小さな巨人ミクロマン 創作ストーリーリンク 「タスクフォース・コーカサス」 0006
-伊勢湾沖上空-
サーベイヤースカイのタカキとジクウは、いよいよ、ジクウが言う所の〔メインディッシュ〕を目前にしていた。
「し、司令!敵を捕捉しました!先頭にロボットマン2!向かって右にロボットマンゴッドファイター!左に移動基地です!」
緊張と言うのは、何度経験しても慣れる事が無いんだな……タカキの脳裏には、そんな事が浮かんでいた……乾いた喉が、少し痛い。
「ロボットマン2に、さっきの〔アースライト〕って奴を送ってくれ」
「りょ、了解!」
しかし、ジクウを見る限りは、緊張など取るに足らず、正にノンキその物だ。いつかは自分も、そうなれるのだろうか?……タカキのそんな思考を、豪快な男の声が打ち破った。
「本当にお前なのか、ジクウ!?ハッハッハッ、久しぶりだな!!元気かッ?」
「……そんなにデカイ声で怒鳴らなくても、聞こえてるよ……ジユウ」
『えぇッ!今度はエリュシオン司令官が!?……確か、さっきのジザイ副司令官の……実兄だ』
モニターに映ったミクロマン――気力に満ちたオーラを纏い、肉食獣を思わせる面構えで、大胆不敵な表情の熱い男――に向かって、やはりジクウは面倒臭そうに答えた。
そして、組織の首謀者が二人とも、自ら乗り込んで来た事に、タカキは驚きを隠せなかった……ジクウの様に、偶然顔を出したとも考えられないだけに。
「毎日、ガキのお守りで大変だろう?もっとも、今日の俺もそうなんだがな!」
「……そいつは、お勤めご苦労さん」
事務的に労いの言葉を掛けつつ、ジクウは考える。
『……奴の言う事が本当なら、移動基地とゴッドファイターのパイロットは、実戦経験の乏しい戦後世代と言う事になるな……確かに、仲間の探索及び蘇生について、エリュシオン自身も独自に行ってる事は、ハグレの調査で明らかになってるから、可能性はある』
そこで軽く一息付くと、考えを続ける。
『……だが、こちらを騙す為に、奴があえて嘘を言っている可能性もある……或いは……こうやってこちらが惑わされる事自体が、目的かもしれない……』
考えを巡らすジクウの心を知ってか知らずか、ジユウは子供の様にはしゃいでいた。
「しかし、わざわざお前が出てきてくれるとは、本当に嬉しいぞ!もしや、俺と一戦交えてくれるのか!?」
「そんな訳ないだろ、お前じゃあるまいし。ホント、お前は何でも自分でやりたがるんだよなぁ……折角若い連中がいるんだから、任せとけばいいのに」
「フフフ……お前のそう言う所も、相変わらずだな」
ジクウのノンキな返しに呆れるジユウを無視して、考えを詰める。
『……多分、奴の性格からしても、若い連中の件は本当と考えていいだろう……もし違ったなら、その時また考えるさ……』
そう腹をくくったジクウは、先程と同様に、ダメモトでジユウに問い掛けた。
「ま、そんな事より……ジザイにも頼んだんだけどさ……今すぐ、帰ってくれない?」
「フッ……張り合いの無い所も、相変わらずだな……ちなみに、アイツは何と答えた?」
「ダメだとさ」
「ハハハッ!つまりそういう事だ、それが、俺達の意志だ!」
「……つくづく、兄弟揃って仲のいい頑固者だよ、お前らは」
そう呟いて、苛立ち混じりの深い溜め息をつくジクウだった。
『……正反対の気質の癖に、そう言う所だけ揃うんだよなぁ……それにしても、仲良し兄弟のワガママに付き合わされてる、俺達って一体……』
自嘲気味のジクウに多少は譲歩する気になったのか、ジユウは提案を持ち掛ける。
「まぁ、俺と闘って勝つ事が出来たら、色々と考えてやってもいいがな……どうだ?」
「もちろん、遠慮しとくよ」
間髪入れず、即答するジクウだったが……
「残念だが、決定権は俺の方にある!嫌でも闘って貰うぞ!」
「……なら、最初から聞くなよ」
ジユウの一方的な宣言に、やはりふてくされてしまうジクウ……残念だが、対決は避けて通れない様だ。
「……いいか?お前らヒヨッコは、一切手出しするなよ!」
「は、はいッ!」
