空色の卵を割りし者

◎ファンタジーワンドロライの三周年お題で書いた話です。
所要時間は、本文で1時間5分くらい、修正で15分くらい。合計して、1時間と20分くらい。
使ったお題:謎の卵/剣/三度目の正直


 それは突然、空から降ってきた。
 小さな村の、大きな広場。人がいなかったのは、安息日で村人達が教会に集まっていたからに他ならない。
 人々は、その轟音と地響きを教会で感じ取った。何事かと飛び出し――その驚愕の光景を目の当たりにした。
 広場の真ん中には、小さな噴水が置かれていた。その噴水が、滅茶苦茶に破壊されていた。
 その哀れな噴水を木っ端微塵に破壊したのは、やたらとでかい、卵だった……。


 吟遊詩人崩れであり貧乏傭兵でもあるフウリがその依頼を目にしたのは、ギルドの掲示板だった。
「『謎の巨大卵、破壊者を求む!』。……破壊で良いの、卵に対する言葉って?」
「破壊としか言いようがないみたいだぜ、それ」
 フウリの相棒でこちらもやはり貧乏な剣士、パーディが口を挟んだ。
「ある小さい村の広場に、突然、大きな卵が落ちてきたんだってよ」
「落ちてきた? ……卵って、落ちてくるものなの?」
「なんか、でかい鳥かなんかが落としちまったんじゃねえの? こう、ぶりっと」
「ちょっ、気持ち悪い音出さないで! 想像しちゃったよ……」
 パーディの音声に、フウリは思わず耳を塞いだ。
「……で? どうするんだ、フウリ」
「どうするって、何?」
「受けるのか? その依頼、金貨を五百枚もくれるみたいだぞ」
「え!?」
 パーディが指差した箇所を、フウリは凝視した。た、確かに、金貨五百枚と書かれている……!
「受けます! 受けよう、この依頼! よっしゃあ、これで大金持ち傭兵だー!」
「……。大金持ちになっても傭兵やるんだな……」
 妙に言葉尻を気にするのに、微妙にアホ。この具合が愛しくて、離れられないんだよなぁ。パーディの呟きは、フウリの叫びと走る音にかき消された。


 件の村は、ギルドのある町から西に三日ほどの距離にあった。
「わー、牧歌的だあ」
 住んでる人間より、家畜のほうがいっぱいいそう。そんな呑気なことを、フウリは言っている。
「おい、行くぞフウリ」
「わかってるよ。あれでしょ、卵って。……大きいねえ」
 パーディとフウリの視線の先には、村の入り口からも見えるどでかい卵。
 綺麗な空色の卵だ。先端から底にかけて、空色のグラデーションになっている。
 広場へ向かいながら、二人は話した。
「綺麗だねえ……あれ割っちゃうの?」
「割っちゃうみたいだぞ。中身は何だろうな」
「……雲の上のお城のお宝、だったりしない?」
「知るか。そういう、夢のあるものだといいな。こう――」
「言わないで! あの気持ち悪い音、もう聞きたくない……!」
 フウリがぎゃんぎゃんと騒ぐので、今度はパーディが耳を塞いだ。


