無法の暴力で跳ね飛ばそうとしたが……
「ウッ!?……ア、アシュラ!」
「やめとけアリサ、お前の負けだ!もちろん、俺もだけどな……確かに、アサナギの言う通りだぜ」
アリサの暴挙を食い止めた、力強い手。その持ち主であるアシュラが、彼女の瞳を見つめながら、静かに諭す。むしろ皮肉屋であるからこそ、アサナギの言葉に正しさを、そして自分達の負けを認めた彼は、引き際も知っていた。
「……フン!」
そう言い捨てると、アリサはアシュラの手を振り払って、そっぽを向いた。気を利かした整備クルーが、二組のバスタオルとモップを、彼らに投げてよこす。タオルを頭から被った二人が、拭き掃除を始めたのを確認すると、アサナギは静かにその場を去った。
後味の悪い気まずさが残った物の、場が収まったのは事実だ。アヤオリは慌ててアサナギを追いかけると、彼女の横に並んで歩きながら、礼を言った。
「あ、ありがと、アサナギ……」
「……余計な仕事を増やしたくなかっただけよ……それじゃ」
そう言って、やはり平然としたままの表情で、アサナギは去って行った。しかし、言葉とは裏腹に仲間の事を心配して、彼女なりのやり方で止めてくれたに違いない。そう信じて、彼女の後姿を見送るアヤオリだった。
(22/05/08)