部下に釘を差すジユウに、移動基地とゴッドファイターのパイロット達が揃って返事をする。ロボットマン2の回線越しに聞こえるそれは、緊張した若い声だ。
『どうやら、言ってた事は本当の様だな……ホント、ジザイと違って……判り易い奴だよ、お前は』
ジクウは確信していた。勝てないにしても、やられっ放しにはならないだろうと。
「では……行くぞッ!ジクウッ!!」
ジユウの叫びと共に、闘気の化身となったロボットマン2が迫る!対するジクウは、身構えるタカキに簡潔な指示を飛ばす。
「タカキ、逃げろ」
「……え?し、しかし……」
「お前さんと奴の差を考えれば、判るだろ?」
「……りょ、了解!」
ジクウの意外な指示に当初は戸惑うも、すぐに意味を悟るタカキ。彼は〔匹夫の勇〕を知っていた。サーベイヤースカイは急速反転して、緊急離脱を掛ける。
「オイオイ……確かにこっちはロボットマンで、何かと有利かもしれんが……サーベイヤーだっていい機体だ、少しは楽しませてくれよ……光子波光線、発射ッ!!」
物足りなさげなジユウを乗せたロボットマン2は、悠々とサーベイヤースカイに追いすがる。ジユウとタカキの力量の差は、生気に満ちた肉食獣とひ弱な獲物のそれに等しく、情け容赦無い波状攻撃が、野獣の牙や爪の様に襲い掛かる!光子波光線相手では、エネルギーシールドも時間の問題だ。
「ウワーッ!!こ、このままじゃ……」
「……幾らなんでも……酷だよ、こりゃ」
サーベイヤースカイは必死に回避機動を取るが、パターンを読まれて避ける事が出来ない!迫る死神の恐怖に、脅えるタカキ。ジクウは彼に同情した。もし彼が天才だったとしても、結果は同じだっただろう……ベテランの持つ〔経験〕を、彼は持たないからだ……だが、それは〔若者〕である故に仕方の無い事なのだ。
「……おい、ジユウ!!」
遂に、ジクウは決断した!
「何だ、ジクウ?……間違っても、降参って言うのはナシだからな!」
今迄受け身だったジクウの変化に、ジユウは気付いた。だが、リタイヤされるのはご免だぞ?〔お楽しみ〕はこれからじゃないか!
「ちょっとコクピット乗り換えたいから、待ってくれないか?」
「……え!?ジ、ジクウ司令……」
「ここからもコントロール出来るんだけど、やりにくいからさ……どうせなら、ハンデ無しで俺に勝ちたいだろ?」
困惑するタカキに目もくれず、ジユウに話し続けるジクウは、又もやいつもと様子が違う……まさか、怒っているのか?……タカキは、ジクウの怒った姿を一度も見た事が無かった。
「勿論だ!……よし、待ってやろう……但し、〔妙な考え〕は起こすなよ!」
対するジユウは、言葉では警戒心を見せつつも、〔お楽しみ〕への期待感で胸を踊らせていた。
「判った……ま、そう言う訳でタカキ、代わってちょうだい」
「し、しかし……」
「今、お前さんが言いたい事は、山程あると思うけど……命令で言う事聞かせるの、好きじゃないからさ……ここは一つお願いって事で、頼むわ、な?」
いつもの声音に戻ったジクウから、〔お願い〕をされるタカキ。彼が躊躇したのは、〔昼行灯〕に自分の命を預ける不安――一連の出来事で、ジクウが只者では無い事を薄々感じたせいか、不思議とそれは小さかった――よりも、戦闘部隊隊員である自分が果たすべき責務を、放棄しなければならない事へのやり切れなさの為だった。自身が未熟である事が恨めしい……ジクウの心遣いが感じられるからこそ、余計にその想いは強かったが……
「……わ、判りました。司令がいて下さったお陰で、自分はまだこうして生きていられるんですから……全てお任せします」
「やだなぁ、そんな大げさな事言って……大体、プレッシャー掛かっちゃうじゃないの。俺、そう言うの苦手なんだから」
「す、済みません……」
ワザとおちゃらけるジクウに、タカキは謝りつつ決心していた……この人に全て任せよう、そしてどんな結果になろうとも、後悔しないと。二人はキャノピーを開放すると、乗り換えを始めた。
パワードーム内モニターに映し出された二人の様子を見ながら、ジユウは胸の内で本音を吐露していた。
