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"運"は存在しないが、"縁"なら存在した。
人生の好転に最も大事なのは
「すごい人に近づく」ことよりも
「やばい奴から距離を置く」こと。
まぁすごい人はそもそも凡人に近寄らないんです。
メリットないじゃないですか。
もし、そんな人と距離を縮めることに成功したのなら、何か引っ掛けようと企んでるか、大したことない奴のどちらかなんですね。
じゃあこれって本末転倒で、
人生好転させるとか「成功してやる」って意気込んで、すごい人探しを始めたのに結果的にやばい奴を増やしてるだけなんですよね。
知り合いにマルチ商法に絶賛引っかかってる人がいるが、話を聞くと「社長がすごい」「この組織はみんなのことを考えて動いてる」と目を輝かせて話してきます。
「俺最近色んな社長さんから話聞くようにしてて」
「社長さんと人脈作るようにしてるんだよね」
なんか、すごい人=社長。みたいな
肩書きとかラベルを見ただけで判断しちゃってる知り合いなんですけど。
社長なんて法務局行って、書くもの書いて、金払えばその日に誰でもなれちゃうんで、大したことないじゃないですか。
大事なのはラベルじゃなく、その人は何をしてるのか?何をしてきたのかっていうのを見た方がよくって。
で、ここからが本題なんですけど。
やばい奴から遠ざかるって結局は意思決定とか選択の領域になってくるんですよね。
で、じゃあ
すごい人に近寄ろうとして、やばい奴から遠ざかろうとしない人たちっていうのは何かって言うと
今あるものは捨てたくないけど、もっと新しいものが欲しい って人たちなんですよ。
考えたら分かるんですけど、めちゃめちゃ物を抱えた両の手で新しいものを拾おうとしても拾えないじゃないですか。
やっぱり何か捨てなくちゃいけないんですよ。
だから最良の選択っていうのは、最も良いものを選び抜くことじゃなく、一見して必要に見える複数を如何に捨てられるか。だなーっと感じます。
「お前って運がいいよね。」
みたいなことよく言われるんです。
で、運って存在しないじゃないですか科学的には。じゃあ僕らが"運"だと信じてるものが何かって言うと、"ご縁"なんですね。
運の正体って縁なんですよ。
ご縁によってあらゆる現象が起きてると仮定した時に「運がいい 」って言ってしまうと、その人があたかも受動的に機械的にからくり的にそうなった。
つまりは現象みたいな言い方になるんです。
要するに、その人は何もしていない。て言い方になるじゃないですか。
でも往々にして僕らが信じてる運っていうものを掴み取った人たちは何かしら能動的なんですよ。
さきほど、「運がいい=受動的」って話だったのに、ここまで解像度を上げると実は「運がいい=能動的」ってとこに落ち着くんですね。
で、皆さんが知りたいのは
その「運がいい人(ご縁がある人)」が能動的なのはわかったが、具体的に何をしているのかって話ですよね。
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