 広場には、何人かの傭兵や旅人がいた。本を広げている学者と思しき男や、魔女帽をつまんでいる女、旅商人が連れていると思しき子供達までいる。
「なんか……名物になってない?」
「なってるな。もう既に」
「このままで良い気がしてきた……」
「何でそんなこと言うんだよ? 金貨五百枚だぞ!?」
「だってこれ、綺麗だし。まるでお空みたいな色だよー」
「お前なあ……」
 ふへへと呑気に笑うフウリに、パーディは呆れる。
 そんな彼らの傍にいた男が、背負っていた大剣を抜き放った。ぼろぼろの真紅のマントが翻り、鈍い銀の鎧が音を立てた。
「あっ! 貴方様は!」
「【大英雄】フラグド様っ!!」
 人混みの中で、誰かがそう叫んだ。「フラグド様? 誰だ?」「馬鹿! あの魔王を倒したっていうお方だよ!」「西の大国を滅ぼしたっていう魔王を!?」「すげえ……!」などと声が上がる。
「フラグド様!」
「フラグド様!」
 フラグドへのコールが沸き起こる。当の本人は、鼻を鳴らした。わあ、なんだかその仕草だけでも威厳がある……フウリは、呑気なことを考えた。
「悪いが、わしも金欠なのでな……この卵は割らせてもらうぞ!」
 フラグドは両手で大剣を持つと、卵へ向かって走っていって。たんっ! と跳躍し、大剣を振り下ろした。
 フウリは考えた。【大英雄】なんて呼ばれる御方があんな剣を振り下ろしたんだ、きっと割ってしまうに違いない――と。
 ――だが、実際に割れたのは……否、砕けたのは、フラグドの大剣のほうだった。卵には小さなヒビすら入らなかった。
「な、なんだと――!? わしの宝剣が!!」
 フラグドは卵を蹴って跳び、着地したが、もちろん蹴りでも割れなかった。ヒビも入らない。
 人々はざわついた。「フラグド様の剣が!」「フラグド様でも割れないの!?」「なんてことだ……」「俺達なんかじゃ割れっこねえ!」そんな言葉が飛び交う。
「お、おい……皆?」
 パーディは周りを見回した。皆の顔が、困惑と苦痛のものになっていく。
「これじゃ、俺では割れねえな……」
「私も無理だわ……」
「ほら、行くわよ皆。今日のうちに隣村まで行かなきゃならないんだから」
 人混みの皆が方々へ散っていく。パーディは目を瞬かせた。
「……皆、いなくなっちまった……こんなに諦めが早いなんて」
 金貨五百枚につられた野次馬だったのか! いや、俺達もだけど……。パーディはそんなことを考えて、フウリに言った。
「おい、俺達はどうするよ――あれ? フウリ?」
 言った、はずだった。隣にいたはずのフウリは、いなくなっていた。
 見回したら、フウリはフラグドに近づいている。パーディもフウリの傍へ寄った。
「大丈夫ですか? ええと……フラグド様」
「……わしの、金貨百枚が……」
 フウリの言葉に答えず、フラグドは地面に突っ伏した。
「わしが、闇のオークションで買い取った、宝剣が……あんなにあっさりと……! なんてことだ……」
「それ、本物の宝剣だったのかよ?」
「魔王を倒したのは、あの剣だった……わしが【大英雄】と呼ばれるようになったのも、ひとえにあの剣のおかげだった……」
 フラグドの目から、涙が零れ落ちた。フウリはそんな彼に、沈鬱な表情を浮かべる。一方、パーディは、剣を抜き払った。
「……俺、やってみる」
「パーディ?」
「俺が割れれば、金貨五百枚だ!」
 パーディは卵に向かっていく。一方、フウリは動かない。動けなかったのだ。
「……え?」
 何かが、聞こえる。さっきからずっと、何かが聞こえている。これは――。
「歌……?」
 優しくて、低く響く歌声。これは……。
「うおおおおおおおっ!」
 パーディが古びた剣を振り下ろす。だが、卵は傷一つ付かない。それどころか、パーディの剣があっさりと壊れた。
「ぐあーっ! やっぱり壊れた!」
「……あやつ、何をやっているのだ……」
 パーディを見て、フラグドは呆れたように息を吐く。そのまま顔を上げ、フラグドはフウリを見やった。
「む? どうしたのだ、そなた」
「……聞こえる」
 フウリは一歩、卵に近づいた。
「歌が、聞こえる……」
「む? 歌?」
 フラグドは訝しんだ。辺りを見回しながら、耳をそばだてる。……歌など聞こえない。聞こえるのは、ついさっき剣が壊れた男の悔しがる声のみ。
「あああ! 俺が古剣で買ったばかりのおニューがっ!」
 ……それ、おニューというのか? フラグドはそんなツッコミを内に込み上げてしまい、フウリから気が逸れた。
 フウリは一歩ずつ、卵に近づいていく。
「……綺麗な歌。子守歌……綺麗……」
 ふらふらと近づいていくフウリの意識は、聞こえてくる歌のみに集中している。フウリは、そっと口にしてみた。
 聞いたことのない言語だ。まるで、異国の言葉。だが美しく、それは子のためだけに紡がれた歌……。
「――フウリ?」
 パーディはそこでようやく、相棒の異変に気付いた。
 フウリの目は虚ろで、それでいて涙を流していた。その口からは、きいたことのない歌が響いている。
「お、おい……彼女を近づかせていいのか!?」
 フラグドがフウリを止めようとしたが、パーディが立ちはだかって彼を止めた。
「このままにしてくれ! フウリは、吟遊詩人崩れなんだ!」
 フウリの声で、子守歌が拙く紡がれる。もっと美しい音が響いているのに、自分では再現ができない。自分ではできない――それでも。
 歌いたい。この歌を。この歌は、この卵の子のための歌だ。
 空から落とされて、怖かっただろう。母親から離れて、怖かっただろう。こんなに周りに人が集まってしまって、怖かっただろう。
 そんな子の心を鎮め、安らぎへと導く歌――。フウリは、必死に歌った。
『……ありがとう……』
 その声は、フラグドやパーディにも聞こえた。純銀の鈴が鳴り響いたような、美しい声。
『ありがとう……人の歌い手よ……』
 ぴし、ぴし、と卵にヒビが入っていく。
「み、見ろ! 卵が!」
 ひび割れたところから光が漏れ、卵が割れ。それは、生まれ出た――。