『……ジクウ、俺達の離反の件では、お前を矢面に立たせてしまって、本当に済まないと思っている。しかし、それでも……いや、だからこそ、俺達は信じる道を進む。勝手な言い種だろうが、それがお前に対する、俺達の誠意だ……』
「……早くしろ、ジクウ!援軍が来る迄、時間を稼ごうったって、ムダだぞ。俺は、気が短いからな……今すぐ、撃ち墜とすだけの事だ!」
シートに収まって一息付いた所で、ジユウの苛立った督促が入った。さすがに、その手はバレバレか……ジクウは苦笑した。
「はいはい、判ってるって……タカキ、歯食いしばってろよ、舌噛むといけないからさ……それと……パイ?」
「……はい!ジクウさん」
ジクウの〔パイ〕と言う呼び掛けに反応したのは……サーベイヤースカイ搭載のスパイロイドだった!しかも、仮にも基地司令であるジクウに対して、職制名を抜いて親しげに返事をしている。
『パイ!?スパイロイドの事か?……それにスパイロイドが、司令の事を名前だけで呼ぶなんて……どうなってるんだ?』
どうやら世界は、驚きと発見で満ち溢れているらしい……呆けたタカキを置き去りに、二人は話し続ける。
「久しぶりで勘が鈍ってると思うから、バックアップ宜しく頼むわ」
「了解!もし危なくなったら、海に飛び込んで逃げればいいですね?」
「そう言う事」
『そ、そんな無茶苦茶な…』
ジクウならともかく、スパイロイドが笑えない冗談を飛ばしている――いや、冗談じゃなく本気に違いない――もはや、開き直りの境地に達したタカキが、ふと機内モニターに眼をやった時……彼は凍り付いた……
「え…」
そこにいたのは……タカキの知っているジクウ――いつもノンキで、ダラダラして、アメノに頭が上がらず、隊員達に馬鹿にされている〔昼行灯〕――では無く、獲物に向かって静かに真っすぐ、落ちるよりも速く舞い降りる、非情で冷徹な猛禽類の眼をした男だった!!
「……お待たせー、そんじゃ行くわ、ジユウ」
「うわ……」
ジクウが気の抜けた声で、闘いの始まりを告げる。それと同時に、サーベイヤースカイは呆気無く落下した!命が燃え尽きた鳥の様に、舞い落ちる枯れ葉の様に。タカキの全身を、浮遊感が襲う……地獄の底へと、真っ逆様に墜ちて行くのか……一瞬だが永遠の刹那、待ち受けるのは虚無か。
しかし、ジユウは悟った……ジクウが本気になった事を。
「ハハハッ!そう来なくてはな……ジクウッ!!」
両眼に紅蓮の炎を灯して吠えたジユウは、ロボットマン2を翻して、サーベイヤースカイめがけて急降下する!
「よしっと」
「ぐッ!」
ジクウの軽い掛け声と共に、サーベイヤースカイが息を吹き返した!後部ブースターが咆哮を上げ、弾丸となって天空に向け飛び立つ!!急激なGにタカキの身体が軋み、思わず声が漏れた!
「来るかッ!」
先程とは一転して、自分に牙を剥いて向かってくるサーベイヤースカイに、光子波光線を連射するジユウ!しかし、ジクウの軽やかな回避機動は攻撃を一発も当てさせず、ロボットマン2の脇をすり抜けて、飛び去っていく……その先には、彼らの交戦空域から離れて待機中のゴッドファイターがいた!
「チッ!?やられたッ!!」
ジクウの真意に気付いたジユウは、急いでロボットマン2を戻す!一方ジクウは、既に標的を照準に収めていた。サーベイヤースカイの主火器である光波キャノン――サーベイヤーランドやアクア同様、換装されている――が、機体から起き上がる。
「そぉれっ」
緩いジクウの声と共に、エネルギーの奔流がゴッドファイターに放たれた。だが、それはエンゲツやタツヤの行った威嚇などとは違い、実力排除の意志が込められた、最大出力の攻撃だったのだ!!
「……何ッ!?」
コーカサスは、武器を持ちながらも引き金を引く事の出来ない、腰抜け連中だ。そう信じて疑わなかったゴッドファイターのパイロットは、理不尽な現実がある事を知った……今、自分に向かってくるのは、本気の殺意以外の何物でも無いのだ!一撃必中のエネルギーの刃を避ける事は、既に不可能だった!!
