天才と努力家

◎ファンタジーワンドロライのお題(2019.06.09)で書いた話です。
所要時間は、本文で45分くらい、修正で20分くらい。合計して、1時間と5分くらい。
使ったお題:魔法辞典、奇跡

 そいつと私は腐れ縁でした。幼馴染と言い表す人もいますが、ただの腐れ縁です。幼馴染なんてロマンスのありそうな言葉で言い表して良い物ではありませんでした。
 そいつは天才でした。秀才でした。魔道学校でも常にトップを突っ走り、戦闘授業では常勝街道まっしぐら。いやー、そんな奴、今時いませんよ? どんな歴戦の猛者でも将軍でも、一度ぐらいは負けてますからね。死んでますし。
 話を戻しますね。そいつは天才だったけれど、どうしようもなく努力することが大嫌いでした。一瞬でパパッと出来ちゃうのは良いことだと先生達も褒めてたけど、ひとところに集中できないといいますか、じっとしてられないといいますか……。とにかく、どうしようもない奴でした。
 だから、努力に努力をし続け、どうにかあいつの背中に触れるぐらいになった私を、あいつはいつも笑ってました。
「おー、ヘレンちゃーん! 今日も下らない宿題にヒィヒィ言ってるのかーい?」
「うるさいですヴィータ。今日の宿題は感想文ですよ。魔法辞典の読書感想文。やりましたか?」
「やってねー! あんなもん、読む価値もない!」
 そいつは――ヴィータは、どうしようもない奴です。自分が努力することに繋がることは、全部しないのです。だから、魔法辞典の感想文を書くどころか、読むことすらしない。そうして。
「ヘレンちゃーん。今日もお願いがあるんだけどー?」
 こうしていつも、私に宿題の代行を頼むのです。まあ、私も勉強になりますし……二つの感想文を書くのは別に良いです。楽しい本でしたし。
「はぁ……はい、どうぞ。書き癖を自分のものにしといてくださいね」
「ありがとーっ! 愛してるぜヘレンちゃん!」
「うっさいですよ。ほら、さっさと魔法をかけてください」
「オッケー!」
 手でオーケーを示し、ヴィータはささっと杖を取り出しました。魔法の杖です。ヴィータの杖は、常に綺麗なのです。魔法で失敗して折れることもないのです。
 杖先で私の代行してやった感想文をたん、と軽く叩きます。すると、私がペンで書いた文章が紙面から浮き上がり、かくかくと形を変えて。再び紙面に貼りついていくのです。
 ヴィータはどうしようもない奴だけど、天才です。こいつの生み出す魔法は、常にオリジナリティに溢れています。あまり認めたくないけど、流石です。
「ほい、出来た! ありがとな、ヘレンちゃーん!」
 思いきり手を振り、箒に乗ってヴィータは去っていきます。こちらを向いて投げキッスまでしてくるので、しっしっと私は手を振ってはらいます。
 ……そんなこんなで、私とあいつの魔道学校生活は過ぎていって。最終学年にまで、至りました。


 最終学年に至った生徒は、卒業するために魔法の研究をします。その研究や出来上がった魔法などを、卒業論文としてまとめるのです。
 私の研究は、魔法薬草の効果を最大限まで上げる研究。その研究に没頭していて、他の生徒の研究まで気にかける暇はありませんでした。ヴィータの研究にも。
「ヘレンちゃーん! 悪いけど宿題を」
「他をあたってください!」
 ヴィータの宿題代行をする暇もありませんでした。
 そんなある日、先生から信じられない言葉を聞きました。私の研究が、他の生徒の研究と被っているというのです。しかもその生徒は、私の研究よりもずっと進んでいるというのです。……その生徒は、ヴィータでした。


 私は、ヴィータに食って掛かりました。
「ヴィータ! どうして私と同じ研究を!?」
「だってヘレンちゃん、俺の宿題やってくれないだろー?」
 そんな理由で――。
「そんなくだらない理由で、私の研究をパクったのですか!?」
「え? いや、パクってなんか」
「パクってるでしょう!? 現に私は、先生から貴方だと聞きましたよ!?」
「だって、ヘレンちゃんが俺の宿題――」
「そんなことはどうでもいい!」
 気付けば私は泣き崩れていました。わっと声を上げました。
「ヴィータが……そんな人だなんて思わなかった……」
 せっかくの化粧が落ちるとか、みっともないとか、そういうのを考える暇はありませんでした。余裕もありませんでした。
 ヴィータはそんな私に、机の上に置いていた紙の束を放りました。それは……私の字で書かれた、論文でした。途中経過として、先生に提出したものでした。
「それ、先生が俺に渡してきた。お前はどうせ論文なんか書かないだろうから、努力家の幼馴染の論文でも読んでろって」
「……え……」
「俺はその論文を読んで、研究……というか、ヘレンちゃんの研究の実験の考証をした。本当にその通りになるかと思って」
「え……実験、したんですか。ヴィータが?」
「して悪いか?」
「だってヴィータ、研究なんて時間のかかること……嫌いかと思って……」
「嫌いだけど、愛しのヘレンちゃんの研究だったら、まぁ……別に良いかと思って? いやー、流石だなヘレンちゃん。ちゃんと結果通りになってたぜー?」
 ふふふん、と笑ってるヴィータ。見ていると、妙にイラッとします。立ち上がってヴィータの鼻をつまむと、「いてぇ!」と怒ってきました。
「何すんだよヘレンちゃん!」
「別に。なんだか、つまみ甲斐のある鼻があるなと思いまして。……ヴィータ」
「ん?」
「……あの、もし良かったらなのですが――」
 私はヴィータに、提案をしました。その提案に、ヴィータはにやっと笑って。いつになくご機嫌で、快諾してきました。


 私とヴィータは、共同で研究をしました。ヴィータがいたので、私一人では出来るかどうかわからなかった極地の薬草まで、調べることが出来ました。
 その途中で、担当の先生が変わりました。
「ヘレンちゃんの論文が、他人の目に触れてしまったのが、いけなかったみたいだぜー?」
 その当の他人は、いけしゃあしゃあと言いました。……多分、こいつが何処かに密告したんだと思います。ええ。
 その後、共同研究の論文は、無事に提出されて。私達の論文は評価されて、魔法辞典にも載りました。私は奇跡だと思いましたが、ヴィータは当然と言わんばかりの顔をしてました。
「当たり前だろー? 俺とヘレンちゃんの、愛の共同作業なんだぜー?」
 イラッとしますね。ヴィータの鼻先を、ぴんっと弾いてやりました。「痛っ!」と鼻を押さえてましたが、ヴィータは妙に嬉しそうです。大丈夫でしょうか、こいつ……。


 え……今ですか? どうして今? 私達の今が、どうして気になる、と?
 ……。まあ、ヴィータのこと、幼馴染と言ってやっても良いかな、って思います。あんなチャラい男にロマンスらしいロマンスなんて、望みませんけど……ああ見えて、一途ですしね。