「……あれは……」
 パーディは目を丸くした。フラグドも、目を丸くしていた。
 フウリの目の前で、空色の卵が割れて。卵の中から、巨大なペガサスが現れた。純白の翼を持ちながら、空色の毛並みを持っている……。
『ありがとう……私の心を、鎮めてくれて……』
「……お前は? いや……あなたは?」
 フラグドが尋ねる。空色のペガサスは、夜空色の目で三人を見つめた。
『私は、天空の者。神々をその背に乗せる、ペガサス……』
「ペガサス……」
 それは見ればわかる、なんて言えなかった。そんな無粋なことなど、言えなかった。
 ペガサスはフウリの目の前で、その大きさを縮小させた。人を一人乗せられるぐらいまで、ペガサスは小さくなった。
『ありがとう……貴女の歌は、私に安らぎをもたらした。私は安心して、こうして生まれ出ずることができた……』
「……私の、歌で……?」
 掠れた声で、フウリが尋ねる。ペガサスは肯定した。
『ええ……。貴女のおかげ。ありがとう……』
 ペガサスはフウリの頬を、その鼻面でそっと擦った。フウリもまた、その鼻面に手で触れ、微笑んだ。


 フウリ達は、金貨五百枚を、約束通りに貰った。
 フウリ達が村を出たときには、仲間が一人と一匹も増えていた。
「良いのか? わしの宝剣を修理するって……」
「良いんだよ。フウリが良いって言うんだから。……大丈夫か、フウリ? 水飲めよ」
 パーディは水の入った革袋を、ペガサスに騎乗するフウリに渡す。フウリはよろよろの体で革袋を受け取り、水を飲んだ。
「……。美味しい……」
「お前、吟遊詩人崩れで良かったな。にしても不思議だよなー。フウリにしか歌が聞こえなかったんだろ? 何でなんだ?」
『……フウリは、邪な心を持ってなかった』
 ペガサスの声が、頭蓋に響く。
『フウリは私のゆりかごを、綺麗だと言ってくれた……綺麗で穏やかな心の持ち主だと、思った』
「ゆりかご? ああ、卵か。……そっか」
 確かに、村に入った頃から、卵を綺麗だと言っていた……。
「なるほどな……」
「それでは、何処へ向かう? 西の大国へ向かうか? わしの宝剣は、元はあの大国のものだと聞いた」
「……宿屋に……。喉が……」
「ん。りょーかいしました、吟遊詩人様」
 フウリの背中を、パーディは労るようにぽんぽんと叩いてやった。


 その後、フウリは、吟遊詩人に転身した。というか、戻った。
「傭兵は元より向いてなかったからね……」
 何より、心強い戦士が仲間に入ったので、フウリが戦う必要はなくなったのだ。
「助かった! わしも金欠でな……」
「それは村で聞いたよフラグドさん。それより、俺っていても良いのか? ……フラグドさんがいるんなら、俺、要らなくね?」
 パーディが尋ねると、フラグドはによによと笑って言った。
「パーディは必要だ。とっても良い立ち位置だぞ。なんせ、【ペガサスの吟遊詩人】の伴侶だからな」
「は、伴侶……!」
 フウリがてれてれと頬を染める。そんなフウリに、ペガサスはむっとしたような目でパーディを見つめた。
『ずるい。パーディはずるい』
「ああそうだな、ずるいな。でも、これはパーディにしか出来ないことだ」
「お、おい! 勝手にいろいろ決めるな! 別に良いけど! フウリも……も、もう!」
 お前達、いい加減にしろー! パーディの叫びが、響いた――。