「うわーッ!!」
サーベイヤースカイの攻撃は、緊急展開したバリヤーグリブのお陰で機体を護り通したが、パイロットの精神にはダメージを与えた!パニックに陥ったゴッドファイターは、すれ違った敵機に眼もくれず、光子波光線を闇雲に乱射するが、その射線上にはジユウのロボットマン2がいた!
「邪魔だ、どけッ!……クソッ、相変わらず逃げの上手い奴だッ!」
部下の攻撃をかろうじて回避して、サーベイヤースカイを追うジユウは歯噛みした。一方、追われるジクウ達は、もう一つの標的に向かって突き進む!
ゴッドファイターを襲った有様を目の当たりにした移動基地のパイロット達に、疑う余地は無かった……次の獲物は自分達だと。
「くっ、来るなーッ!」
移動基地は、迫るサーベイヤースカイに、恐怖と混乱に彩られた迎撃を繰り出す!
「よいしょっ」
「ウゥッ!」
今度はこちらからの攻撃を行わず、再び軽やかな舞で迎撃を避けながら、移動基地へ迫るサーベイヤースカイ!その急激な回避機動の為、タカキは失神寸前に陥っていた。
ジクウは、サーベイヤースカイと移動基地の機体上面を、互いに向けた形ですれ違わせる。その瞬間、移動基地の上面に取り付けられたカプセルに横たわる男の姿を、はっきり認識した。
『やはり……ハグレが捕まってるか』
ジクウもハルカと同じ推測をしていたが、それが正しかった事をその目で確認出来た。さて、これからどうする?
「まだ行けるか、パイ?」
「はい!前菜のスープを飲み終わった所です」
ジクウの問い掛けに、ウィットに富んだ言い回しで答えるスパイロイド。もう少し、奴らをかき回して、時間を稼ぐか……一方、ジユウは、好敵手ジクウへの敬意と、彼と勝負出来る喜びとで、魂が熱く満たされるのを感じていた。
「……やるな、ジクウ!1対3を逆手に取ったばかりか、俺以外がヒヨッコなのを利用するとは……本当にお前は、大した奴だよ!!」
そう叫ぶと、光子波光線を放ちつつ、サーベイヤースカイを追い上げる!先程より命中率が上がってきたのか、攻撃がエネルギーシールドに擦り出した。負けじとジクウも、派手に回避機動を掛けるが……
「グハッ!」
『逃げの一手も、いつ迄も通用はしないな。タカキもかなりシンドそうだ。やはり、ジユウを押さえなけりゃ、埒があかないか……何とかこのままで、乗り切りたい所なんだが』
万が一の時は、自分で自身を守らなければならないから、タカキを気絶させる訳には行かない。そして、ジユウの駆るロボットマン2を倒すには、現状では刺し違えるつもりで当たらなければ無理だ。だがそれは、打つ手が無くなった時の、最後の選択だろう……とにかく今は、時間を稼ぐしかない。新たな局面が訪れない限りは……
「フッ……援軍が来る迄、逃げ切ろうと言う魂胆か……そうはさせんぞ!」
ジクウの考えは、ジユウに見抜かれていた……だが、この窮地を覆す、意外な展開が訪れる事になろうとは……
「ジユウ司令!このスパイマジシャンを盾にして迫れば……」
平静さを取り戻した移動基地のパイロットが、ジユウに策謀を持ち掛ける。これが有効な手段である事は、権謀術数に長けた策士で無くても気が付くだろう。結果がどう転んでも、こちらの不利にはならず、気兼ねする必要は無い。
「……奴らは手出し出来ず、我々が優位に立てるのでは?」
強いて言うなら、卑怯のそしりを受ける位だが、戦いに卑怯も何も無い。実際この〔人質〕は、その目的で連れてきたのではないか?彼がそう考えるのは、当然の事だっただろう。しかし、そんな彼を待っていたのは
「バカ者がァァッ!!!」
雷鳴の様なジユウの雄叫び!それは、賞賛や同意では無く、激怒の罵り声だった!!
「クチバシの黄色い青二才ごときが、薄汚れたサル知恵で差し出口を叩くなッ!もう一度その様な事を口にしたら、すぐにブチ殺すぞッ!エリュシオンに卑怯者は不要だッ!!」
「……も、申し訳ありませんッ!!」
ジユウは彼の考えるような、〔当たり前〕の男では無かった。少なくとも、弟のジザイを初めとする、離反時からの仲間なら判っていた筈だ……だが、若い彼は知らなかったのだ。彼がすぐに詫びたのも、恐らく反射的にそうしただけで、ジユウの意を理解してでは無かっただろう……部外者であるジクウも、思わず首を竦めていた。
『おー、怖い怖い。しかし、ホント相変わらずだな、ジユウ……確かに、愛すべき性格なんだけどさ……策謀を嫌う潔癖さは、指揮官としちゃ考え物だな。まぁ、その辺はジザイがカバーしてるから、別にいいのか……』
そんなジユウだからこそ、彼を慕う者達がいるのだ。もっともそれは、表裏一体で仇となる事もあるかもしれないが……そもそも、対立する組織に身を置いているジクウが心配する事では無いのだが、それこそ彼の持つカリスマ故なのか……ジユウは、まだ怒鳴っていた。
「……手にしたナイフを己の実力と勘違いして、自分より弱小な立場の相手だけを襲う……そんな卑劣な輩と何ら変わらんわッ!!恥を知れッ!!」
ジユウの名演説を聞きながら、ジクウの頭脳が活発に活動し始めた。これを逃す手は無いな……ダメで元々、上手く行けば儲け物、悪く転んでもこっちの腹は痛まないさ……ジクウは彼に語り掛けた。
「……あのさぁ、ジユウ。その理屈で行くと、お前がロボットマンで俺がサーベイヤーじゃ、俺の方が弱小な立場だと思うんだけど?」
突然のジクウの説法に、ジユウは面食らった!
「……な、何を言うんだ、ジクウ!?サーベイヤーだって、いい機体だ!さっきも言っただろうが……」
「いやー、どっちか選べって言われたら、俺はロボットマンを取るぞ。お前だってそうだろ?」
ジユウの動揺を見て取ると、矢継ぎ早に問い掛けるジクウ……冷静になる隙を与えては、ダメだ。
「……ま、まぁ、そうだが……しかしそれは、俺にとって愛着のある機体だからであってだな……」
「ホラ、どうこう言いながら、ロボットマンを取ろうとするじゃん、ズルイなぁ」
言葉尻を〔卑怯〕では無く〔ズルイ〕とした所が、〔挑発〕と取られかねない物言いを〔言い掛かり〕のレベルに下げさせる……正に、ジクウの絶妙なサジ加減だった。まんまと乗せられたジユウは、彼の思惑通り、〔拒絶〕では無く〔反論〕で応じる。
「……な、何だとッ!?幾らお前でも、言っていい事と悪い事があるぞッ!!」
「だったら、今から機体を交換しようぜ。それで勝負すれば、文句ないだろ?」
「……いや……確かに、そうかもしれんが……しかしだな……」
見事この〔舌戦〕は、ジクウのペースに巻き込む事が出来た。後は、どれだけ持たせられるかだな。次の展開を彼が模索しだした、その時……
〈ビーッ!〉
サーベイヤースカイのコクピット内に、アラームが鳴り響いた!この音は……続けざまにタカキが絶叫する!!
「ジ、ジクウ司令!み、味方ですッ!!マシーンZ!サーベイヤーランド!それに、アクアも!……え!?……ベースロケッター2も一緒です!!これって、一体……」
今迄の不名誉を返上しようとばかりに、一気にまくしたてたタカキ。その声に、ジユウは我に返った。
「……クソッタレが!!お前が訳の判らん事をゴチャゴチャ言ってる間に、邪魔が入ったじゃないか!しかし……ジザイも一緒だと!?……まさか、アイツが止められるとは……」
「どうやら、ハルカがやってくれたらしいな……」
「ジザイが、あの〔モヤシ小僧〕に止められただと?……信じられんな……」
もちろん信じてはいたが、〔愛弟子〕ハルカの働きを確認出来て、嬉しさをほころばせるジクウ。一方、ジザイの才能を認めていただけに、ハルカに負けたと知って、少しがっかりして悔しそうな声で呟く、ジユウだった。
「どうする、ジユウ?〔団体戦〕で勝負を付けるか?」
エリュシオン代表であるジユウに、コーカサス代表として戦闘継続意志の有無を確認するジクウ。舌戦で押さえ込んだからと言って、事態が完全終結したと考える程、彼は脳天気な男では無かった。
「フン!お前にゴチャゴチャ言われたせいで、とっくにヤル気が失せてしまったわ……今日の所は引き揚げておいてやる!……だが、次は必ず決着を付けてやるからな!!」
口ではどうこう言いつつも、ジユウは今回の負けを認めていた。彼も又、組織の上に立つ者だ。引き際を見極めれない様な、無能な男では無かった……それを聞いて、ジクウは最後の交渉に入る。
「はいはい……所で、ウチのハグレなんだけど……帰してくれるよな?」
「もちろんだ!そのつもりで連れてきたんだからな。言っておくが、ジクウ……」
「ただ眠らされてるだけで、洗脳やら機械の埋め込みやらは、一切していない、だろ?……まぁ、お前が許さないわな、そう言うのは」
エリュシオンにとって今回の出撃は、突如現れたベースロケッター2の進攻を、果たしてコーカサスは阻止出来るのか?という〔ゲーム〕に過ぎなかったのだ。
しかし、ハグレがフリーならばコーカサスに連絡されて、迎撃体制を整えられてしまう。即ち、突然の事態にどう対処するかは、見られなくなる。だから彼を拘束したが、もはや必要が無くなったので、そのまま返す……やはり、エリュシオンにとってコーカサスは、敵では無いのだ。
「そう言う事だ!……フッ、本当にお見通しだな、お前には……それはともかく……なぁ、ジクウ」
ジクウが〔以心伝心〕である事に気を良くしたのか、ジユウは穏やかな声で話し掛けた。
「何だ?」
「エリュシオンに来いよ!悪い様にはしないぞ。元々、俺はお前やジンに来て欲しかったんだが、ジザイが猛反対してなぁ……もちろん、今度はアイツを説得してみせるし、ジンや〔モヤシ小僧〕とか、お前が手元に置きたい奴らを連れてきても構わないぞ、まとめて面倒見てやる。又、昔みたいに楽しくやろうぜ!……どうだ?」
驚くべき話を、あっさりとした調子で持ち掛けるジユウ。その表情には、離反組織の長と言った威厳は微塵のかけらも無く、正に、自分の〔秘密基地〕へ悪友を招こうとしている、ガキ大将のそれだった。そう、彼にとってエリュシオンとは、〔真剣な海賊ゴッコ〕その物なのだ。ジクウは、少し眩しそうな顔をして……静かに、こう答えた。
「……俺は、おまえらの役には立てないよ。なんてったって、俺は怠け者だから。それに……」
「それに?」
「俺は、今の自分が一番好きなんだ」
そう言い終わったジクウの表情も又、不敵なガキ大将のそれをしていた。
「……そうか、俺達と同じと言う事か……判ったよ、ジクウ。だが、俺はあきらめんぞ!」
「サッパリしてる様で、結構シツコイからな……お前は」
「そう言う事だ!」
気が付くと、少年達は男の顔に戻っていた。
ジユウの約束した通り、ハグレは無事解放された。ハルカのカプセルジェットも、ベースロケッター2から離れた。
先程までの戦いがまるで嘘の様に、コーカサスとエリュシオンの機体が、静かに並んでいる……サーベイヤースカイでは、ジクウとタカキが元通りにコクピットの乗り換えを済ませた所で、ジザイから通信が入った。
「ジクウ……又、逢えましたね」
「あぁ」
「もうすぐ、一陣の風が吹き荒ぶ様な、そんな気がします……今回の我々の行動も、それに誘われたのかもしれない……」
「そうか、気に留めとくよ……ジザイの予感は、良く当たるからさ。ありがとな」
「いえ、それでは……」
そして、エリュシオンの四機は、その場から飛び去って行った。
「司令、ご無事で何よりです」
サーベイヤーアクアに無事接続されたカプセルジェットから、ハルカがジクウに声を掛ける。
「ありがとさん、助かったよハルカ。それに皆もご苦労さん……それじゃ、帰ろうか……基地の皆も待ってるだろうし」
「はい。今日の夕食はカレーらしいので、楽しみですね」
ジクウの労いに、嬉しそうに返事をするハルカだったが……
「すみません!ハルカ隊長……実は……カレーは明日なんです……」
「えーっ!?」
アワユキの衝撃の告白に、戦闘部隊の面々は揃って声を上げた。
「……一体、何の事だ?」
一連の経緯を知らないタカキは、訳が判らず首を捻った。
(22/09/17)